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邂逅

「レイシア!!」


 部屋の中に倒れているレイシアに駆け寄ります。

 軽率な行動なのは頭の中で理解しています。

 でも、公子からレイシアを離さないといけない、それ以上の優先行動が僕の頭の中にはありませんでした。


「あ、ちょっとミズファちゃん待って……!」

「待つのはお主もじゃ炎姫。ミズファを気遣うのならしばし様子を見るのじゃ」


 視界には机にうつ伏せになっている女の子が沢山いました。

 その合間を縫ってレイシアを抱き起します。


「レイシア? レイシア!」


 呼びかけても反応がありません。

 目を開けたままで無表情です。


「君は……見た事あるな。確か謁見の間でベルステン卿の後ろに居たよね」


 僕が突然乱入して来たのに特に驚きもせず、絶対優位を確信しているような口調。

 公子が腕を組みながら、ゆっくりと僕に話しかけています。


「公子様、レイシアに何をしたのですか」

「君もレイシア嬢と同じ事を言うね。まぁ当然の反応ではあるけどね」


 公子は何か面白い余興でも見つけたように笑いながら。


「君、もしかして地下から来たのかい?よく階段を見つける事ができたね」

「僕は貴方とそんな話をしたいのではありません。レイシアは帰して貰います」


 僕がレイシアを抱き起して去ろうとすると。

 また含み笑いを挟んで公子が続けます。


「けど、そんな君は相当知能が低いようだね。階段を見つけたのは偶然かな」


 公子が指をパチンっと鳴らします。

 すると、今まで何処に居たのか不明だった黒服の男たちが、黒い影の様な物から現れました。

 その数、20人前後です。


 勿論、地面に人が潜む魔法などありません。

 目の前にいる公子は人間でありながら、人から外れた能力を持った化け物です。

 ……僕と同じように。


「さて、僕にはこの後大事な用があるんだ。色々と疑問は尽きないが、余興はこの位にして置こうか。さぁ使い魔達よ、せめて腐る前に一仕事してきなよ。折角久しぶりに血を補充してやったんだからさ」

 

 恐らくミルリアちゃん達の事でしょう。

 久しぶりに、という事は過去にも犠牲になった人がいるという事です。

 黒服の男、使い魔と呼ばれた者達が一斉に僕に襲い掛かります。


「……対象複数指定、最小限で二重暴風!」


 レイシアを抱きしめたまま、僕は小さな竜巻状の風の塊を周囲に発生させ、使い魔全員に叩きつけます。

 風の塊を腹に受けた使い魔達は、竜巻に巻き込まれるように打ち上げられ、天井にぶつかり落下します。

 一部、それだけで体が損壊した使い魔が数人いるようです。


「へぇ、術式を組んであったのかい?僕にはなり振り構わず部屋に入ってきた様に見えたんだけどね。けど……おかしいな。その割には途中の会話が多すぎる」


 術式は組上げた後、少しの間だけ自分の意思で発動タイミングを決める事ができます。

 ですが二言、三言会話をすると術式が解けてしまいます。

 力量が足らなければ魔法が暴発する事もあり、発動タイミングを推し量るのはかなり熟練された魔術師だけです。


「まぁ、いいさ。疑問は後にしようか。それと、君がレイシア嬢を連れ出しても意味は無いからね」

「どういう意味ですか」

「レイシア嬢の血はその「目」にあるからさ」


 レイシアが座っていたと思わしき席には、真っ赤な色の宝石、いえ……目が置いてあります。


「まさか……」

「あぁ、心配には及ばないよ、死んではいない。今はね。けどレイシア嬢は自ら魔力を込めなかったせいで、余計な仕事が増えてね。周囲にいるお嬢様方より体が腐るまでの進行が速い」


 一気に血の気が引いていく感覚に襲われます。

 この人はレイシアを殺そうとしています。

 僕の大切な人を。


「直ぐに血を戻して下さい!!」

「……君、そろそろ口を慎みたまえよ。本来、僕が許可するまでは言葉を発する事も許されないんだぞ」


 解かってくれないなら。

 レイシアの命を奪うというなら。


「対象指定……最小限で」

「あぁ、言い忘れていた。体に血を戻す事は古代血術エンシェントブラッドを知る僕にしか出来ないよ」


 ……瞬時に攻撃をやめます。

 古代血術というのが魔法なら僕にも恐らく使えた筈です。

 そして、血を体に戻す事も。

 でも、「直感」は魔法では無いと告げています。


「使い古しの使い魔も体が持たなくなって来ているね。なら新しいのを使おうか」


 公子がそう言うと。


 周囲の女の子達が、ゆらり、と立ち上がりました。

 そして、ゆっくりと此方を振り向きます。


「……なに?」

「体を行使させると血もその分鮮度が落ちるけど、まぁいいさ。レイシア嬢の血が新鮮なままであればね」


 僕を取り押さえようと少しずつ近づいてきます。

 さっきの黒服連中のように女の子達も吹き飛ばせばいい。

 けど、今度は攻撃が出来ません。

 多分……彼女達はレイシア、エリーナ、ツバキさんと同じ学院の生徒です。

 出来る訳無いじゃないですか!


 部屋の外にいるエリーナとツバキさんを見ると。

 ツバキさんが魔法を撃とうとして、それをエリーナが必死に止めています。

 ありがとエリーナ、御免ねツバキさん。


 僕は足りない頭で考えます。

 女の子達に捕まる前に、机の目とレイシアを抱えて部屋から出ます。

 そしてエリーナとツバキさんに引き渡して逃げて貰います。

 これが今の最善の筈です。


 血を戻す方法はこの二人ならきっと見つけてくれます。

 だってこの二人は凄い魔法使いなんですから。


 まだ黒服も沢山残っています。

 だから、僕はせめて逃げるまでの足止めになれれば。

 もうこの手しか。


「君は中々に麗しい姿をしているからね。僕の使い魔にして、大事に扱ってあげるよ」


 下種の目です。

 僕は歯がゆい気持ちになりつつも部屋の外へ走り出す為、レイシアの血を持って行こうと机を見ると。

 ……いつの間にか蝙蝠がいました。


 僕の目線が蝙蝠と合わさった瞬間、蝙蝠の目が赤く光ります。

 すると頭の中に直接「何か」の声が聞こえてきました。


「ご機嫌よう。という状況でも無いかしらね」


 何、この声?


「貴女が私の声に疑問を持つのは当然の事だけれど。今は私の言う事を信じてくれるかしら」


 どういう意味ですか?


「目の前の蝙蝠に指を齧らせて、ほんの少しでいいわ、貴女の血を頂戴」


 ……。

 僕は迷います。

 当たり前です、突然蝙蝠が現れたと思えば、見も知らぬ人に信じろと言われています。

 しかも血を欲しがるなんて、罠にしか見えません。


 ふと、公子を見ると。

 まるで歓喜に震えるような、満ち足りた顔をしながら。


「お……おぉ。ようやく……ようやく認めてくれたんだねプリシラ!やっと会えるんだね、君に!」


 謎の言葉を発しています。


「目の前まで女の子達が迫っているわよ。決断は早い方が良いと思うのだけれど。彼女達を傷つけたくは無いのでしょう?」


 ……。

 どうせ僕が身を盾にしてこの場を凌ぐつもりでした。

 なら、少しくらい面倒事になった方が混乱に乗じて逃げやすくなるかもしれません。


 僕は決意して蝙蝠に指を差し出します。

 蝙蝠は指に齧り付くと、少しだけ血を吸われる感覚がありました。


「確かに血を受け取ったわ。有難う」


 頭に響く言葉がそう言うと。


 僕の目の前に魔法陣のような物が広がり、光を帯びながら回転しています。

 そして、その魔方陣の中心から。


 少女が出現しました。


「国から外に出るのは数クオルダぶりかしらね。些細な間ではあるけれど」


 見た目は10歳前後の子供。

 金色の長い髪で深紅のドレスに身を包み、吸い込まれそうな赤い瞳を持っています。


「あぁ……プリシラ。この瞬間をずっと夢に見ていたよ。見てくれ、そこに居る赤い髪の子を。君なら解るだろう? 非常に優れた魔力を持っている。君の口に合うはずさ」


 金色の髪の少女はレイシアの血を見た後、次に僕が抱えているレイシアを見下ろします。

 そしてとっさに庇う僕をしり目に。


「そうね、とても美味しそうだわ。カイル、一ついいかしら?」

「なんだい、愛しのプリシラ。君の言う事なら何だってしよう、何だって用意しよう。言ってご覧」


 静かに腕を組み片手を口元に当てながら。

 金色の髪の少女はゆっくりと口を開きます。


「誰がそんな事を頼んだのかしら」


 その言葉と共に。

 周囲の机に置いてある目から、赤い色が「減っていきます」。


「な!?プリシラ!!何をしているんだ!」

「聞いていなかったのかしら。誰が頼んだのかと聞いているのだけれど」


 目から赤い色が完全に消失すると同時に、周囲の女の子がその場に倒れます。


「……プリシラ。何故「血を戻した」んだい」

「必要無いからよ」

「……そんな筈は無いよ。君は血が無ければ生きてはいけない。これだけの上質な血を目の前にして、吸血衝動を抑えられる訳が無い」


 金色の髪の少女はくすっと、少し笑みを浮かべて。


「そう。小さな頃に私を娶ると意気込んで、やっと得た知識がその程度なのね」

「どういう意味だい?」

「これでは……貴方の父君も浮かばれ無いわね。中途半端な知識で古代血術を使ったばかりに」

「そんな筈は無い! 魔法学院の大図書館の隅々まで見て、僕は古代血術に関する本を読破した! この世界には魔法学院以上に知識が集まる場所は無い!」

「馬鹿な子。「実際に行う試練」を省略して、本に纏められている方法だけを見真似で覚えたのね」

「試練?なんだいそれは。そんな儀式は本のどこにも」


 公子が言葉を途中で遮ります。

 金色の髪の少女が鋭い殺気を放ったからです。


「理解出来なくていいわ。そして貴方が小さい頃、私に言った事。そのお返事を今、ここで答えるわね」


 困惑していた公子は「お返事」の言葉を聞くとまた喜びに満ちた表情に戻り。


「試練だの何だのと良く解らないけど。ともあれ、ようやく僕達二人が一緒になれるんだね。公国と君の国が合わされば、世界を掌握する事も可能さ。僕は君さえいれば国など、もはやどうでもいいけどね」


 公子は先を見据えた展開を早くも語りだします。


「ふふ……楽しそうねカイル。貴方に言うわ。「御免なさい。」これが私の答えよ」


 その場にしばし長い静寂が訪れます。

 そして。


「何故だ!!!あれほどお互い国の事を、お互いの愛を話し合ったじゃないか!!?」


 憤る公子を無視するように。

 金色の髪の少女は僕に振り返ります。


「私が手を貸すのはここまで。後は貴女が始末を付けなさい。その為にこの国に来たのでしょう?」


 ふと、レイシアを見ると。

 いつの間にか目は閉じて可愛い寝息を立てていました。


「あの……」

「本当は炎姫と氷姫に用があったのだけれど。今は貴女にお話があるわ。全てが終わった後に……また会いましょう」


 そう言うと。

 突然、周囲に倒れていた女の子達は黒い影のような物に吸い込まれて消えていきます。

 そして金色の髪の少女も、腕の中のレイシアも消えていました。


「この子達は安全な場所に避難させてあげる。その報酬はしっかり頂くけれど」


 頭の中に直接声が響いてきます。


 有難う御座います、この御恩は絶対返しますから。

 返事は返ってきませんが、僕はゆっくりと立ち上がります。


「世の中、不思議な事もあるもんだねぇ」


 凄まじい殺気を放ちながら、エリーナとツバキさんが部屋に入ってきます。


「あの小娘、よもや……。まぁよい。先ずはこの国に巣くっておった化け物を退治するとしようかの」


 公子は消えてしまった金色の髪の少女の場所を見つめ放心しています。

 こうして、形成は逆転したのでした。

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