ベルステンとお城1
「あの、隣の席、宜しいでしょうか?」
裕福層の街の中頃にあるオープンテラス型のカフェ。
そのテーブルで優雅に紅茶を飲んでいる中年の男性へと声をかけます。
「ん?あぁ構わないが。他にも空いている席はあるようだがいいのかね」
「ええ。ぼく、私は余りこのような場所に来る事はありませんので、一人では不安で」
「成程。相当屋敷の中で大切に育てられたのだろうねぇ。いやいや見れば解る」
今、僕の恰好は以前レイシアから着せ替えさせられた記憶を頼りに、洋服店で購入したドレス姿です。
流石に着るのはエリーナとツバキさんに手伝って貰いました。
「ええ、あまりに退屈で屋敷を抜け出して、こちらで休もうと思い立った所でした」
「そうかね。ここはわたしのよく通う店でね。紅茶の味は格別だ。茶会の席にも引けを取らないよ」
「まあ、それは楽しみです、わ」
ぎこちない喋りながらも、どうにかごまかせているようです。
「あの、一つお聞きしたい事があるのですが」
「あぁ、何かね。オーダーの仕方が解らないかい?」
「いえ、あの【ベルステン】様という方は知っておられますか?」
僕の問いに「ふぅむ」と唸りながらも。
「あぁ、知っているよ。わたしの知り合いだからね。彼がどうかしたのかい?」
「ええ。ベルステン様は最近、お城への用事が増えていらっしゃいませんか?」
「そういえば、公爵に会いに行く事が増えていた気はするが。そんな事を聞いてどうするんだい」
「ええと、近頃私のお父様もお城へ行かれる事が増えていまして」
彼はあぁ、成程といった顔で。
「今、城では大規模な宝石査定が行われているからね。君の父君もその関係者なのだろう」
「言われてみますと、お父様がそのような会話をしていたような気がします。あのそれと何かこう、ベルステン様の雰囲気のようなものにお変わりはありませんか?」
「特に変ったところ等は無いと思うが……。あぁ、最近公爵が変わってしまったというような事を怒っている風ではあったな」
当たりです。
「そうですか。お父様の事で心配になってしまい、少々取り乱してしまいました」
「いやいや、中々しっかりしていると思うよ。将来我が息子を紹介したい位だ」
「ええと、考えておきます、わ」
その後差しさわり無くその場を後にして。
今回の僕の行動は、「味方となってくれる貴族」を探していました。
実力者とされる人たちの知り合いをあたり、「黒」ばかりの中、最後の一人であるベルステンさんが唯一の「白」でした。
公爵が変わってしまった、そしてそれに対して怒っている。
ベルステンさんは本来の公国ではない「何か」になってしまっている事に気付いています。
この人に先ずは会ってみて、その後、城で「何が行われているのか」を調べる必要があります。
今城では大規模な宝石の査定が行われている、とカフェのおじさんは言っていました。
でも僕は違うという「予感」がします。
表向きはそうかもしれませんが、本来の目的は別にあると思います。
そのままの足で引き続き、今度は貴族街にあるベルステンさんのお屋敷に向かいます。
途中沢山の貴族用の馬車が通って行ったり、護衛をつけて歩く男の人とすれ違います。
若干、視線を感じたりしますが、ここで弱気になると怪しいので年頃のお嬢様が散歩中、というイメージで歩いています。
度々元帥さんの資料を見ながら建物の合間を進むと。
ベルステンさんのお屋敷は貴族街の城に近い場所にありました。
流石に上流階級の屋敷がひしめく場所ですので、ここまで来るのに裕福層の街中以上に緊張しました。
元帥さんの資料通りかなり大きなお屋敷です。
さて、会ってくれるかどうか。
因みに、この屋敷全体からは全然嫌な感じはしません。
門から中を覗いてみると敷地内を掃除しているメイドさんが数人います。
立っている僕に気付いたのか、慌てた様子で一人近づいてきました。
「大変申し訳ございません。事前にお客様がいらっしゃるとは伺っておりませんでしたので」
そういうと深々と僕へとお辞儀します。
「あの、すみません。ベルステン様はお屋敷にいらっしゃいますでしょうか」
「現在、主は屋敷を留守にしております」
「そうですか。それでは、言伝をお願いしてもいいでしょうか?」
「え? あ、はい」
ひそひそとメイドさんへ伝言の内容を伝え、一先ずはその場を後にしました。
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「ミズファの方は中々に順調なようじゃの」
一度拠点にしている宿へと帰り、エリーナとツバキさんの三人で宿の食堂で昼食を食べています。
僕は頼んだオムライスを一口。
頬に手を当てつつ、美味しさに顔が緩みます。
「こっちはあんまり進展ないねぇ。まぁ変わった事はあったと言えばあったけどねぇ」
そう言いながら、僕の口元のケチャップを布で拭ってくれます。
「何かあったんですか?」
「貧民街で最近、奴隷商が宝石を手あたり次第見せて歩いているらしいよぉ」
「手あたり次第? つまり、それって」
「魔力を持っている人を探しているんだろうねぇ」
黒い渦のある宝石は魔力を持っている人を見分けられるという使い方も出来て、大変便利な物です。
まぁ、貧しい家柄では宝石を見せて貰える機会は余り無いでしょうけど。
「加工技術緩和を受けて、魔法具を奴隷に作成させようと言うことかの」
自前の箸を使って器用に焼き魚を食べているツバキさんがつまらなそうに言います。
「でも魔力があるからと言って、直ぐに作成できる訳では無いですよね。魔法の基礎を先ず学ばなければ、宝石に魔力を込める以前の問題です」
「そうじゃの。それに、魔法を学ばせるにも銭がかかる。奴隷にそんな事をさせていては破綻してしまうじゃろう」
奴隷商の行動にいまいち腑に落ちない僕たち。
奴隷を魔法に関わらせるという事は、よほどのお金持ちか、信頼を置いているか、物好きか。
ん?
……若干違和感を感じました。
「エリーナ、お金が問題にならないのなら、宝石に魔力を込める技術を学ぶまで、最短でどれ程メルがかかりますか?」
スプーンを口にくわえて、「んー」と唸りながら天井を見上げるエリーナ。
「そうだねぇ。魔法具作成だけに限って学ぶなら、あたしなら2、3メルダ位で魔力を込められるようには教えるかなぁ。本当に込められるって段階までだけどねぇ」
魔力を込められるようになったからと言って、それで魔法具が作れる訳では無く。
作りたい効果のイメージを練り、込める魔力をその都度微調整しなければなりません。
一番解りやすいのは職人が作る壺造りなど、兎に角神経を研ぎ澄ます仕事がイメージに近いです。
「んー……。込められる段階までで何か見返りになるような事ってありますか?」
「正直妾には見当がつかぬ」
「あたしも魔法具が完成しない限り、得はしないと思うけどなぁ」
何かひっかかります。
得になるから、見返りがあるから。という考えが違っている気がします。
じゃあ、何の為に魔力を込めるのか?
この考えに至った瞬間。
僕は、この国が危険な状態にあると「直感」しました。




