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氷姫

 武家のお屋敷と同じような広さの家。

 ベルドア王国でいえば、貴族のお屋敷みたいなものでしょうか。

 それがツバキさんのお家です。


 喋り方と相まって有所ある血筋なのでは、と思うけど。

 至って質素な暮らしの村娘さんなのでした。

 着物は流石にお金かけてるっぽいけど、そこは女の子だもんね。

 そんな彼女も氷姫と呼ばれる程の功績があるので、国からお屋敷を与えられ「一人で」住んでいるという事です。


 そんな大きな家で、今夜もツバキさんの夕飯を頂いています。

 思えば、この世界に来たばかりの頃は、ご飯まで辿り着くのにとっても苦労したなぁ……。


 今いる座敷には囲炉裏があり、美味しいお味噌汁のお鍋が吊るされています。

 囲炉裏を囲うようにしての夕食です。


「ツバキさんのご飯いつも美味しいです!」

「ふん、妾を褒めても、もう釜の飯など無いぞ。どこぞの炎姫が平らげよった」

「満腹ー。もう食べられないよぉ」


 まったくエリーナってば……。


「いえいえ、僕は十分です、有難うございます」


 ご飯とお味噌汁に焼き魚にお新香。

 食事に懐かしさを感じるのも、この組み合わせが一種のスパイスかもしれません。


「ご馳走様でした」


 僕は食器を片付けた後、裏手に広がる庭園へと出ました。

 ツバキさんの手が行き届いている綺麗な庭園をしばし歩きます。


「……」


 ふと夜空を見上げて、僕はレイスの脅威を思い返していました。


 魔力を持たない者、熟練の魔術師以下では、眷属一匹ですらまともに戦う事ができないのが現状です。

 魂喰らいを使われる前に倒す、という博打を打って出れば倒す事自体は可能だけど。

 そんな、こちら側がいつ死ぬか解らない、博打に頼るしかない恐怖の対象が複数いるとしたら。


 その対象が結界に沢山隔離されている場所があって。

 たまたま、どこの馬の骨とも解らない謎の子供が結界を壊して。


 大量に結界から眷属が溢れ出ていたとしたら。


「……っ」


 僕は自身がどれだけ危険な存在だったのか、改めて知る事になった訳です。


 ……死霊の王とされるレイス。

 その森で目覚めた「死ねなかった記憶のある僕」。

 何か…僕は大事な事を忘れているような。


「ミーズファちゃん、どうしたの生理?」

「な……。ち、違います!!」


 思いっきり赤面しつつ声の主、エリーナに反論します。


「なんか随分落ち込んでるねぇ」

「エリーナはいつも楽しそうで何よりです!」

「御免ごめん」


 よしよしと、僕の頭をなでなでするエリーナ。

 もう…本当に子ども扱いばかりです。


「大丈夫だよ。何があっても君はあたしが守ってあげるからねぇ。君に何かあったら、レイシアちゃんに何言われるか解んないしねぇ」


 そう言って、大きな胸に僕を抱きしめます。

 その割には訓練中に何度も死にかけてるんだけど……。


「……」


 エリーナには、僕がレイスの森で目覚めた事、結界を壊してしまった事を正直に話してあります。

 それを聞いた彼女はいつもの様に笑顔で接してくれています。

 むしろ、過保護になったくらいです。


 当然彼女も眷属が今まさに増え続けている事を知っていたはずなのに、です。


「……ありがと、エリーナ」

「ん」


 その夜は、随分と久しぶりに泣いた気がしました。


 ---------------------------------------


 倭国“ムラクモ”までの旅路で、僕はエリーナから生き抜く為の戦闘技術、モンスターに関する知識を教わりました。

 エリーナ曰く、モンスターに遭遇する事はそれ程多くは無いそうです。

 理由は今もって議論されている所だそうですが、餌である人間が絶滅しないようにモンスター側が調節しているのではないか、という怖い事を言う人もいます。


 遭遇する個体数が少ない代わりに、どのモンスターも非常に強いという傾向があります。

 駆け出し冒険者はモンスターを相手に実戦経験を積まなければならないのに、モンスターにまるで歯が立たずに殺される、という悪循環も存在します。

 運悪く遭遇した場合を想定して、各国は腕利きの冒険者や魔術師の育成にかなり力を入れています。


 記憶断片にあるRPGなどは町から出ると弱い敵しかいないけど、そんな都合のいい世界じゃないと言う事だね。


 なので、複数人規模で旅をするのが基本となります。

 僕とエリーナも、とある街から数メル程冒険者とパーティーを組んで旅をしました。

 出会ったモンスターは殆どエリーナ一人で倒してたから、組んだ意味があったのかな、というお話はまた今度にして。


 そんな訳でレイスのような絶望的なモンスターは「珍しくない」のです。

 世界に目を向けると、人の身ではどう考えても倒せないような天災級のモンスターも存在するようです。

 人類よく滅ばないで今まで歴史を作ってこれたね……。

 ほんとにモンスター側に管理されてるんじゃないのかなって不安になるよ。


 ともあれ。

 それでもやっぱりモンスターを相手にしないと実戦経験を詰めないので此方から出向く訳です。

 そんな武者修行という名のモンスターへの殴り込みを日課にして数メル程の朝。


「んー……。眠い」

「ほら、日課に行くよエリーナ」

「……今日は休みにしない?」

「何言ってるんですか、それじゃ日課にならないでしょ!」


 エリーナを無理やり起こしていると、そこにツバキさんもやってきます。


「今朝はなんぞ気分が良い故、妾も魔物狩りに付き合うてやるのじゃ」


 珍しくツバキさんが同行してくれるようです。


「僕は大歓迎ですけど、エリーナは?」

「んー……ツバキちゃんが行ってくれるなら、今日はお留守番して二度寝しておくー」


 布団にもぞもぞと潜りながら答えるエリーナ。


「……」


 エリーナはエリーナでした。


「まったく、何故斯様な者が炎姫と呼ばれるのか、妾も見る目が腐ったか」

「ま、まぁこれで凄く強いのは確かなので……」

「ふん、まぁよい。ミズファ、狩る物は決めてあろうな?」

「はい」

「では行くとするかの。あぁ、そこな炎姫」


 ツバキさんは三歩ほど進んでからエリーナへと振り向き。


「んー?……眠いから手短にねぇ」

「妾が帰るまでに昼餉の用意をせよ。しておらなんだら、永久凍結の末に霊峰の頂上に打ち捨てる」


 うわぁ……。


「了解了解お安い御用だよぉ。元気に行ってらっしゃいー」


 唐突に飛び起きて手を振るエリーナ。

 ……ツバキさんには逆らわないでおこうかな。こんなエリーナ見るの初めてだもん。


 そんな怯える僕とツバキさんの二人で、日課のモンスター狩りに出向くのでした。

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