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在るべき場所

「すまぬ……妾の油断故に、お主を危険な目に合わせてしもうた……」


 お屋敷に帰還して一息ついた頃。

 ツバキさんが土下座と共にそう僕に謝っていました。


「か、顔をあげて下さいツバキさん!そもそもツバキさんが悪い訳じゃ無いです!」


「言い訳がましいのを承知で申す…。本来であれば、察知魔法外と言えども下賤な輩の気配に気づかぬ筈が無いのじゃ。……浮ついておったのじゃろうな妾は。お主らとの寝起きがとても心地よく感じ始めておった故に……」


 土下座の姿勢は崩さず、そう話すツバキさん。


「ツバキさん……」

「妾が襲われるであろう事は、以前から十分あり得る話じゃった。回避できる些末事であったはずなのじゃ…。その警戒を妾は怠った……」

「……」


 今回の問題の原因ですが……。


 僕の危険を知らせる「予感」は、あの男たちには意味を成しませんでした。

 理由は至って簡単です。

 この方向に行くと危険だから回避しようという考えでは修行にならないからです。

 林に入るまでの僕はそれが正しいと思い込んでいました。

 そんな浅はかな考えで「予感」を無視していたのです。


 それに加えて、僕は簡単に男達のペースに飲まれました。

 過去にあった出来事に自分を見失い、震えていました。

 油断、心の弱さ、未熟な戦闘経験。

 どれか一つでもまともに機能していたなら、ツバキさんの足を引っ張る事は無かったのかもしれません。


 危険な道を自ら進んで置いて、何が「不測の事態は常に考えなくてはいけない」なのでしょうか。

 まるで対処できていない自分の愚かさに嫌気がさします。

 今回の男たちの襲撃は、僕にも大きな責任があり、自分に与えられている能力を十分に活用せず、すべき警戒を怠った為の自業自得でした。


 そうツバキさんではなく、警戒を怠ったのは僕の方です。


 だけど。


 仮に、僕だけ身の危険を回避できても、あの男たちはツバキさんを暗殺するという目的は変わらないのです。

 いずれ遭遇していた事は間違いありません。

 その時に…僕は何をするのでしょうか。

 あの男たちを殺すのでしょうか?

 人殺しなんて、この世界に来て考えてもいなかった事です。


 もともといた世界も、人を殺める世界でした。

 なら……。

 ツバキさんを救う方法が「そうする」しか無いなら。

 ……次は。


「ツバキさん。きっとそれほど間を置かずに、またあの男たちは襲撃してくるかもしれません。だから…僕達と一緒に旅をしませんか?」


 ツバキさんの肩にそっと手を添えながらそう聞いてみます。


「なんじゃと…?」

「今度は、今度こそはツバキさんを守ってあげたいのです」

「…!?」


 ツバキさんは虚を突かれたように顔をあげて驚いていました。


「守る…? お主が、妾をか?」

「はい」

「……」


 ツバキさんの事でしょうから、未熟な分際で何をほざく、次は妾一人で返り討ちにしてくれるわ、とか言われそうですけど。


「……。そうか、妾を守ってくれる、か」


 予想外にツバキさんは怒りもせず、俯きます。


「ツバキちゃん、あんまり思い悩んでも仕方ないよぉ。あたしも自分の馬鹿さ加減に自分を焼き殺したいくらいだけどねぇ」


 今まで黙っていたエリーナはいつものような気の抜けた喋り方でしたが、握りこぶしを隠しているのが見えました。


「だが妾は、この国の為に働かねばならぬ。帝の命を無視する事など出来ぬのじゃ……」

「なら、説得に行きましょう」

「な……!?」


 僕の提案に驚くツバキさん。


「得体の知れぬ者が帝に会える訳、いや……炎姫がおるか。なら、或いは……」


 ん?もしかしてツバキさんも満更でもない様子です?


「あたしが必要ならいくらでも協力するよぉ。ツバキちゃんが居てくれるなら愛娘も喜ぶからねぇ」

「……わ、妾がいると嬉しいかの?」


 おずおずといったおもむきで僕にそう、ツバキさんが問いかけます。


「はい。とっても嬉しいです!」

「……そうか」


 僕の言葉に、思う所があるのか、ツバキさんは唐突に涙を流し始めました。


「あ、あのツバキさん?」

「すまぬ、なんでも無いのじゃ。じゃが帝に会えたとして、無論妾を連れ出す許可など下る訳が無かろう。その場合はどうするつもりじゃ」

「話が通じないなら、ツパキさんを連れて逃げます」


 またもや虚を突かれたような顔のツバキさん。


「君も言うようになったねぇ。下手したら氷姫誘拐のお尋ね者だねぇ」

「そもそもですよ。今後も普段通りの生活をツバキさんに強いるなら、ずっとツバキさんは襲撃に悩まされるじゃないですか。眠る事すらもままならなくなります。そんなの駄目です!」


 うんうん、とエリーナが頷いています。


「お主ら……。どうしてそこまでして妾を気遣うのじゃ」

「言ったじゃないですか、一緒にいると嬉しいですし、それにツバキさんの事はとっても大好きだからです!」

「……っ!」


 僕の返答にしばしの沈黙。

 その後、ツバキさんは決心したように。


「解った。お主が妾を必要だと言うてくれるなら、妾もやぶさかではない。氷姫の力、お主らにくれてやろう」

「有難うございます。ツバキさん、よろしくお願いします!」

「抱き枕が増えてあたしも嬉しいよぉ。ツバキちゃん宜しくねぇ」


 その後エリーナは一晩、軒先に吊るされました。


 ------------------------------------------


 妾は小さな村で生まれた。

 本来の生まれは今の屋敷のある村ではなく、都から3メルダは離れた寂れた村じゃった。

 童だった頃の妾は父上、母上と暮らし、貧しいながらも幸せであった。


 とあるメルの事。

 妾は行商人が持ち込んだ書物に興味を惹かれた。

 そこに書かれていたのは氷結魔法術式の初歩じゃった。

 読み書きが出来ぬはずの当時の妾に、何故か魔法術式が頭の中に吸い込まれるように読めた。


 銭が無い妾は行商人の前で立ち読み、内容を丸暗記した。

 行商人も内容が解ると思っていなかったのか、特に咎められる事は無かった。


 書物に書かれていた魔法の術式を試した妾は。

「不幸にも」術式を展開する事ができてしまった。

 当時の妾は喜んだ。

 この力があれば父上と母上の為に立派な仕事に就く事ができると。


 1メルダ程経った頃。

 妾は父上と母上を呼び、魔法を使って見せた。

 ……しかし。


 妾は己の中の魔力の膨れ上がりを抑えられず、魔法を暴発させた。

 ……妾は己が力がどれ程の物かを解っていなかったのじゃ。


 気づけば、父上と母上は血の海の中で冷たくなっておった。

 一晩中妾は泣いた。

 流れていく血の中で。

 小さな幸せは、そのメルを境に砕け散った。


 魔術を暴発させた妾は村のみなから忌み子とみなされた。

 そんな妾を引き取ってくれる者などいるはずも無く。

 ただでさえ貧しい村であるのに、食い扶持が増え、しかも忌み子など迎え入れる訳も無い。

 仕方なく妾は村を出た。


 他所の村に行っても、小汚く見慣れない小童など、誰も取り合うてくれる者などおらんかった。


 都についた妾は。

 疲労と空腹で己が命も尽きようかという満身創痍じゃった。

 やがて往来の中、妾は倒れた。

 行き倒れ等、誰も手を出す筈も無い、ここで死ぬのだと思った。

 だが。


 偶然通りかかった魔法学院の学長が妾を抱き起してくれた。

 それが妾の転機となった。


 -----------------------------------


 あるメルの事。

 屋敷の裏手にある、庭園の手入れをしていた妾に見知らぬ客人が来た。


 その後ろには魔法学院で犬猿の仲となったエリーナもおった。今は炎姫であったか。

 話を聞くに、妾の持つ「伝記」を見たいとの事じゃった。


 どうせ物見遊山じゃと思った。

 しかし、その客人はあろう事か「術式省略」で魔法を使いよった。

 その者は……ミズファと名乗っておった。


 二人の客人は特に行く当ても無いと言うので、仕方なく屋敷に泊めてやる事にした。

 初めは炎姫が兎に角鬱陶しく、追い出そうかと何度か思ったものじゃが。


 逆にミズファは謙虚で、礼儀の解る娘であった。

 ミズファは伝記を読み解くと、直ぐに「重魔法」を会得しよった。

 童だった頃の自分を重ねてしまったのじゃろうか、その頃から他人には見えなくなってきておった。


 毎朝、起きれば顔を合わせる者が家におる。

 無くしたはずの家族が戻ったかのように、妾はそれが嬉しかった。


 客人が居候して2クオルダほど経った、とある朝。

 もうこの二人がおる事が当然のようになっておった妾は、人と過ごすのがこんなにも幸せな物かと浸りきっておった。


 完全に心が浮ついておった。

 帝からも周辺の見回りの任も受けておったので丁度良いと思い、


「今朝はなんぞ気分が良い故、妾も魔物狩りに付き合うてやるのじゃ」


 と、言ってしまった。

 それ故の、「過ち」であったのだ。

 林で襲撃を受けた際、大いに後悔した。

 これが妾だけであるならまだ良かった。

 事もあろうか、下種どもはミズファを毒牙にかけようとしたのじゃ!


 歯がゆかった。

 氷姫と呼ばれるまでになった妾の、なんと役に立たない事か。

 せめてミズファだけでも逃がしたかったが、それも出来ず。

 あの場だけは、炎姫の助けを心から感謝した。


 ミズファを危険な目に合わせてしもうた妾は、身を正し真摯に向き合い謝罪した。

 詫びても詫びきれぬ、己が過失が招いた種じゃ。

 この場で腹を裂けと言われれば、喜んで裂く。


 じゃが、ミズファから出た言は、まったく予想だにしない物じゃった。

 妾に一緒に来いと、守ってやると言うて来た。


 ほぼ一人で過ごしておった妾は、「守る」という言葉に胸が高鳴った。

 誰からも相手にされず、忌み子とされ、死ぬ寸前まで追い込まれた妾を。


 連れ出せぬなら、禁を犯してでも妾を連れ出すと。

 妾が一緒にいると嬉しいと。

 そして、妾を好きだと言うてくれた。


 恐らく、この国は戦争になる。

 妾も一人の駒として戦わねばならぬであろう。

 じゃが、それがどうした。

 ミズファが妾を欲しいと言うた。

 それ以上に大事な物があるか。


 ならば。

 妾はお主に捧げよう。

 力を、一度は無くしかけた妾自身を。

 ミズファの為に。


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