本来の力
帝さんとの謁見後の夜。
主賓として扱って頂く事になった僕たちは豪華な部屋で一泊中です。
記憶の断片を漁ると「旅館」が一番イメージに近い、美を追求したような部屋でした。
お風呂の後、三人一緒に布団を敷いて就寝前、という所です。
「あう~……」
謎の奇声を上げながらエリーナが布団でだれています。
綺麗なエリーナの効果が切れたようです。
「まったく……。そんなに府抜ける位なら、いっそ初めから普段通りに帝殿と謁見すれば良かったのではないか?炎姫よ」
「あたしはあんまり会わない人には第一印象良くしておくタイプなんだよねぇ……」
「女狐めが……魔法学院でも面妖であったな、お主は」
ツバキさんは呆れたように言うと櫛で髪を梳かし始めました。
「でも僕、エリーナが髪を下してる所だけは好きですよ?」
「だけってのが引っかかるねぇ……。でも気に入ってくれてるならこのまま下ろしてようかなぁ」
実際、黒髪ロングの美少女って絵になると思います。
エリーナの場合、口を開けば額縁から外されますが。
「ミズファよ。次のメルからの予定じゃが。先ずはどうするつもりかの?」
「はい。襲撃者を退治します」
「まぁ、大方そうだろうとは思ってたけどねぇ」
あの男たちをどうにかしないと、公国までの旅すらままなりません。
エリーナを警戒しているのか、ツバキさんの家から都までの間も男たちは襲ってはきませんでした。
四人中、一人はエリーナが倒しているので、三人になった彼らは公国に一度帰還した可能性も考えましたが、直ぐにそれは無いという確信めいたものを感じます。
なら、誘き出すしかないですね。
「エリーナ、ツバキさん、ちょっと相談があります」
僕は二人にひそひそと話し始めました。
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この世界は6つほどの国が存在します。
大陸の中心から東側をベルドア王国、逆に西側を【神都エウラス】、北東をセイルヴァル公国、北西を【魔都ブラドイリア】、南を【エルフの国シャイア】、ベルドア王国の更に東にある島国、倭国“ムラクモ”です。
倭国“ムラクモ”からセイルヴァル公国までは、船で約1メルダ程の距離で、ベルドア王国までは3メルで着きます。
僕は今、帝さんたちと別れ海の窓口である貿易の街にいます。
都では帝さんに「このまま二人でかけおちしましょう」とか言われてひと悶着ありましたが、シラハ元帥が手刀で黙らせて麒宮へズルズルと引きずっていきました。
本当に王様なのかなあの人……。
「ん~数クオルダぶりの潮の香です」
僕は片手でなびく髪を抑えつつ、波止場で海を満喫しています。
ベルドア王国からこの国に渡る際には船酔いしたりで大変でしたけど、海自体は大好きです。
ずっと船旅中、子供のようにはしゃぎながら、身を乗り出して海を見ていたくらいです。
実際子供ですけど。
ふと、自分の体に目線を下ろし。
この世界で目覚めてから恐らく10クオルダは経つでしょうか。
僅かに成長を感じます。
僕の記憶の断片では16歳以下は子供の認識ですが、この世界は12、3歳辺りから成人と認められているようです。
もう僕も子供とは言っていられないですね。
「……」
20M圏内に少しずつ近づく反応があります。
相手は一人。
チラリと見ると大きな荷物カバンを持ち、商人のような服装をしています。
「そこのお嬢さん。ちょっと尋ねたいんだがいいかね」
「はい、なんでしょう?」
「今しがたこの国に来たばかりでね。この町の宿にはどう行けばいいのかな?」
「宿でしたら船着き場を出て大通りを少し歩けば、左手に看板が出ていると思います」
「親切な作りの町だね。いやいや、ありがとう。ではお返しに、その宿でお嬢さんを気持ちよくしてやるぜぇ!」
気持ち悪く笑うと、男は鞄から瞬時に縄を取り出し、凄い速さで僕の後ろに回り込みます。
「……あ?」
男は不思議そうにその場に立っていましたが、直ぐに状況を整理して僕に質問してきます。
「お前、今何した?」
男が「僕に振り返って」そう言います。
「さぁ、何でしょうか」
「ふざけんなよガキ!」
さっきよりも本気を出したのか、速度増加単体の術式では追い付けない速さで詰め寄ってきました。
これだけの実力を持っているのに、頭の中は女の子の事ばかり。
残念な人たちです。
「……三重速度増加」
僕には男が次に何をしてくるのか「予感」で解ります。
どう対処すればいいのかは「直感」で解ります。
これだけなら普通の人間もやっている事は同じです。
違う事と言えば、僕の予感は絶対に外れない事、魔法が使える事、瞬時に展開可能だと言う事でしょうか。
詰め寄ってきた瞬間には、僕は男の後ろへと回り込んでいます。
そしてそのまま。
「四重光鎖」
男のいる周囲の空間から、光で出来た鎖が四本飛び出してきます。
それは男の両腕と両足を強固に絡み取り、封印状態にします。
男の視点からだと、おそらくこうでしょう。
縄で捕縛してあっさり終了するつもりが、謎の行動で回避され、すかした態度を取られて怒り、本気で駆け寄った所、突然目の前からガキが消えて自分が謎の鎖に絡まっていた。
「……あ?な、なんだこれ……なんだよこれはぁぁぁぁ!!」
流石に幾ら頭の中を瞬時に整理しても、理解が追い付いていないようです。
別に理解して貰うつもりはないので次に移ります。
「さて、残りの二人の男は何処ですか」
「てめぇ、魔法具を持っていやがったのか」
「魔法具なんて一つも持っていませんが?」
「はぁ!?」
意味が解らない、というより何もかもがあり得ない、そんな顔です。
「ふざけんな、てめぇ今術式なんか一切組んで無かったじゃねぇか!!」
「そうですね」
「くそっなんだこいつ……林の中では簡単に捕まってやがったのになんでこんな……そもそも何で光属性魔法が四つ同時に展開してんだ。何なんだよこれは!!」
「もう面倒なので頭の中に直接聞きますね」
僕は「二重マインド」と呟くと男は操り人形の糸が切れたようにカクンと動かなくなりました。
「……なるほど」
残りの二人は近くの倉庫に潜伏中ですか。
エリーナとツバキさん相当怒ってたし、残りの男は二人にお任せしましょう。
それはそうと。
……きっと捕まえた後の事を考えていたのでしょう。
この男の頭の中を見た僕はペタンとしゃがみ込み、涙ぐんでしまいました。
何が見えたのかはご想像にお任せします。
当初の予定通り本当に殺そうかなこいつ……。
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ガキが一人でいるのを見計らい、捕獲の為に向かった男が倉庫を出て随分経ったころ。
「遅いな」
リーダー格の男がそう呟く。
罠の可能性も考えたが、氷姫と炎姫は波止場から逆側の市場にいる、それは確認済みだ。
迅速に攫ってくれば先ず気づかれない。
そもそも罠だとしても、あのガキを攫う事は簡単だ。
二流以下の雑魚と違い、多少の罠で後れを取る事などあり得ないからだ。
むしろ罠にかけようとガキを一人にした無能さを笑うくらいである。
「あいつ、その場で楽しんでるんじゃねぇすか。鬼畜だし」
「あのバカは……後でいくらでもヤレるだろう」
リーダー格の男はイラつき始めるのと同時に、倉庫の入り口に誰かが来た気配を感じた。
「やっと戻ってきたか」
倉庫の外には二人分の気配を感じる。
捕獲しに行ったバカと攫ったガキだろう。
特に警戒もせず倉庫を内側から開ける。
「遅いぞ、さっさと戻ってこいと言って……」
リーダー格の男はそこまで言うと、目の前の人物を確認して言葉が途切れる。
「お主らが抱きたい抱きたいと言うから、妾の方から出向いてやったぞ。泣いて喜ぶがよい」
目の前には想定していない人物が居た。
「な……氷姫!?何故ここが!」
という事は。
もう一人の気配は……。
「こーんにーちはー。良いこのみんなー元気だったかなぁ?」
軽快な言葉遣いで倉庫の中を覗いてきた「ソレ」は。
凍り付くような目で男達を見ていた。
既に術式が組まれた死の炎を浮遊させながら……。




