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金色の髪の少女

 まだ貧血気味のエリーナに肩を貸しながら、僕達は地下を後にします。

 部屋から出た後、直ぐに城に戻ろうかとも思いましたが、通路の先も見ておきたかったのでツバキさんにエリーナをお願いすると。


「こんな所に娘を一人に残してなんか行けないよぉ。あたしはもう大丈夫だから」


 と、フラフラしてるのにいつもの様な口調でエリーナがいいます。

 ツバキさんがいざとなったら守ってくれるそうなので、皆で来た道を戻らず進む事にしました。

 特に危険な「予感」は感じなかった、というのもあります。


 因みにツバキさんには予備のローブを着て貰っています。

 着替えは沢山持ち歩く事は出来ないので、せめてローブだけはウエストポーチ型の小さなカバンに常備しています。

 荷物が余り持ち歩けない事も旅をする上で悩みの種なんです。

 でも今回、公子や金色の髪の少女が使っていた黒い影に出し入れしていたあの能力を見てちょっと閃いた事があります。

 これは後で試してみる、という事で。


 あ、そうそう公子は放置してきました。

 体にはもう異常はありません。

 また悪さしてくるなら瞬殺してやります。

 公子が古代血術を使う間に僕は公子を十回云々。


 と言っていると階段が見えてきました。

 こちら側が正式な出入り口のようで、階段は城の地下と似たような作りで広いです。


 階段を登り切ると何かの施設のような場所に出ました。


「なるほどねぇ。一直線に通路が繋がっていたのはここなんだねぇ」

「ふむ……。とはいえ、城側の入り口は頻繁には使用していないようじゃったがの」


 疑問に思うまでもなく、ここは魔法具の研究施設です。

 通路の謎が解けた矢先、何か研究員ぽい人達が慌てているようです。


 黒くて四角い箱のような物が浮かんでいて、その近くで少し人だかりが出来ていました。

 興味本位で覗いてみると。

 腐乱死体が数人分転がっています。


 その死体が誰なのかは周囲の人なら知っているらしく、かなり騒然としています。

 そのせいか部外者の僕達など気にも留めていません。

 そんな中で、ふいに「円卓」の言葉が会話から聞こえてきました。


 つまる所、この死体は公子の力が切れたか、効果が無くなったか、或いは使い魔として限界を迎えたか。

 全然姿を見せない円卓達は公子に操られ、裏で暗躍し、そして消えていたのでした。

 僕達は研究員から目が向けられる前に、死体だけを確認すると施設を後にしました。


 外はそろそろ夕方、という頃でしょうか。

 帰路に着く人達、商売はこれからだと息をまく商人、駆け込みで買い物に来る人達が普段通りの生活をしています。

 外に出ると一気に解放感を感じます。


 あ、そういえばレイシア達は何処にいるんだろ。


「貴女、その考えに至るのが遅過ぎるのではないかしら?」


 頭の中に直接声が響いてきました。

 金色の髪の少女の声です。


 あれ、蝙蝠がいなくても会話できるんですか?


「もう貴女の血は記憶してあるもの。一方的にだけれど、会話を繋げる事ができるわ。けれど、欠点もあるの。長距離は繋がらないのよ。そういう場合は蝙蝠を介する事になるわ」


 そうなんですか。

 ……。


 そういえばさっき、その考えに至るのが遅すぎるとか言われた訳ですが。

 それってつまり。

 一気に赤面してくる僕。


 あの、つかぬ事をお聞きしてもいいでしょうか。


「何かしら?」


 近くにいる場合は、僕の考えて居ることが筒抜けになっているのですか?


「あぁ、そう言う事。安心していいわ。誰にも喋らないから」


 そう言ってクスクスと含み笑いを始めます。

 僕、恥ずかしさでおかしくなりそうです!!


「でもね。誰彼構わず繋げている訳では無いのよ。この力を使ったのは過去一人だけだもの」


 あ、そうなんですか?


「ミズファよ。先ほどから黙っておる事が多いが、どうしたのじゃ?」

「ふぇ!?な、にゃんでもないですわよ!?」

「……」


 凄く怪しい人でした。


 一先ず。

 筒抜けになっている事に関しまして。

 金色の髪の少女には後でお話があります。

 お説教です。


「貴女ね……。まぁ、いいわ。公爵のお屋敷までいらっしゃい。そこに魔法学院の女性達がいるわ」


 公爵の家……。

 元帥さんがくれた資料にも場所は記されています。


 でも、大丈夫でしょうか。僕達招かれざるお客というか、そもそも公子は……。


「私の力が及ぶ間は女性たち、使用人に至るまで一切疑問は持たせない様にしてあるから安心して頂戴」


 うわー悪い事やりたい放題ですー。


「貴女ねぇ……。私、段々貴女へのイメージが崩れて来ているわ」


 すみません。

 うぅ、本性がこの様な形でばれてしまうなんて……。


「でも中々興味深いわよ、貴女。元々この世界の人物では無いようね」


 !?

 その言葉で一気に警戒心を上げます。


「別に弱みを握ったつもりなんて無いわ。私は貴女に試したいだけ」


 試す?


「先ずは会ってゆっくりお話ししましょう」


 腑に落ちないですけど、解りました。

 一先ず会話をそこで切ります。


 声の主はレイシアの命の恩人です。

 例え悪人だったとしても、感謝しないといけません。

 それに、公子は絶対にレイシアの血を戻してはくれなかったでしょうから。


「エリーナ、ツバキさん、少しお話があります」


 僕は黙り込んでいた理由と共に、二人に語りだしました。


 ------------------------------------------------

「……ん」


 私は気づくと、実家よりも豪華な作りのベッドで目を覚ましました。

 周囲は王族にも引けを取らない、見事な調度品の数々。

 決して高価な物を置いているだけでは無く、しっかりと美を追求した部屋作りになっているのが解ります。


「ここは……?」


 私は確か魔法具研究施設の地下で……。


「気が付いたかしら」


 ふいに部屋の入り口から声がかかります。

 そこには真紅のドレスに身を包んだ、見目麗しい10歳前後の少女が立っています。

 金色の長い髪と赤い目がとても強く印象に残ります。


「あの、貴女が私をここへ?」

「ええ、そうよ」

「ええと、状況が呑み込めていないのですけれど、助けて頂けたのでしょうか」

「そうね。貴女以外の女性たちも全員無事よ」


 地下にあった部屋で意識を失っていたお嬢様達を思い出します。

 話を聞く限り、全員無事のようです。


「大変安心致しました。重ねてお礼を申し上げます。その上でお伺い致しますが……カイル様はどうなされたのですか?」

「カイルなら完膚なきまでにボロボロになったわ。それこそ心まで」


 公子程の方を呼び捨て、となると相当な地位にいらっしゃる方でしょうか。

 私は失礼にあたると考えてすぐさまベッドから出て立ち上がります。


「……っ」


 貧血でしょうか。

 よろめいて倒れそうになります。


「まだ寝ていた方がいいわ。少しの間だけとは言え、本来ならば死んでいる程の血を抜かれているのだもの」


 倒れそうになるのを、いつの間にか横にいた金色の髪の少女に抱き留められていました。


「あ……大変失礼致しました」


 私は慌てて身を正します。


「気にしないで。さぁ、ベッドに戻って頂戴」


 素直に言われる通りにベッドへと戻ります。


「お気遣いまで頂いてしまって……」

「勿論貴女にも、後で報酬をほんの少しだけ頂くわ」

「私に差し出せる様な物でしたら、喜んで」

「私が欲しいものは血よ。それでも差し出せるかしら?」

「え?」


 地下での光景が脳裏に浮かびます。


「安心して頂戴。私は心から血をあげても良いと思う人以外からは受け取らないわ」

「あの、どうして血を欲するのでしょうか?」


 カイル様も血を必要としていたようです。


「私の力の源になるのが血だからよ」

「力、ですか」


 血が源になる力。

 そういえば魔法学院の大図書館にそのような記述のある本があったような……。


「それに、ミズファと言ったかしら。勝手に貴女の血を頂戴したら、あの娘に怒られてしまうわ」

「……ミズファ!?貴女様はミズファをご存じなのですか?」

「ええ。私も知り合ったばかりだけれど。興味深い娘ね。間もなくこのお屋敷にくるわよ」

「…!」


 彼女に会える。

 それだけで、私の中のわだかまりや不安などは何処かに消し飛んでいきました。

 だからこそ。


「あの、私は貴女様へ血を差し上げます」

「あら。どうしてかしら?」

「私や学院のご学友を助けて下さった事。何より……私の大切なお友達に会わせて下さる事。理由としては十分過ぎる程です」

「そう。ミズファを持たずともいいのかしら」

「私は貴女様を心から信じております」

「有難う」


 金色の髪の少女はとても可愛らしい笑顔を向けて下さいます。

 私はどうすればいいのか、自然と理解していました。

 少し服をはだけさせ、首筋をあらわにします。


 金色の髪の少女は抱擁するように私を抱きしめながら。


「大丈夫、痛くはないわ。まだ貧血気味なのだから、無理もさせられないし。本当に少しだけで許してあげる」


 そう彼女は言うと、私は首筋に熱を感じます。


「……!……あぁ……ん……」


 血を吸われる痛みは無く、快楽に近い感覚が全身に広がりました。

 けれど、それもほんの些細な間。

 金色の髪の少女は名残惜しそうに、私の首筋から口を離していきます。


「有難う。これほどの血は本当に久しぶりだわ。いつも謙譲してくれる我が民には悪いけれど」


 終わったようです。

 むしろ、もっと吸って欲しいと思ってしまった事に、急激に恥ずかしさが込み上げます。


「あ、あのお粗末様でした」


 私はしどろもどろで意味不明なことを口走ってしまいます。


「さ、休んで頂戴。ミズファが来たら、大昼間で豪華なディナーを催すわ」

「はい。それでは失礼ながら……しばし、休ませて頂きますね」


 私は横になると血を吸われた反動か、直ぐに眠りに落ちていきます。

 寝息を立てるまで、金色の髪の少女は優しく……私の髪を撫でて下さっていました。


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