地下の牢屋
謁見の間を出た僕達は一度、城入口の大広間まで戻る事にしました。
そこで僕は少し考えながら歩いています。
公爵の体調が悪い。
公子が王の代理をしている。
これに関して、兵士たちは一切気にも留めていない。
この国が危険な「予感」はずっとしています。
していますが……あくまで僕個人が、です。
予感を別にしても、どう考えても緊急事態の筈なのに。
城内は普段と変わらぬ務めを果たし、国内の人々は何事も無いように過ごしています。
ベルステンさんだけは先ほどから「どうなっている……わたしはどうすればいいのだ」と呟きながら歩いています。
これ程怪しい材料が揃っていますけど。
謁見の間を出る際に察知魔法を使った結果、公子は普通の人間です。
「いやー最初は驚いたよぉ。カイル君が城にいるなんて思わなかったからねぇ」
「ふん。またあやつの顔を見る事になるとは」
エリーナが珍しく困ったような顔で、ツバキさんはつまらなそうな顔で喋っています。
加えて、エリーナは謁見の間では落ち着かない様子でしたし、関係を聞いてみましょう。
「お二人とも公子とはお知り合いなんですか?」
「ニクオルダ程前の事だけど、彼が初等部代表だった頃に顔を合わせる機会が多かったって位だよぉ。学院は貴族の交流の場になってしまっていて、よく茶会を開くんだけど、その度につきまとわれてねぇ」
「妾は別に直接は知り合っておらぬ。学院では余り人に会わない様にしておったからの」
「エリーナは性格上兎も角として、ツバキさん可愛いですから、人目に付けば気が休まる場所がなさそうですもんね」
一人でいた理由は勿論別でしょうけど、僕の正直な感想を述べるとツバキさんは赤面して俯きました。
エリーナも歩けば人が振り向くという程の美貌ですし、両手に華とはこの事でしょうか。
ともあれ。
「公爵と倭国での襲撃の事もありますし、二人は公子と顔を合わせると色々面倒な事になりますね……」
仮に、ツバキさんの暗殺に公子が絡んでいた場合。
学園で余り面識の無いツバキさんの暗殺は仕方なかったかもしれませんが。
学院で面識のあるエリーナが、ツバキさんと一緒にいる事が解っていて襲撃者を送ってきた事になります。
そんなの駄目だと思います……。
「話の所悪いが、ミズファ嬢達はこの後どうするのかね」
無言で後ろを元気なく着いて来ていたベルステンさんが話に加わります。
「ベルステンさん、あと一つだけお願いしても宜しいでしょうか」
「ん、あぁ構わないが。何をするのかね」
「城の地下へ下りる許可を下さいませんか」
もう一つ確認したかった地下。
ここを調べる事で何か解る予感がします。
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石壁と石の階段。
それが螺旋のように下へと続いています。
今は僕達三人で地下を目指している所です。
ベルステンさんは仕事があるからと、一度離れています。
こんな状況でもいつも通りに努めないと、逆に周囲からおかしな目でみられる訳です。
何度か違う兵士に話しかけても、公子が王の代理をしている事に何の疑念も抱いていないようです。
この疑念を抱かないっていう状況が魔法だと仮定して。
なんの魔法なんでしょうか?
どの属性にも精神に働きかける魔法は存在しません。
僕のマインドとも少し違います。
僕のマインドは催眠で一定の間、吹き込んだ情報通りに喋らせたり、記憶を覗き込んだりします。
服作用として絶対に一度意識を失います。
ですので、誰彼構わず使う訳には行きません。
それに対してこの城の状況。
正気を失わせる、置かれている状況が正常だと誤認させる、そういう能力だと思われます。
では、ベルステンさんは何故誤認したりせず、正気も保っていられるんでしょう。
まぁ、これは事が全部終わってからでもいいですね。
正気を保っていてくれて本当に感謝です。
話を戻しますと。
答えはやはり特殊能力以外に無いですよね。
黒服の男達の事も含めて。
そんな風に考えながら下りている訳ですけど。
途中、松明が点々と足元を照らしていますが、なんていうか……。
怖いです!
えっとですね、記憶の断片に「ホラー映画」っていうのがあるんですけど。
主人公或いはヒロインが何故か一人でわざわざ怖い場所に行くんです。
あれ、何でなんでしょうか、誰か連れて行けばいいのに!
現状の僕の気持ちを表すとそんな感じです。
一人で不気味な場所とか、もうレイスの森でお腹いっぱいです。
「ん?どうしたのミズファちゃん。ほら、怖いなら手を繋いであげる」
僕は無意識にエリーナの腕を掴んでいたようです。
「え……あ、御免なさい。大丈夫です」
「遠慮しないのー。ほらほらぁ」
エリーナが手を握ってくれます。
……温かい。
ふと、もう片方の手も握ってくれる感覚。
「……炎姫ばかり得をされても癪じゃからの」
あぁ、もうなんなんでしょうこの二人、甘々過ぎて砂糖吐きそうです。
そんな小さな幸せを感じながら階段を下りきると。
L字型の作りでしょうか、目の前の右手に曲がり角があります。
それと曲がり角の左手に、兵士が休憩などで使用する椅子と机らしき物があります。
僕は角から顔を出し、先を見てみると。
牢屋が6部屋位あるだけでした。
何故か兵士が見当たりません。
「番兵がいないねぇ」
「変ですね」
「罠の臭いがするのぅ……」
ツバキさんはいつでも術式が組めるように警戒しつつ呟きます。
でも、今の所は危険の予感はしません。
「恐らく大丈夫だと思います。進んでみましょう」
「ミズファ、流石に警戒心が薄いのではないかの?」
「僕を信じてください」
笑顔で僕が言うと、ツバキさんは「むむ……」と呻きながらも承諾してくれます。
御免なさい、いつも僕の我儘を聞いてくれて、と心の中でツバキさんに感謝しつつ。
牢屋の中を覗いて見ると、5箇所目までは無人でした。
一番奥の牢屋を確認すると、そこには三人の子供がいました。
牢屋の中で三人固まって眠っています。
「奴隷の子供、のようじゃの」
そのツバキさんの言葉で一人、目を覚まします。
力なく、弱々しく起き上がり、ぼーっとした目で此方を見つめているのは……少女。
歳は多分僕とそれ程変わりません。
瘦せ細りながらも、若干ジト目っぽさがある可愛らしい顔立ち。
髪は少しくせ毛ですが、茶色の長い髪。
服装はこの町の奴隷が着る布の服を着用しています。
僕達をぼーっと見ていた少女は次第に涙を流し。
「……二人を助けて。わたしはどうなってもいいから、二人を助けて」
寝ている二人を改めて見ると。
いえ、三人は寝ていたのではありません。
衰弱しています。
「ミズファちゃん!」
「はい!範囲指定、最小限で三重疾風!」
風の刃が牢の檻を切り裂くと、エリーナが直ぐに駆け寄り子供を抱き上げます。
「……大丈夫まだ生きてる。待ってて」
エリーナが術式を組み上げます。
「“掌に羽が舞い落ちる。それは御使いが訪れた証であり、癒し手の力を賜った証である。我に癒す力をここに”聖羽治癒術」
衰弱している三人の周囲に白い羽が幾重にも舞い降ります。
羽は体に触れると淡く光り、溶けるように消えて対象を癒していきます。
「衰弱した容態は緩和したはずだけど、栄養を取らせなくちゃ駄目。直ぐにここから連れて行かないと」
「まったく、情報収集の折に奴隷には関与しないと決めておったろうに。困っておる者を見捨てられぬ所は以前から変わらぬようじゃ」
「はい、だから僕エリーナの事大好きなんです!」
そう、僕がここにこうして居られるのは、エリーナのお陰なのだから。
この場所はまだ調べたい事がありましたが、今はこの三人をかかえて地下を後にしました。




