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幻城の帝2

 「取り乱してしまい、ほんとに申し訳ありません」


 赤くした鼻をさすりながら冷静さを取り戻す帝さん。


「まったく、帝殿も王である前に一人の男に変わり無い、という事かの」

「わたくし、少々帝様へのお考えを改めなければなりません」


 ツバキさんとエリーナからとっても怖いオーラが漂っています。


 パンチと共に床に倒れて伸びた帝さんに慌てて駆け寄った僕。

 ごめんなさい、という気持ちを込めて、今帝さんを僕が膝枕してあげています。


「あの、すみません」

「いえいえ、不躾な僕の自業自得ですので。ですが、この様な役得を得られたのも事実。僕の生涯に一片の悔いなし」

「……」


 床に頭を撃ち付けていいですかね?


「それで、帝殿。妾の近況についてなのじゃが」

「ええ。ツバキ殿は他国からの刺客に襲撃を受けたと報告にあります。本当ですか?」

「無論事実じゃ。かなりの手練れで計画性を持った行動をしており、セイルヴァル公国からの依頼じゃと漏らしておった」


 直ぐに真面目な顔に戻る帝さん。

 僕の膝枕のせいでイメージ半減ですが。


「やはり、僕の再三に渡る親書も意味を成しませんでしたか。公爵殿は話の分かる御方だと思ったのですが……」

「帝殿、公爵の狙いはやはりあれかの?」

「ええ、この国で出土する原石の掌握でしょうね」


 ツバキさんから聞いた話では、この国は世界で一番の原石の輸出率を誇るそうです。

 全世界で出土する中でも、倭国“ムラクモ”の原石は魔法具としての利用率が世界の6割を占める程です。


 因みに、魔法具に利用する宝石は魔力を持つ者が見ると、石の中心で黒い渦がグルグルと回っているのが確認できます。

 これは僕もレイシアに初めて宝石を見せてもらった際に確認しました。

 この回る渦が大きければ大きいほど、より高い効果の魔法具を作る事ができます。


 ツバキさんを襲った男達が持っていたのは高精度の魔法具で、氷に属する魔法どころか寒冷地域の冷気すら遮断する物でした。

 理論上では氷点下の中を平気で歩けるようになりますが、試す機会は無さそうです。


 耐性以外にも精度の高い魔法具は色々あります。

 術式の高速化、範囲極大化、魔力消費の緩和、魔法の威力増大、自己補助魔法の効果増大、回復術式の効果増大などなど。


 威力増大と回復術式の効果増大に関しては制限があり、威力がいくら上昇しても耐性を超える事は出来ませんし、回復増大効果で蘇生する事も出来ません。体の欠損部分の再生等は可能です。


 と、言うような感じでそれ位魔法具はデタラメ性能なのです。


 なを需要の高い原石が輸出されているので相当な益になりそうだと、普通なら思うのですけど。

 この国ではなぜか地中から発掘されて、まるで石ころのように見つかる事から、さして原石には価値はありません。

 加工に成功した宝石のみが高いのだそうで、その宝石加工技術も何十クオルダも修行をしないと見いだせないほどの難度だとか。


 なので、うまい話は無いという事です。

 この国があまり富んだ国ではない事は近隣の村を見れば解りますし。


 加工技術が沢山確立された場合は、話は別ですが。


「つまり、公国は宝石への加工技術を何らかの方法で緩和したと」

「その可能性が高いですね」

「欲の透けて見える国じゃのぅ……」


 あ、公国って所がその技術の問題をクリアしたみたいです。

 沢山ライン工場みたいに宝石を作れたら、この世界は魔法耐性でガチガチになって攻撃魔法の意味が為さなくなりそうです。

 まぁ、高精度の宝石が天文学的数字の確率でしか作れないみたいだけどね。


「この国に戦争をしかけるには十分な理由です」

「……それでここからが本題なのじゃが」

「ええ、なんでしょうか」


 ツバキさんは少し押し黙って、やがて意を決したように話します。


「妾は刺客への報復と公国の動向調査、そしてミズファの目的の手伝いの為、この国を離れたいと思う」

「なんですって?」

「妾はこの国の為に生きて、そして死ぬつもりじゃった。じゃが……ミズファが妾を欲しいと言うてくれての。この娘の為に妾は余生を使うと決めたのじゃ」


 余生って……

 まだ16歳かそこらじゃないですか!


「僕がそんな許可を出すと思っていますか?」

「思ってなどおらんよ。ただの、「報告」じゃ」

「……」


 帝さんは目をつむって何かを考えているようです。

 やがて眼を開き、何かを決めたように話し出しました。


「解りました。諸国の調査任務として国を出る許可を出しましょう」

「それは誠か?」

「ええ。ですが条件があります」


 まさか……僕が欲しいとか言うつもりじゃ。

 と言うのも杞憂に終わり。


「この国は間違いなく戦争になります。その際には速やかに帰国し戦線に加わってもらいます」

「……」


 しばし黙ったままのツバキさん。

 それも元から解っていたのか、やがてツバキさんが「了承した」と言おうとした所を僕が遮って。


「あの」

「どうしました。最愛のお人」

「……」


 やりづらいですこの人。

 因みにずっと膝に居座ってます。


「ええと、要は戦争にならない様にすればいいんですよね?」

「ええ、まぁ。それが一番の理想ですね」

「それなら、公国に行って止めてきます」

「……え?」


 何を馬鹿なという顔で驚いている帝さん。

 まぁ、普通はそう思いますよね。

 でも、僕はもう「油断する事を止めました」。


 エリーナと一緒に旅をして、ツバキさんが襲われるまでの間、僕の「予感」と「直感」は数える程度しか、その能力に頼っていません。

 修行の為だったり、殆どをエリーナに頼っていたからです。


 なので、まだまだ戦闘経験は浅いですが、今の僕には魔法があります。

 僕は、「本来の僕に戻る」事を決めました。

 この自信は過信では無く、確信です。


「言葉で説明はできませんが、必ず止めてきます」

「いや、しかしミズファ殿。貴女は一国を相手に、一人で何をするつもりですか。説明出来る、できない以前の問題ではありませんか」

「一人ではありませんわ、帝様」


 エリーナが近づいて来て、僕の隣に淑やかに座ります。


「わたくしも一緒ですよ、帝様。ミズファは普段、傍から見れば無謀とも思えるような事を語る子では御座いません」

「でしたら、エリーナ殿も無謀なミズファ殿を止めてあげるべきではないですか?」

「いいえ、むしろ我が娘の成長を感じて大変嬉しいですわ」


 満面の笑みでそう答えるエリーナ。


「帝殿。妾はミズファに償わねばならぬ。国同士のいざこざに巻き込んだ償いじゃ。それにの。もう妾はミズファの物じゃ。ミズファが指し示す道が我が生涯じゃ」


 絶対に揺るがないと言わんばかりにツバキさんが続けてそう答えます。


「それにね、帝様。仮に僕が止める事に失敗しても、帝さんとこの国にはなんの損も無いですよね?あ、ツバキさんは勿論無事なのを前提として、です」


 まぁ、妙な状態で失敗したら、戦争を起こす際に他国へ援軍の要請がし易くなるとかはあるかも。

 失敗しませんけど。

 僕の答えに、しばし間を置いてから帝さんが呟く様に。


「……解りません。貴女のその自信は何処から来るのですか」

「乙女の秘密です」


 僕は微笑みながらそう言いました。

 その答えに帝さんはしばし黙った後に笑い出して。


「そうですか……解りました。いえ、正直全然解りませんが」

「ええ本当に。わが娘ながら、何もかも解りませんよ。だからこそ、手を差し伸べてあげなければなりません」


 一緒になって笑いつつエリーナがそう答えます。


「では僕も我が最愛の人の為、全力でこの手を差し伸べてみましょうか」


 ようやく、帝さんは僕の膝から起き上がると、部屋の入口に顔を向けます。


「聞いていたか、シラハ元帥。この場におられる客人は我が国の主賓である。また、氷姫ツバキ殿は最重要の任を与え、己が判断で国外調査を行う事を許可するものである」


 そう帝さんが言葉を発すると、入り口の扉が開き、部屋の中へとても綺麗な女性が入ってきます。


「我が主君の仰せのままに。旅支度や公国の近況を纏めた資料は後程、主賓様とツバキ殿へご提供いたします」


 年は多分20歳前後、黒い髪でエリーナよりも長く腰下まであり、大きめの銀の髪飾りをしています。服装は白黒のスレンダードレスをやや中華風にしたような衣装です。


「元帥殿、改めて此度の謁見許可を取次して頂き、まことに感謝いたす」


 ツバキさんがそう言いながらシラハさんへとお辞儀しています。


「いいのですよ、ツバキ。貴女も納めるべき鞘を見つけたのですね。貴女は貴女の出来る事をしっかりと成しなさい」


 この言葉に頷くツバキさん。

 そしてツバキさんは振り返り、それを見た僕はエリーナと一緒に立ち上がります。


「妾の命はお主の物じゃ。ミズファよ」

「ミズファ。貴女が決めた事なら、わたくしは何も言いません。貴女を守るだけです」

「二人とも、有難うございます。必ず戦争は止めて見せますから」


 公国へと渡る前に、先ずは決着をつけておかないといけないですね。

 あの男たちに。

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