エンシェントブラッド
周囲を確認します。
使い魔は残り十人前後、公子が一人。
エリーナとツバキさんが居るので一瞬で片が付きそうですが……。
早々には終わらせてくれないのが僕の「予感」です。
まだ何かあるようです……正直レイシアに早く会いに行きたいのに。
「何かいるような気配はしていたけど。成程、エリーナ嬢に氷姫だったか」
放心しながらも、近づいてくるエリーナとツバキさんに気づき公子が呟きます。
「久しぶりだねぇ。いやー堕ちる所まで堕ちたねぇ、カイル君」
いつもの口調で話すエリーナですが、目は一切笑っていません。
炎姫モードです。
「僕は輝かしい将来を見据えた栄光の人生を歩んでいる。適当な生き方をしている君と一緒にしないでくれないかな」
「酷いなぁ。あたしはこれでも考えてるつもりなんだけどねぇ。まぁ理解して貰うつもりは無いけど」
エリーナの言葉が途切れるのと同時に、ツバキさんが一歩前に出ます。
「のぅ、公子殿。一つ聞かせてくれるじゃろうか」
「……何を聞きたいと言うんだい?」
「宝石加工技術が向上し、緩和したと言うのは嘘じゃな?」
「……どうしてそう思う?」
「職人に一人も会うておらぬからじゃ。本来であれば、酒場で沢山の職人が加工技術緩和の話をしながら、酒を飲む姿があってもおかしくはあるまい?」
「……」
公子は答えません。
「公子殿よ、職人達はどこにやったのじゃ。まぁ……大方、知られては困る事でもあったのじゃろう。例えば……血を奪う「目」じゃ」
公子はゆっくりとツバキさんの方へと向きを変え、少し含み笑いを挟むと。
「……氷姫の言う通り。古代血術によって作った【ブラッドアイ】を直ぐに見破るんだよ彼らは。最初はとても困ったものさ。まぁ、だからと言って大事な職人達を殺しはしないよ。長期の休暇を与えているだけさ」
「ほぅ。寛大な心掛けよの。では緩和しておらぬのに、何故妾の命を狙ったのじゃ」
「……刺客に二つ魔法具を持たせて居たのは知っているだろう?」
「忌々しい氷への完全耐性じゃな。もう一つは完全では無いとは言え、相当な耐性を持っておるように見えたの」
公子は片手を顔に当て笑い出します。
「あれはね。君が死ぬ直前に血を奪う予定だった、ブラッドアイが擬態していたものだよ」
「なんじゃと……?」
「宣戦布告を疑っていたんだろう?僕は言った筈さ。国の事などもはやどうでもいい、とね。君は現存するどの魔術師よりも一番の魔力を持っている。血の鮮度が多少落ちた所でなんの問題も無い。後は解るだろう?」
僕もその公子の答えで理解しました。
この人にとって、エリーナもただの献上する為の血でしかなかった事に。
とっくの前に、公子は人間を辞めていたのです。
「よう解った……。お主が【魔王】に骨抜きにされた下種野郎じゃと言う事がな」
「聞き捨てならないね。僕とプリシラは将来を誓い合った仲なんだ」
徐々に公子の顔が怒りに満ちて。
「それを下種野郎だと……ふざけるなよ愚民が!!」
突如、公子の爆発した怒りと共に、周囲にいた使い魔達がはじけ飛びました。
そして大量の血だけが一か所に集まり、赤い球となって公子の手のひらの上に浮いています。
「君たち。もしかして優位に立っているつもりでいたのかな?炎姫だの氷姫だの、偉大な魔術師だのと」
赤い球になっていた血が、本の形状へと変わっていき。
「そんな物は、僕の古代血術の前にはなんの意味も無いのにさ」
公子を中心に、赤い魔方陣が地面に浮かんできます。
「君達が術式を組む間に、僕は10回君たちを殺せるんだよ。魔法なんてもはや時代遅れに過ぎない過去の原始的な技法さ」
魔方陣から赤い光が徐々に立ち上がってゆきます。
「さぁ、僕の準備は整ったよ。死にたいなら攻撃してきなよ」
「ふぅん、じゃあ試して見ようか」
エリーナが術式体制に入ります。
「祖は語る、」
「血術突剣型一式」
それは一瞬でした。
エリーナが高速で術式を組み始めると。
彼女は四方八方から謎の斬撃で切り刻まれていました。
「……エリーナ!!」
「おっと、動くな」
倒れているエリーナの背中に、赤いレイピアが浮かんでいます。
「動けばエリーナ嬢は殺すよ。まぁ、どっちにしても殺すけど。ほんと弱すぎて話にならないね」
弱い?
誰が?
「次に氷姫。君にはちょっと恥ずかしい思いでもして貰おうか。僕を侮辱した罪は己の体で償いたまえよ」
「……!?」
防御魔法など組む暇も無く。
ツバキさんの服が半分ほど切り刻まれ、ハラハラと切れ端が落ちていきます。
「く……おのれ、貴様!!」
ツバキさんは赤面しつつ地面に座り込み、胸元を隠しています。
「はは、中々いい見世物だよ。最後は苦痛と恥ずかしさを合わせた滑稽な顔のまま死んでゆくがいいさ。まぁそれは後に取って置いてあげるよ」
見世物?
誰が?
「さて、残りは君か」
公子が僕に近づいてきます。
絶対的優位を確信したように。
汚い笑みを浮かべながら。
「元はと言えば。君がおかしな真似をしなければ全て上手くいっていたんだ。もう使い魔とかどうでもいい。直ぐに死になよ」
笑みが冷たい無表情に変わり。
斬撃が僕を襲う「予感」がしました。
「……四重物理遮断」
僕の呟きと共に、周囲で何かを連続ではじく金属音が聞こえます。
やがて音が止むと、僕は無傷でその場に立っています。
「……? あぁ気づかない内に補助魔法を組んでいたのかい。しかし、古代血術をはじく魔法なんてあったかな?まぁいいか」
本のページが数回ペラペラと捲れます。
「じゃ、今度こそ死んでくれたまえよ。飛び散った血は有効に活用してあげるからさ。血術狩猟弓」
周囲の空間から何十本もの赤の矢が、僕を目掛けて射出されます。
「……対象指定、身代わりの依り代」
赤い矢は射出されると直ぐに独自魔法で出現したヒトガタの紙に突き刺さり、消滅します。
全ての矢が消え失せると、僕は無傷でその場に立っています。
その様子を見ていた公子はひたいに手を当て、暫く何かを考えています。
そして理解できない顔のまま。
「……おかしいな。間違い無くおかしい。何故術式を組んでいない?僕は君の挙動の全てを監視していたんだ。術式を組んだ形跡など何処にも無かったぞ!!」
不可解な僕の行動に、公子は怒りをあらわにします。
「もういい。僕も全力を出そう。血をすべて使ってしまうが、この場所もろとも」
「……もういいのは僕の方です」
公子の言葉を遮ります。
「僕は早く、エリーナを助けなくてはいけません。僕は早く、ツバキさんに着替えを用意してあげないといけません。僕は早く、レイシアの容態を確認しなくてはいけません」
僕は公子に向けてゆっくり歩きながら、壊れた機械のように喋ります。
「ミ、ミズファ……?」
ツバキさんが心配そうに僕の名前を呼んでいますが、聞こえません。
「疾風」
風の刃が公子を襲います。
「血術結界」
赤い壁に阻まれて風の刃は消滅します。
「なんだいその初歩魔法は。僕を馬鹿にしているのかい?」
「二重疾風」
「無駄だよ」
「三重疾風」
赤い壁にひびが入ります。
「……どうなってる。血術結界にひびが」
「四重疾風」
赤い壁が破壊されます。
「な!?馬鹿な、そんな筈は血術結界!」
「【五重疾風】」
赤い壁が破壊され公子の左腕が切り飛びます。
「ぎゃあああああ!!!!」
目の前で、公子が痛みに左右に転がっています。
「【六重疾風】」
公子の右足が切り飛びます。
「……!!!!!」
もはや苦痛で言葉にもならないようです。
……見苦しい。
始末しよう。
「【七重】」
「ミズファ!!!」
後ろから抱きしめられます。
「やめよ!!もう十分じゃ、このままではお主が逆賊になってしまう!!」
「……」
「ミズファ。妾達の為に本当にすまぬ……。じゃが、お主が全てを背負う必要など無いのじゃ!お願いじゃ……もうやめてくれ……」
いつもの気高さは無く、泣いています。
「……ツバキさん」
「ミズファ……?いつものミズファか?」
「はい、御免なさい……」
「ミズファ……。うむ。さぁ炎姫を助けねばならぬぞ。お主なら扱えるのであろう?回復魔法を」
僕は直ぐにエリーナに駆け寄ります。
意識はありますが、とても苦しそうな顔で僕を見つめています。
よく見ると、特に出血のひどい場所を自らの手で止血していました。
「エリーナ、今治してあげるからね」
両手をエリーナにかざします。
「聖羽治癒術!!」
ひらりと白い羽が舞い落ちてきます。
羽はやがて幾重にも舞い落ち、エリーナの傷を治していきます。
続けて痛みで気絶した公子に近寄り、腕と足を接合します。
「四重聖羽治癒術!!」
……こうして。
公国と僕達の「戦争」は一先ずの決着を迎えました。
でも、まだ足りていないピースがあります。
恐らく、それは助けてくれたあの金色の髪の少女が握っているのでしょう。




