ミルリアと僕
一つメルが過ぎ。
保護した三人の子供の内、意識の無かった二人は無事に回復しています。
三人の中で一番年上らしき少女は何度も頭を下げながらお礼を言っていました。
土下座までしそうになったので、慌てて立たせたりもしましたけど。
あの後、城外に出ていくまでに3人の兵士に声をかけられましたが、ベルステンさんがくれた書状を見せると、それだけで通してくれました。
因みにこの三人の子供には見覚えが無いそうです。
兵士さんにベルステンさんへの伝言を頼んで速やかに城を後にしました。
宿屋に連れていき、新たにベッドが複数ある部屋を借りて、意識が無かった二人を寝かせます。
少女は意識の無い二人、男の子と女の子を心配そうに見ていましたが、やがて自分も体力の限界がきたのか、そのまま眠ってしまいました。
そして朝を迎えた現在、少女は美味しそうにご飯を食べています。
栄養のある野菜たっぷりのスープとパンにベーコンです。
宿主の許可を得て、食堂から部屋まで運んできました。
男の子と女の子は様子見でベッドで安静中の為、エリーナとツバキさんがご飯を食べさせてあげています。
そして僕はというと、少女についてあげています。
エリーナが僕にしてくれたように、口を拭いてあげたり、お水を持って来てあげたり。
「あの、有難う……ございます」
僕がお水をテーブルに置くと、少女は小まめにお礼を言ってくれます。
可愛いです。
「うん、いいですよ。ご飯美味しいですか?」
「はい、こんなに美味しい……ご飯、初めて」
余り会話に慣れていないのかな。
少女は何処か、たどたどしい感じに喋っています。
「そういえば、まだお名前聞いてなかったですね。お名前教えてくれますか?」
「……ミルリア。あっちにいるのは……シルフィと、ウェイル」
ベッドで美味しそうにご飯を食べさせて貰っている女の子と男の子を見ながら、ミルリアという少女が言います。
「ミルリアちゃん、一つ聞いてもいいかな?辛かったら喋らなくてもいいですから」
「わたし……知ってる事なら、なんでも話します」
「有難うミルリアちゃん。えっと、あの牢屋で一体何があったのかな?」
少し俯きながら、ゆっくりとミルリアちゃんは喋りだします。
「偉い人に…首をかじられました」
「……え?」
「そのあと、沢山……血を吸われる感じが、しました」
「それって……」
話だけを聞くと吸血鬼みたいです。
「その、偉い人も……どこか、辛そうでした」
「もしかして、その偉い人って公爵?」
こくん、とミルリアちゃんが頷きます。
公爵は体調が良くない、と聞いていましたが、まさかモンスターだったんでしょうか。
いえ、でも公子は普通の人間でしたし……。
まだ情報が足りませんね。
埋まっていないピースがいくつかある感じです。
「偉い人、以外に……黒い服をきた男の人達にも……かじられました」
「まさか……奴隷商と一緒にいた黒い服の男の人?」
こくん、と更に頷くと。
「……わたし達がお城に、連れてこられた後も、黒い服の人……沢山いました。沢山、かじられました」
それを聞いて恐怖を覚えます。
今はエリーナの回復魔法で傷はありませんが、牢屋にいる間、首にどれだけ傷があったのでしょうか。
「よく……頑張って耐えたね」
優しくミルリアちゃんの頭を撫でてあげます。
「わたしは……まだいいです、でも妹と……弟は、もう駄目だと、思いました」
そう言うと再び女の子と男の子を見ています。
「……もう一つ聞いてもいいですか?」
こくん、と頷くミルリアちゃん。
「奴隷商に連れて行かれる際に、宝石のような物を見せられました?」
「はい……見せられました。そして、宝石の中に……何か見えるかと聞かれたので、渦が見えると……答えました」
「妹ちゃんと弟君も、渦が見えたのでしょうか?」
「……見えたみたいです」
三人揃っての魔力持ちって凄くないですか。
「ミズファちゃん、聞いて。魔力持ちっていうのは早々には生まれてこないんだよぉ。多分、奴隷商も駄目元で貧民街で探してたんじゃないかなぁ」
「そうなんですか?」
エリーナとツバキさんが一緒にいるせいか、魔法が当たり前になっていて、僕の感覚が狂っているようです。
「それでね。これは推測だけど。血を吸う為には魔力を持った人物じゃないと駄目なんじゃないかなぁ。だから公爵とその黒服達は、相当切羽詰まってたんだと思う。例えて言うなら、飢えが限界に来ていたとか、そんな感じでねぇ。で、……そんな折に、一挙に三人も見つかった」
その後の光景を思い浮かべた僕は……とっさにミルリアちゃんを抱き寄せます。
「三人とも辛かったね。痛かったよね……。でもね、「三人だから助かった」んだとあたしは思うよぉ」
「え、どういう意味ですか?」
「吸われる血の量が分散したからだよ」
あ、そっか……。
もし一人、二人だったなら。
致死量の血をその場で吸い取られていた、という事ですね……。
「この子達はね、三人でお互いを守ったんだよ。頑張ったんだよぉ」
ミルリアちゃんが僕を抱き返してきました。
僕は優しく頭を撫でてあげます。
ふと、顔を覗き込むと。
……沢山の涙を流していました。
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「ママにあいたい……」
妹のシルフィちゃんがそう呟きました。
ミルリアちゃんが直ぐに駆け寄り、シルフィちゃんの頭を撫でています。
うん、出来るなら親の元に帰してあげたい。
「ミズファよ。お主の事じゃ、どうにかして帰してやろうと思っていた所じゃろう?」
まさにそう思った瞬間だったので、びっくりしながらツバキさんを見てしまいました。
「凄いですね……その通りです」
「解っておると思うが……国が買い上げた奴隷じゃ。無断で帰したとあっては、この子らの親御さんは国を相手に罪を犯す事になる」
……そうです。
奴隷商と契約の元、この子たちは城に連れて行かれたのです。
このまま親の元に帰してハッピーエンド、とは行かないのです。
でも。
「僕が買い取って、家に帰します」
「まぁ大よそ、そう言うと思っておったがの」
あの城の中でこの子達を知っているのは、公爵や黒服など一部の人だけのようです。
なら、公爵は子供趣味というデマを盾に、ベルステンさんから買い取ればいいのです。
そのような汚名が公国にあるなど、許せるような性格はしていないでしょうし。
大分過激な発想ですが、他にもいくらでも買い取れる算段はあります。
「あの……皆さんはどうして、そこまで、わたし達のために……」
不安そうに聞いてくるミルリアちゃん。
「それはねぇ。ミルリアちゃんが可愛いからかなぁ」
いつもの調子でエリーナが言います。
「……。本当に、本当に……有難う、ございます。絶対にこの御恩は、お返します」
「いいんですよ。困っていたら、お互い様ですから!」
その後。
僕たちはミルリアちゃんの案内の下、三人の家に訪れました。
小屋とも言えそうな家で、貧しいのが見て取れる家です。
貧民街は家と呼べるほどしっかりとした建物は殆どありません。
ミルリアちゃんの家も例に漏れず、大変苦労しているものと思われます。
家から出てきた母親さんは、大変驚いていた様子でした。
どうして戻ってきた、と言われるような悲劇もなく。
直ぐに駆け寄り、子供たちを抱きしめて泣いていました。
親子そろって泣いているのを見たら、僕まで泣いてしまって……。
エリーナの大きな胸にぎゅーっと抱きしめられました。
僕たちは所々問題になりそうな部分は噓をつき、僕たちが買い取ったから、子供達は帰ってきても大丈夫です、と母親さんに伝えてあります。
母親さんは奴隷商から受け取ったお金を僕たちに渡そうとしましたが、遠慮しました。
これからは美味しいご飯が三人を持っているんですから!
「ミズファちゃん、ツバキちゃん、御免ねぇ。あたしに突き合わせて」
宿に帰る道すがら。
エリーナが申し訳なさそうに謝ります。
「いいんですよ、僕だって絶対同じ事しましたから!」
「……甘い奴らじゃの。じゃが……甘い奴らがおるからこそ、妾は今生きておる」
そうツバキさんは言うと、あまり笑わない顔を少し綻ばせました。
「二人ともありがとうねぇ。じゃあ次のメルどうする?もう地下にも用事なくなったよねぇ」
「……。それなんですけど、何かまだ地下にあるような気がします」
「まだ気がかりがあるのかの?」
ミルリアちゃんが言っていた事を思い出します。
「たくさんの黒服が居た。とミルリアちゃんは言っていました。では、そんな怪しい人達が城の何処に沢山潜んでいられるんでしょうか?」
「……なるほどの。番兵が地下に居ないのも、あの黒服共を匿う為か」
「細かな部分まで調べてみましょう」
地下には何かあります。
僕の「予感」がそう告げています。
言いえぬ何かの予感が。