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プリシラと伝記

 なんと言いますか。

 やっぱり王様クラスのお金持ちのご飯はすごいなぁって思います。

 レイシアのお屋敷のご飯も、とっても美味しかったですけどね。


 つい先ほど、メイドさん達がお部屋の中に追加のテーブルと椅子が運び込み、クロスをかけると。

 続けて沢山の料理が運び込まれてきました。

 プリシラさんがマナーなんてどうでもいいから早く食べなさい、というので遠慮無く頂いている所です。

 夢中になって、何かのお肉のモモ部分をナイフで切って食べていると。


「そういえば報酬の件だけれど」

「……むぐ?」


 僕、はしたない。


「お三方の血を望むわ」

「むぐ!?」


 慌ててレイシアがお水を差し出してくれます。


「んぐんぐ……ありがとレイシア」

「ええ」


 すっごく嬉しそうにレイシアが微笑んでくれます。

 可愛い。


「ええと、血が欲しいって……僕たちの命が欲しいって意味ですか?」

「いよいよ化けの皮を剥いだようじゃのぅ魔王!」


 ツバキさんが唐突に立ち上がり僕の隣に立ちます。

 ていうか魔王?

 地下でも確か言っていたような。


「氷姫、落ち着いて頂戴。私は貴女達に悪さなんて一切考えていないわ」

「ふん。口ではどうとも言えるじゃろう。誤認の能力とやらを使って妾達は既に術中かもしれぬ」


 これに関しては僕もプリシラさんを擁護出来ないかもしれません。

 凶悪な能力過ぎて、自分が正しい判断をしているかどうかをこの人の前で考える事自体が、余りに無意味だからです。


「ええと、皆様。先ずは食事を終わらせて、正式に自己紹介から参りませんか?」

「赤髪の小娘は随分と落ち着いておるの。魔王の手に落ちたか?」

「ツバキさん、レイシアを悪く言わないで上げてください。先ずはプリシラさんのお話を聞いてみましょう。あと、僕の為に有難うございます」


 ここは流石にツバキさんを注意しますが、僕の事を思って警戒してくれていますので、感謝の気持ちもしっかり伝えます。


「ミズファが言うならば、しばし様子を見るのもやぶさかでは無いのじゃが……」

「ツバキちゃん、なんの考えも無しにミズファちゃんがここに来たりなんかしないよぉ」


 それは瞬間的に、でした。

 今まで沢山の危険な予感を感じてきましたが、今までとは比べ物にならない身の危険を感じました。

 恐らく今後もこれ以上の危険を感じる事は無い程の物です。


「もし、私が悪さを考えているのだとしたら、だけれど」


 プリシラさんのその言葉と同時に、部屋の温度が急激に下がるような冷たいプレッシャーが襲ってきました。

 全員が感じ取ったのか、食事を中止しています。


「とっくに公国という国は無くなっているわよ?」


 赤い目が鋭くなっています。

 弱者が強者に睨まれている感覚はきっとこういう物なんでしょう。

 誰も動く事が出来ません。


「……プリシラ様。どうか、気をお静め下さい。ミズファを怖がらせては駄目ですよ?」

「あら、レイシアに言われてしまっては引っ込むしか無いわね。御免なさいね、少し調子に乗ったわ」


 直ぐに笑顔に戻るプリシラさん。

 レイシア、いつの間に仲良くなったの?

 ツバキさんは「ふん!」と悪態をつきながら、エリーナはあ、やっと終わった?という感じに食事を続けます。


 ともあれ、感じていた「予感」通りプリシラさんは色々規格外の人物なのは間違い無いようです。

 だからこそ、僕もお話を持ち掛けられる、とも言えます。


 それと……プリシラさんからこれ以上無い危険を感じたのは確かですけど、その危険の根本となる「何か」は僕にも扱えるような気がしました。

 理由は解りませんし、漠然とです。


 ---------------------------------------------


「最後は私の番ね」


 食事後、部屋に集まった僕達は初顔合わせもあり、自己紹介から始まりました。

 僕から始まって、エリーナ、ツバキさん、レイシアの順に進み、最後にプリシラさんの番となります。


「私の名は……【プリシラ・ディルーク・ブラドイリア】。名前は好きに呼んでくれて構わないわ。ここより西の国、魔国ブラドイリアの王にして建国者。そして……人間達が恐れる、「国家指定級」とされる魔王なんて呼ばれているわ」


 スカートの裾を摘み、優雅に一礼する様は可愛らしさと大人の優雅さを兼ね揃えた、一つの美術品にすら見えました。

 そんな彼女に当然と言いますか、僕無知なので聞かずにはいられない事を早速質問してみます。


「あの」

「貴女が聞きたい事は既に解っているけれど、不信感を周りに与える様な事は慎むべきかしらね。続けて頂戴」

「はい。何故魔王と呼ばれているのですか?」

「……300クオルダ程昔にね。私は、人間を唯の血の保管物にしか見ていなかった頃があるの。その頃の私は「唯の血の入った物」が喋るのが癇に障って仕方なかった。血が枯渇しない程度に滅ぼそうかとも考えた。実際にね、魔都ブラドイリアより以前に栄えた国を、この手で滅ぼした。それが魔王と呼ばれるきっかけね」


 前科持ちでした。

 それも相当の数の人が亡くなってます。


「簡単に死ぬ人間が愉快で仕方なく、私は狂気に陥っていたわ。そしてとあるメルに一人の人間が現れた。名前は【ニジョウ・シズカ】。この子に勝負を挑まれて負けたわ、清々しい位にね。……不思議な女の子だったわ」


 その名前を聞いて思い出しました。

 倭国で読んだ伝記を書いた人物、それがニジョウ・シズカという人だった事を。

 でも。


「伝記の人が相手をしたとしても、僕にはプリシラさんが負ける所がまるで想像できません」

「私だって自分が負けるなんて当初は思いもしなかったわ。一瞬で封印されたのよ。拘束されたとかでは無くて、力その物をね。そのせいで暫く、唯の非力な少女で過ごすはめになったわ」

「そんな事が出来るんですか!?」

「ええ。今の貴女には、その力は扱え無いようだけれど」


 似た独自魔法は一つ使えます。

 けれど、これは相手の体を拘束する物です。

 なら、相手の力を封印する魔法えーいってやればいいんじゃないのって思いますけど、そうはいかないのです。

 即死魔法みたいに、魔力総量を超える魔法は使えません。


「酷い物だったわ……。ドンって背中を押されるだけで転ぶのよ。あの子、私が転ぶのを見て笑っていたわ。今でも悔しいったら無いわね」

「あ、ちょっとそれ見てみたいんですけど」

「何か言ったかしら」

「いいえ」


 聞けば聞くほど伝記の人が更に規格外の人になっていきます。


「プリシラさん程の人を手玉に取るなんて、伝記の人は何者なんでしょうか」

「ミズファよ。お主、伝記をしっかり読んでおらぬな?魔王の名も、その出会いも書いてあったじゃろう」


 ふぇ!?

 そ、そうでしたっけ。


「す、すみません。重魔法の項目しかろくに読んでいませんでした……」

「まぁ、ミズファらしいと言えばらしいがの。それも致し方あるまい。伝記には大まかな出来事と重魔法しか記されておらぬ故な。今魔王が語っておる事は妾も初めて知る話じゃ」


 プリシラさんはそこで紅茶を一口。

 何をするにも気品漂う少女です。


「あの子は。私につきっきりで人間の世界を説き続けた。非力な状態の私を連れ回して遊んだ。手料理を毎晩作ってくれた。野良犬にすら恐怖する私を守ってくれた。一緒に眠ってくれた。そんな事を繰り返し、いつしか私も人のような、いえ……人になりたいと思う様になっていたわ」


 プリシラさんは楽しい思い出を語るように微笑んでいます。

 そして、それは直ぐに悲しみの表情にすり替わっていき。


「そしてあるメル。私はもう、あの子のいる生活が当たり前になった頃。あの子は唐突に姿を消してしまった。必死に探したわ。身近な場所を、街を、国の外を、世界中を。居なかった。その後、もう会う事は無かった。あの子が居なくなったメルを境に、戻ってきていた自分の力を逆に憎く感じたわ。封印されたままなら、あの子が居なくなる事は無かったのではないか、とね」


 それから、プリシラさんは僕を見つめます。


「私はあの子の言いつけを守り、300クオルダ過ごしたわ。そんな折に「あの子と同じ」力を持つ者が現れたの。最初は何かの間違いかと思っていたのだけれど。でも……間違い無くあの子と瓜二つ。それが貴女よミズファ」


 あ、もしかして以前一度だけ「繋げていた」相手というのは。


「その相手はニジョウ・シズカ。私の親友であり、大切な人であり、人としての母親であった子」


 脳内での返答、それはまるで……。

 僕にとっての、レイシア、エリーナ、ツバキさんでした。


「御免なさいね、話が長くなってしまったわ。私がミズファに興味を持つきっかけになったのは氷姫よ。炎姫も一緒にいた物だから、この期は逃せないとばかりに監視していたの。二人が死ぬような事があれば、その際に血を分けて貰うつもりでいたのよ」

「あんまりいい気分はしないけど、死んだ後の血なら別にいいかなぁ?」

「妙な視線は以前から薄々感じてはおったが……まさか魔王だったとはの」

「生きたままの新鮮な血であるなら、それに越した事は無いのだけれど」


 少しずつ疑問が解け出してきました。

 プリシラさんが僕たちに接触してきた理由、彼女の過去。

 けど、まだピースが足りません。


「プリシラさん。一ついいでしょうか」

「いいわ、続けて頂戴」

「公国の円卓達、国内の人達、公爵。この人達は正常な判断を誤認していたようですけど、プリシラさんの仕業ですか?」

「一部はカイルで、一部は私ね。彼は対象を使い魔にして、操る能力を有しているの。使い魔にすると急激な速度で体が朽ちて行くのだけれど、古代血術のブラッドアイを併用する事で、朽ちる速度を大きく引き伸ばす事に成功した。その結果が公爵と円卓よ」


 地下牢に囚われていた奴隷が血を吸われていた経緯についても質問してみます。


「ブラッドアイの能力を備えた使い魔は、魔力を持つ者の血を補充する事で延命していたようね。それでもその場を凌ぐ程度だけれど。公爵は特に延命処置は幾度もされていたと思わ」


 ミルリアちゃんが、公爵は悲しそうな顔をしていた、と言っていました。

 きっと、彼は静かに眠りにつきたかったのだと思います。

 延命が続けば続くほど、公子の罪は重なり続けます。

 それを悲しまない親が居るでしょうか。


「そして、私は国に混乱が起きる事は確実と考え、「国内の人達」に該当する部分に力を使っているわ。その気になればカイルを止める事も出来た訳だけれど、勝手に自滅しているのを止める義理は無いもの」


 城内で混乱もせず仕事をしていた兵士達、いつもの様に生活する人々。平穏を与えていたのはプリシラさんだったんですね。


「カイルは気付いていて、逆に私を利用していた節もあるわね」


 公子は然るべき報いを受けなければなりません。

 少なくとも王に据えるべき人物ではありません、この点はプリシラさんも同意してくれます。


「カイルは何方にせよ、心が完全に折れている。城で寝たきりの生活を送る事になるでしょう」


 じゃあこのお屋敷は、という疑問が浮かぶと、僕の脳内に直接答えてくれます。


「この屋敷は今後も国外における活動の拠点として使用するわ。その為の投資も惜しまないつもりよ。貴女も、自由に使用してくれて構わないわ」


 僕達、いきなり裕福層の仲間入りでした。

 こうして、埋まり切らないピースは大分埋まったように思います。


「さ、今夜はこの辺にして置きましょうか。炎姫がうたた寝を始めているし、レイシアもまだ体調が完ぺきでは無いわ。今後について話し合う為、しっかりと腰を据えましょう」


 彼女の意見に満場一致の空気です。

 久しぶりにレイシアともお話ししたいですし。

 何より先ずはこの国の安定を図るべきです、円卓が欠けた事で一部が機能していない筈ですから。


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