ベルステンとお城2
ニメル程、魔法具研究施設の下見等で間を置いてから。
改めてベルステンさんの屋敷へと来ています。
僕が門に姿を現すと、メイドさんが数名出迎えてくれました。
このタイミングで訪問する事は伝言でも伝えてあります。
「お客様、ようこそいらっしゃいました。我が主がお待ちです。どうぞ、屋敷の前まで此方の馬車にお乗りください」
門の脇に馬車が停まっていました。
歩いて行くつもりだったのでちょっと驚きです。
僕が前回徒歩だったのをよく見ているようです。
ベルステンさんの屋敷は庭が広大で、門から屋敷まで距離があります。
その為メイドさん達が景観を損ねないように、維持管理に努めているそうです。
お金持ちは凄いですね。
綺麗な庭を見ている内に屋敷の前に着き、馬車から降りると違うメイドさんが僕を中へと連れて行ってくれます。
程なく廊下を歩くと応接間へと通されました。
「失礼します。お客様をお連れ致しました」
「ご苦労」
メイドさんに部屋の中へと招かれる僕。
よし……噛まない、ひるがない、おびえない。気合です。
意を決して部屋に入り、僕は優雅に一礼します。
「初めましてベルステン様。私はミズファと申します。お会いできて大変光栄です」
「ようこそ、ミズファ嬢。私がこの屋敷の主アルドナ・ストラ・ベルステンだ」
「唐突な言伝をお受け下さり、有難う御座いました」
「本来なら取り合わないような事だが、今回に限っては無視できん内容だったからな」
ベルステンさんから席へと促され、僕も座ります。
「さて、ミズファ嬢、率直に聞こう。「あれ」について本当に心当たりがあるのかね」
あれ、とは勿論公爵の事です。
公爵の現状について差し障り無い範囲で「カマをかけて」伝言に残しました。
結果、会う事に成功です。
「はい。ただ、お答えは実際に公爵とお会いして真意を確かめてから、となりますけど」
「私であれば確かに公爵に会わせるられる。しかし、今はどうあれ公爵はこの国の王なのだ。怪しい者を王に近づける訳にもいかん」
「それでは、此方をご覧ください」
ベルステンさんに手紙を渡します。
「ん?ほぉ。この印は倭国“ムラクモ”の。……ふむ、なるほど。帝殿からの使者だったか。ならば初めから名乗って屋敷を訪ねてもよかったのではないか?」
「他国の者と名乗っては、公爵の現状に関して余り宜しくない発言はできませんもの」
「成程。もう一つ念の為聞いておこう。倭国の使者であるなら何故公爵ではなく、私に面会を求めたのかね。現状の公爵がどうであれ、王に目通りを行うのが筋だろう」
「はい、実は以前から親書を公国へと送らせて頂いておりましたが、公爵からお返事は頂けませんでした」
「何?公爵は親書の事など何一つ言っていなかったぞ」
「ベルステン様がご存じ無いとなりますと、やはりもみ消されていたようですね。危険を感じて、公爵に直接謁見を求めずにいて助かりました」
「そうか。そのまま謁見に向かえば、今頃命は無かったという訳か……」
実際に、親書を届ける役目を担った兵士は一人も帰って来ていないと帝さんは言っていました。
それにしても。
側近ともいえるこの国の中枢を担う実力者に親書がきていた事を隠す必要があるでしょうか?
ますますもってきな臭いです。
「成程……良くわかった。あぁ、それともう一つ聞いて置きたいんだが」
「はい、なんでしょうか」
「わたし以外の【円卓】には会ったのかね」
「円卓、ですか? 公爵を支えるベルステン様以外の残り6人の方々でしょうか 」
「そうだ。円卓という呼び名は余り公にはしていないが、隠している訳でもない。我々が会議で顔を合わせるのは丸いテーブルだから、という些細な理由だよ」
元帥さんの資料にも円卓の呼び名については書いていません。
「そうでしたか。6人とも、ご本人にはお会いしておりません。事前の調査で接触は危険と判断しました」
それを聞いて、ベルステンさんはしばらく考え事をするように俯きます。
「危険、か。そうだな、ここまで聞いた話を鑑みればそうかもしれん。わたし以外の全員が何かに憑りつかれた様に、研究施設に入り浸りになってしまったからな」
「あの、円卓の皆様は魔力をお持ちなのですか?」
「いや、わたしはそんな話は聞いた事は無いな。わたし自身も魔力は持っていない」
「そうですか……それなのに研究施設に入り浸るというのは妙ですね」
あ、この流れなら聞いて置かないといけませんね。
「あの、その研究の事で一つお聞きしたいのですが」
「あぁ、何かね」
「お城で宝石の査定が行われている、と聞き及んだのですが、本当でしょうか?」
「いや、城で宝石の査定など行っていない……はずだ。少なくともわたしの見える範囲では」
「心当たりがおありなんですか?」
言っていいものかどうか悩んでいる、というような沈黙を挟みつつ。
「最近公爵がよく地下に降りて行く事がある」
「地下ですか」
「ああ。わたしは地下に行く用は無いから解らんが、牢屋以外何もない筈なのだ。宝石の査定との関連性は現時点では推測でしかないがね」
「なるほど……有難うございます」
あからさまに怪しいですね……。
地下ってなんかイメージ的に不気味な感じがして嫌ですが、城に行った際は地下も見ておかないと。
という訳で。
「ここまでのお話で、私は大分深入ったお話を聞かせて頂きました。加えて私の身元も其方のお手紙の通りです」
「うむ。帝殿の手紙には、ミズファ嬢はとても重要な地位に就いていると書かれている。手紙も間違いなく倭国の物だ」
「それでは改めてお願い致します。どうか、ベルステン様のお力をお貸し頂けませんでしょうか。公国との友好を築く上でも」
「友好に関してはわたしの一存で答える事はできんが……。素性の問題は無く、公爵を避けている理由も解った。加えて公国の内情について無視できない程度に知っている。……いいだろう、私が出来る事はすると約束しよう」
良かった。
僕頑張った、うん。
「ではお城へ向かう際は、ベルステン様のお付きとして入城させて頂けますか?」
「あぁ、構わん。私の近くにいれば、公爵といえど易々とは気の早い行動など起こさせんよ」
「感謝いたします。ですが念の為、連れを二人程同行させても構いませんか?」
「倭国の使者であれば無下にはできまい。問題は無いだろう」
「有難う御座います」
なんとかお城への入城まで漕ぎつけました。
ここからですね。
奴隷商の事とかまだ聞きたい事もありますが、先ずは公爵に会ってからです。
「では、次城へ向かわれるのはいつに?」
「わたしはこれでも公国中枢の一翼を担う円卓だ。入城は常に可能だよ」
「それでは此方の準備が整いましたら、改めて屋敷へお伺いしますね」
「ミズファ嬢は我が屋敷の主賓として扱おう。わたしが留守でも屋敷に入れるように取り計らっておく」
「度々感謝いたします」
席を立ち上がり、深々とお辞儀します。
この後ベルステンさんに食事のお誘いを受けましたが、丁重にお断りしつつ、一度宿へ戻る為、屋敷を後にしました。
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「んぅー……」
僕は宿の自室にあるベッドで、謎の奇声を発しつつ使いすぎた脳を休めています。
エリーナとツバキさんはまだ出かけて帰ってきてはいません。
少しベッドから身を起こして窓の外を見ます。
間もなく日が落ちようかという所でしょうか。
外を見ながら少し考えます。
公爵に会ったとして。
どのように言えば戦争を中止してくれるでしょうか。
漠然的にですが、戦争を中止させるという目標が成功する「予感」はあります。
成功までの過程は流石に頑張るしかないですが。
寝て待っていれば成功する程都合のいい能力ではないので。
「ふぁ……、眠くなってきました……」
窓の外では沢山の馬車が列をなして通って行くのが見えました。
僕は特に興味を示さず、少し仮眠を取る為すぐにベッドに寝転がります。
僕が眠って程なく。
魔法学院の紋章を付けた馬車の列は、貴族街の方へと遠ざかっていきました。




