ベルゼナウの街と夜の城壁
休憩中、恐怖から逃げおおせた解放感はあるものの。
歩き通し、走りっぱなしでどっと疲れていました。
とはいえ、何時までもここに座っている訳にもいかず、再び歩き出そうと立ち上がり。
「んぅ、ちょっとふらふらする……」
立ち上がると座っていた時以上に疲労を感じます。
これは、本当に辛いかも。今すぐ横になりたいし、ご飯が食べたい。
以前の僕なら、多分まだ体力的には余力があったんじゃないかな。
「女の子って繊細なんだね」
髪を弄りながら、片手を前に伸ばしてみる。
か細く、色白で綺麗な腕。
けれどまだ10~12才位に見える頼りない腕です。
「余り無理できないかな。今にも壊れてしまいそうだよ……」
はぁ、とため息。
重い気分を切り替えて、ゆっくりと歩き出し。
まだ歩くだけなら何とかなりそう。
街道をゆっくりと20分程度歩いていると大きな城壁が見えてきます。
まるでゲームの町の入口みたいな大きな城壁。
この城壁が囲うように内側を守っているのだと、見たばかりの僕にも理解できました。
「これは……うん。間違いないかな。僕が住んでいた場所じゃない」
確信めいてそう呟き。
多分、記憶が鮮明だったとしても、森を含めたこの周辺の地域は解らないと思う。
「あ……。あれって人かな」
城壁の入り口には鎧を着た兵士が二人、門を守るように立っているようです。
入り口には松明が灯っており、直ぐに誰かが居ることが解りました。
ようやく人に出会うことが出来た……。
この辺一帯には人が住んでいないのかなって不安になってた所だよ。
「……おや?」
入口に近づいていくと兵士の一人が僕に気付き。
「おい、そこのお前止まれ。夜に街の外に居るって事は、火急的な要件の冒険者か?って…お前子供か?」
もう一人の兵士が此方へ声をかけながら近づいてきました。
子供と見ると不審そうな目を向けて。
「おい嬢ちゃんどっから来た?とっくに夜になってんだから街の外に人が居るなんてこたぁ先ずねぇ。子供なら尚更だ」
もう一人の兵士も警戒したような素振で近づいきます。
「あの、ここって街なんですか?」
兵士に聞かれている内容の意味が解りかねず、逆に僕が聞き返して。
「ん? あぁ、ここはベルゼナウの街だが。いや、それよりもこっちが質問しているんだが。どこから来た? 旅の冒険者か?」
「いえ、違います。ええと……近くの森から? 来ました」
素直にそう答えると、二人の兵士は血相を変え、それぞれの獲物である槍と腰の剣を抜き出し、僕へ向けて構えました。
「近くの森だと? 冗談を言うな。今は夜だぞ! 街道沿いにある森は【レイス(死霊)の森】だ! 夜の森に生きている人間が居る訳ないだろう!」
あの「何か」の気配ってレイスって呼ばれてるのかな。
別物かもしれないと一瞬は思ったけれど、後ろから纏わりつくように胸にあてられた手を思い出します。
なんとなくあれはレイスっていう奴で多分間違いない気がする。
それよりも今は目の前の兵士さん達の方が怖いです……。
「あの、僕にもよく解らないのです。気づいたら森の中の花畑にいて、必死にそのレイス? から逃げて来た所で」
「花畑? 何を言っているのか解らんし、子供の足でレイスから逃げられるわけ無いだろう! そもそも出会っただけで魂を抜かれるんだぞ!」
殺気のような気配を感じました。
今にも剣で切りかかってきそう。
森の中程ではないけれど、流石に身の危険を感じ始めた僕。
……どうしよう?
どう言えば助けて貰えるのかな、あと出来ればご飯とかも……。
「あの、本当に僕何も知らなくて。嘘は言っていませんし、レイスとかじゃありません。お願いします、助けて下さい」
頭をペコリと下げた。
「駄目だ。冒険者ならいざ知らず、夜に外から歩いてくる子供なんか信用ならん。それになんだその服は? 奴隷なのか?」
う……。
これには僕自身も困っていた所です。
僕なんでこんな服装なんだろう?
裸じゃなかっただけマシなのかな。
いったい死のうとする前の僕は何してたのさ!
内心で自分に対して憤りをぶつける僕をしり目に。
「ふぅむ……」
槍を持った兵士が何かを考えているように唸り。
その後、思い立ったように剣を持つ兵士をなだめ始めます。
「まぁ、ちょっと待てドガ。もしそいつがレイスか或いは眷属ならとっくに俺らは魂を抜かれているだろうよ。俺たちと話す必要なんかあのモンスター共にはねぇんだからな。街ん中入れてもいいんじゃねぇか」
剣を持った側の兵士、ドガと呼ばれた男は「いや、しかし!」とまだ疑念を抱いているようです。
「それにだ。ドガ。よく見てみろ。まだガキだが中々上等だ。夜の城壁の外にいる時点でもうこのガキの安否なんか誰も心配してねぇだろうしよ。奴隷商に売っぱらえばかなりの額で買ってくれんだろ」
それを聞いた瞬間、剣を向けられる以上に槍を持った兵士の男から危険を感じました。
どうにかして逃げようと辺りを見回すけれど、もう疲れ切った僕にはその余力も残されていません。
「ふむ。まぁレイスでないとしたらこの恰好だ。逃げ出した奴隷ならいかようにも言い訳は出来そうだな」
ドガと呼ばれた男は僕の体を上から下へと気持ち悪い視線で見つめ、ニヤリと笑います。
警戒を緩め、槍の兵士の話に乗り気になったようです。
「そういう事で悪いな嬢ちゃん。夜に街の外にいたのが運のツキだ。俺らは不審な奴から街を守らねぇといけねぇからよ」
槍を持った兵士の男が近づいてきました。
その場で踵を返し逃げようとするも、すぐさま腕を捕まれ阻まれます。
「や……離してください!」
腕を振りほどこうとしても男の腕力に女の子の力では到底敵わず。
森であんなに働いた警戒心はどこへやら。
疲れ切った体でどうにか街についた僕にはもう抵抗する力も無く、その場で取り押さえられ、街の中へと連行されました。