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決意

 グラドール伯のお屋敷の庭。

 そこにある豪華なテラスで、今二人の少女と僕はお茶をしています。

 バツが悪そうに座って居る僕の横で、講師さんは猫が寛いでいるようにご満悦です。


「んー、久しぶりのレイシアちゃんの家のお茶は美味しいねぇ」

「ご満足頂けて何よりです。ええと……」


 レイシアはこほん、と咳ばらいを一つ。


「先ほどは少々取り乱してしまい、大変失礼致しました。機会を逃してしまいましたけれど、改めて講師とミズファのご紹介をさせて頂きますね」

「さっきのレイシアちゃん、面白かったねぇ。あんな素っ頓狂な顔見たの初めてだったよ」

「だ、だって仕方無いではありませんか! 術式を組まずに魔法を撃つなど、どう術式を省略すればそのような事が起きると言うのですか!」

「いやーほんとにねぇ。訳解んないよねぇ」


 赤面しながら「それは兎も角!」と前置きするレイシア。


「先ずは講師にご紹介致しますね。此方は私の親友で、ミズファ、と言います」


 話を縮こまりながら聞いていた僕は、レイシアの紹介に合わせて立ち上がります。


「あの、ミズファです。宜しくお願いいたします」


 ペコリとお辞儀する僕を、じーっと何か面白い物を見つけたような目で講師さんが見ています。

 ……なにこれ怖い。


「ミズファ、此方は私の魔法のお師匠様で、お父様がお雇い下さった講師。【エリーナ・ファウン】様です」


「エリーナです。よろしくねーミズファちゃん」


 席を立ちあがり、にこにこしながら自己紹介を済ませるや否や。

 近寄ってきていきなり抱きしめられました。


「きゃあ!?」

「んー反応も可愛いねぇ」


 頬をすりすりされています。

 あと大きな胸が当たっています……。


「こ、講師!何を羨ましいこと…ではなく、失礼な事をなさっているのですか!」

「んー? まぁあたしのスキンシップみたいなものだから、気にしない気にしない」

「凄く気にします!! そもそも講師がその様なスキンシップをなさっている所を見た覚えは御座いません!」

「やけに食いつくねぇ?」

「う……」


 顔を真っ赤にして俯くレイシア。

 もう一つ、面白い物を見つけたような目でエリーナさんがレイシアを見ています。

 あ、この人色々と駄目な人かも。


「まぁ、取りあえず。王都にレイシアちゃんを連れて行くまで、また暫く御厄介になるよ」


 そう言うと、自分の席に戻り焼き菓子を美味しそうに頬張ります。


「本当にもう……。講師は相変わらずいい加減すぎます」

「それがあたしだからねぇ。……さて」


 エリーナさんは急に真顔になると鋭い目で僕を見ています。


「ミズファちゃん。魔法使ったのってさっきの土魔法が初めてだったのかな?」


 僕は少し震えて俯きます。


「……はい。そうです」

「講師、ミズファを怖がらせないで下さい」


 すぐに僕の心情を察したのか、レイシアがエリーナさんに注意を促します。

 うぅ、レイシアぁ……。


「ん、あぁ御免ごめん。職業柄どうしたって気になるからねぇ。術式省略なんて、倭国の伝記に残ってるだけだもん」

「過去にもそのような人物が居たと言うのですか?」

「居たらしい、としか言えないかな。その伝記については異端染みた文献だと評して誰も信じてなかったみたいだし」


 倭国って氷姫って人がいるっていう国?かな。

 なんか国に親近感を感じるけど、多分気のせいかな。


「まぁ。それくらい存在が異質なんだよ、ミズファちゃんは。そもそもだよ? 熟練の魔術師ならまだしも、初めて魔法使ったって言ったんだよこの子」

「それは……」


 この点だけはレイシアも擁護出来ないらしく、言葉を詰まらせています。


「今後の事も考えれば、ミズファちゃんの事を先ずちゃんと知るべきだと思うんだけど、どうかな?」

「……」

「……」


 黙ったまま僕を見つめるレイシア。

 黙ったまま俯く僕。


 本当の事を話したら信じてくれる?

 ううん、信じようとしてくれても理解は出来ないと思う。

 きっと優しいレイシアの事だから、その上で気にせず僕にいつも通り接してくれるでしょう。

 でも。


 レイスの森の事については既にレイシアから聞いています。

 眷属の事も、僕に触れた魂喰らいという手の事も。

 その異常な森について聞かされた後の僕は、そこから来たなんて言えませんでした。

 そして、結界を僕が壊した事も……。


 だから。


「あのレイシア、エリーナさん。御免なさい。詳しい事は次のメルお話しします」


 そう言って僕は二人に謝り、僕のために用意してくれた自室に戻りました。


 ---------------------------------


 夜になって屋敷の明かりも消えた頃。

 交代制で夜の番をしているメイドさんや番兵さんの目を掻い潜り、僕は屋敷の外へと出ました。

 貴族街を抜け、商業区に近づく辺りで振り返り、遠くに見える大きな屋敷を見上げます。


「……」


 あそこには沢山の御恩があります。

 そしてレイシアには沢山のお返しをしなければなりません。


 レイシアに、あの屋敷に恩を返すには。


 森に封印されているレイスを倒す事だと思います。

 勿論、そんな無謀な事を今の僕にできる訳がありません。


 でも、「確信」した事があります。

 僕の中の魔法です。

 まだ小さなつぼみですが、このつぼみを開花させる事が出来たなら、レイスを倒せる確信がありました。

 今までに無いほどの確信です。


 だから魔法の修行をしたい。

 誰にも迷惑をかけずに。


 深々と屋敷に向かってお辞儀をした僕は、レイシアから聞いていた兵士さんが手薄な東の門へ歩き出しました。

 今の僕なら、街道を通るだけなら大丈夫なはずです。


「見つけた」

「!!?」


 急に話しかけられて驚き、声の方へ目を向けると。


 エリーナさんがいました。


「こんな夜中に女の子が独り歩きなんて危ないなぁ」

「う……」

「それにその服。随分生地のない布みたいな服だねぇ。昼に着ていたドレス姿とはまるで別人みたいだよ」


 一番見つかりたくない内の一人に出会ってしまいました。

 走れば逃げられるかな……?


 僕は意を決して走り出そうとすると。


「まぁ、いいけどねぇ。じゃあいこっかー」


 先にとてとてと門の方へ歩いていくエリーナさん。


「……?」

「どうしたの、行くよ?」


 思考が追い付いてこれず、呆ける僕。


「え、あの……?」

「なんかねぇ。ミズファちゃんの様子おかしかったから、暫く見てたんだよ。あぁ、こりゃ出ていく気だなってすぐ解ってさ。まるであたしが追い出したみたいだったからついてく事にしたー」


 気づかれていたようです。

 いつも通りに食事して、いつも通りにお風呂に入って、特に変な事はしてないつもりでした。


「レイシアちゃんは君の事を心から信用してたようだからねぇ。大丈夫だって思ってたんだと思う。でも私の眼はちょっとごまかせなかったねぇ」


 そう言われて涙が出てきました。


「で、でも何故それで僕に着いてくる事になるんです?そもそも……僕はこの通り不審者ですし、まだ会ったばかりの素知らぬ子ですよ?」

「ん? さっきも言ったけど、追い出したみたいで嫌じゃない? ってのもあるけど、まだ子供の君をお姉さんが保護するのは当然の事だからねぇ。あ、不審者ならあたしだって負けないよ?」


 余り歳は変わらないような気がすると思うのですけど……。

 不審な点は納得できますけど。


「そ、それにエリーナさんはレイシアを魔法学院に連れて行くって言ってましたよね?」

「まぁ、別にあたしがいなくても付き添いがいるかいないかだけだから」

「僕、いつこの街に帰るか解りませんよ?」

「いつか帰るつもりでいるなら大丈夫大丈夫」


 ほんとに……変な人だなって改めて思いました。

 でもそれと同時に、僕は目に涙を溜めつつ感謝の気持ちで一杯になりました。


「あの……」

「ほらほら、もう泣かないのー。可愛い顔が台無しだよ?」


 そういってエリーナさんが僕の手を引いて歩いていきます。


「さ。どこに行きたい?お姉さんが何処にでも連れて行ってあげよう。そうそう、魂喰らいは「あたしも見える」から気遣わなくいいからねぇ」


 彼女には昼間のような異質な物を見るような冷たい感じは一切無く、レイシアの様な抱擁を感じました。


 ---------------------------


「……」


 私は何かいつもと違う形容しがたい気持ちで朝を迎えました。

 何か、騒めくような妙な気持ち。


 それでもいつも通りに支度をして、メイドと共に着替えておりました。


「失礼致します、レイシアお嬢様」


 ヘルテが一礼をして入室してきます。


「どうしました?」

「エリーナ講師の姿が見えません」

「講師が?」

「はい。それと。ミズファ様を起こしに伺いましたら、自室にお姿が御座いませんでした」

「え!?」


 私は髪をとぐのも忘れ、自室を飛び出して走ってゆきます。

 ……ミズファの部屋へと。


「ミズファ!!」


 部屋に入ると、そこにはミズファの姿はありませんでした。


「ミズファ!!ミズファ何処ですか!?」


 必死に彼女の名前を呼びました。

 屋敷の中、庭、研究棟、全て探しました。

 お父様にもお願いして、くまなく探しました。


 屋敷のどこにも姿はなく、ミズファは唐突に姿を消しました。


「どうして……」


 屋敷を出た。その結論が私の脳裏に浮かんできました。


 その自身の結論に納得できず。


「嫌です!!どうして、ミズファはきっと、私の……。ずっと一緒に……」


 ふと、テラスでずっと俯いていたミズファを思い出します。

 お茶の席で私は彼女の心を深く傷つけてしまったのでしょうか?

 講師とのお話の中、私はミズファが何者なのか疑問に思ってしまいました。


 ですが、何者であろうと私は彼女の味方なのだと、そう伝えたかったのに……。


 自失したままふらふらと。

 いつの間にかミズファが居た部屋へと戻ってきていました。

 足が自然と、彼女の寝ていたベッドへと向いて行きます。

 必死に姿を探していて先ほどは気づきませんでしたが、ベッドの上に何か置いてあります。


「……!!」


 ベッドの上には、彼女に差し上げたドレスが綺麗な状態で置いてあり、その上に手紙が乗っていました。

 直ぐに手紙を開き、読み始めます。



 レイシアへ

 本当にごめんなさい

 きっと、悲しんでいると思います

 屋敷を出ていくことを、どうかゆるしてください

 でも、僕はかえってきます

 レイシアへ沢山の感謝のきもちをかえすために

 すこしだけおわかれです

 学校に一緒にいけなくて、本当にごめんなさい


 手紙には、まるで覚えたばかりの子供のような字で、たどたどしく書いてありました。


 読み終えた私は涙が溢れていました。


 大事に手紙を胸に抱えます。


「本当に、貴女はいつもそうですね。自分を主張せず、謙虚で大人しくて」


 姿を消した講師を思い出します。

 あの人の事ですから、きっとミズファと一緒にいるのでしょう。

 私に内緒でデートなんて酷いですよ講師。


 講師が一緒なのでしたら、ミズファは大丈夫ですね。


 私は貴女を待ちます。

 素敵な淑女となって、貴女を迎えましょう。

 今よりも強くなって。


 だから、今だけは。

 彼女の残り香の中で、私は泣いていました。

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