謁見の間
エリーナとツバキさんが街の中に異様な存在がいる、と夕飯の時に聞かせてくれました。
最近奴隷商ともよく一緒に行動している黒い執事服姿の男達がいるそうです。
初めは護衛なのかと思い、対して興味は惹かれなかったそうですが、暫く監視していた所、ふと思い立ち「察知」の魔法を使ったそうです。
すると……。
「揺らぎ」が無かったのだそうです。
それがどういう意味なのか。
答えは二つあり、一つは死んでいます。
死霊やアンデッドはモンスター扱いの為揺らぎがありますが、単純な死体は揺らぎがありません。
なので、動いている以上これは矛盾しています。
もう一つは【使い魔】と呼ばれる、魔法とは違う種別の能力の可能性。
エリーナ曰く、この世界には武器を使う者、魔法を使う者、【特殊能力】を使う者に分類されます。
この特殊能力の境が曖昧な為、魔法では説明できない不思議な力の場合、全て特殊能力に分類するそうです。
そういった意味では、僕の「予感、直感、術式省略、独自魔法」も特殊能力に該当するのかもしれません。
独自魔法は今の所、「光鎖」「マインド」だけです。
エリーナとツバキさんは術式省略しか知らない為、僕は特殊能力には分類されていないようです。
独自魔法には薄々感づいてはいるようですけど。
人ならざる者が奴隷を使い何かをしている。
予感などに頼らずとも良くない事が起きているのは明白です。
「でね、魔力を持つと思わしき奴隷達を連れて、貴族街の奥に行ったよぉ。ほんとは尾行したかったんだけどねぇ」
「多分、行先は城だと思います」
「城じゃと?奴隷など連れて城で何をするつもりじゃ」
ツバキさんの疑問はもっともです。
奴隷に魔力を込めさせるのであれば、魔法具研究施設で事足りるはずです。
そこで講師を呼ぶなり、研究者が教えるなりすれば言い訳です。
ですが、僕の中では疑問の余地なく、城に連れて行かれた予感がします。
これは、早急に城に確認に行かないといけませんね。
「僕にも上手く説明はできませんが、城に行けば解る気がします」
「じゃあ朝になったら早速お偉いさんの屋敷だねぇ」
「曖昧な所はいつものミズファじゃの。疑問は城で確認するとしよう」
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次のメル。
僕達はベルステンさんと共にお屋敷の馬車に乗せて貰い、城へと来ています。
現在、謁見の間まで四人で歩いている所です。
ベルステンさんは急ぎ足になっていて、女の子勢の僕達は歩幅の違いでしばしば離れそうになり、その度ちょっぴり小走りする、といった感じで着いて行ってます。
因みに城の中に初めて入った瞬間は、言い様の無い妙な気持になりました。
これはエリーナとツバキさんも一緒らしく、一旦歩みを止めて周囲を警戒したほどです。
そして城内の印象。
城に詰める衛兵、高官等には特に問題は見受けられません。
ですが、ベルステンさんは普段と違う空気を察したらしく、通路ですれ違う高官に話しかけ二、三言程会話をして戻ってくると。
「公子が帰って来ているらしい。確かこの時期は修学研修だったはずだが……」
「公子様ですか?確か、公爵の第一公子様でお名前は……ええと」
「カイル公子だ」
元帥さんの資料にも公子の事は記されています。
小さい頃に魔力を持つ事が解り、将来有望視されて育ったと。
期待された程の魔力は持っていなかったけど、魔法学院では中等部を束ねる程の優秀な人物だそうです。
倭国ですらも詳細が解らない何かの魔法を扱うとか。
今は修学研修と呼ばれる学院外の活動中らしく、城に居る事がおかしいとの事。
レイシアも今頃はその研修中なのかな。
公子は謁見の間に居ると先ほどの高官に教わり、急いで向っている所です。
どちらにせよ謁見の間には行く予定でしたけど。
赤い絨毯がずっと続く通路を進むと、衛兵が二人居る大きな扉の前に着きました。
この奥に公爵と公子がいるようです。
「王に会う。扉を開けよ」
そう衛兵にベルステンさんが命令すると、重く低い音ともに扉が開きます。
ベルステンさんの後に、三人揃って中に入ると。
部屋の中は公国の国旗が壁に等間隔で飾られ、その下には剣を携えた甲冑の置物。
王まで一直線に赤い絨毯が続き、二つほど段を上げて玉座という作りになっています。
そしてその玉座に座っている人物。
僕が初めに見た印象は若い、です。
この人が公爵?
と一瞬疑問に思いましたが、直ぐに間違いであるとベルステンさんの言葉で理解しました。
「カイル公子。何故貴殿がここにいる」
「これはこれは、ベルステン卿。久方ぶりの再会だというのに随分なご挨拶だね」
「現在は魔法学院に滞在中の筈では無かったかね」
「研修先がこの公国に決まっていたんだよ。事前に知らせる程でも無いと判断しただけの事。こうして顔を出せば済む話だからね」
「ふむ……。一つ前のメルに沢山の馬車が公爵家に向かっていたようだが、公子が招いたのかね?」
「あぁ、そうさ。研修に来た学院の学生達だよ。研修中、僕が学生の引率を行う事になっているんだ」
この人が公子なんだ。
どこから見てもイケメンです。
公子を見てから、エリーナがフードを思い切り深くかぶり直しています。
あ、魔法学院から来たのなら、知り合いの可能性は十分にありますね。
後で聞いてみましょう。
それよりも。
ここに研修に来たという事は、それってつまり。
レイシアもいま公国にいるのですか!?
ど、どうしよう。
もし会ったら嬉しいけど気まずいよぅ。
あんな恥ずかしい手紙残してきて、1クオルダ程度でもう再会とか。
僕が一人で悶えている中、二人の男性の問答は続きます。
「成程。……では、ここからが本題だ」
「僕は少し疲れているから手短に頼むよ」
公子は全く意に介さないという感じで、玉座で手をつき、足を組んでいます。
「何故貴殿がそこに座っている。王はどうした?日が高くない間は謁見を行う予定のはずだ」
「父上は体調が良くなくてね。研修期間の間は、僕が王の代理を行う事になったんだ」
「確かに王の体調はわたしが見ても良いとは言えぬが、なんの説明も無しに代理など!」
「父上から直々のお願いだよ。それとも王が決めた事に不服があるとでも言うのかい?」
これには意を唱えられず、ぐっと飲み込むベルステンさん。
「さ。用事が済んだなら退出願おう。僕は多忙な身なのでね」
「……了承した」
まだ言いたい事がある、という雰囲気を残したまま。
「すまんな、ミズファ嬢。謁見は次の機会にして欲しい」
「いえ、此方も無理を押す形でご協力頂いていますから」
王代理に深々と頭を下げて僕たちは謁見の間から退出しました。
しっかりと察知の魔法を使用しながら。
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ベルステンは相変わらず堅物だな。
円卓の中で使い魔に唯一惑わされず、正気を保つだけはある。
正気の上では父上の事もそろそろ隠し通す事は難しい。
父上は間もなく「腐る」のだから。
いっそ計画が進み次第にベルステンは殺してしまうか。
そう、計画だ。
計画さえ進めばいい。
もうすぐだ。
あと二メル程でようやく計画が進む。
地下はもう改修も済んでいる。
後は学生達を招き入れるだけだ。
そしてその中には光姫もいる。
地下に行く前に宝石でも撒いて機嫌を取っておけば怪しまれる事も無いだろう。
何せ、この僕が直々に対応するのだからね。
「もうすぐ……もうすぐだ。愛しの【プリシラ】。君にもう一度会う為なら僕は何だってしよう。これだけの準備を成し遂げているんだ、見てくれているんだろう?蝙蝠が上空にいる事は解っているからね」
光姫のような上等な血を用意すれば、彼女はきっと僕に会いに来てくれる。
彼女に会う為だけに魔法学院に入り知識を得て、彼女の為だけに父上を使い魔にした。
そう、僕には彼女が必要なんだ。
再び出会った瞬間を思うと、口から自然と笑みがこぼれた。