初めての魔法
「レイシア。この部屋にある本を見てもいいですか?」
「ええ、構いませんよ。魔法術式に関する本ばかりですけれど」
先ず最初に確認したい事が一つあります。
この世界の「文字」です。
本棚に近寄り、目線にあった本を手に取り。
一呼吸おいて開きます。
「……読めた」
本に書かれている文字は明らかに僕の名前に使われている文字では無く、記憶の断片にもありません。
でも初めから知っていたかように、自然と読む事が出来ています。
ここが別の世界だったとして。
その上で普通に他人とお話しできているから、何となく文字も読めるような気はしたんだけど。
良かった。
うまくやっていける気がします。
「読んでいらっしゃるのは、属性別の初歩攻撃魔法の術式に関する本ですね。講師が下さった本です」
レイシアは僕の横からそっと本を覗き込むとそう教えてくれます。
「レイシアでも、やっぱり初歩は大事なんですか?」
「ええ。私は光属性に特出している分、他の属性は一般の術師より少し劣っています。ですので、基礎的な魔法の術式から覚えていかねばなりません」
才女の上に努力家ってもうそれ超人なんじゃないかな。
「魔法具の研究の傍ら、光以外の属性修行も日課の一つです」
「まだまだ僕と歳はそれ程変わらなそうなのに、レイシアは凄いと思います」
僕が感心していると、レイシアは忘れていた事を思い出すように「そう、そうです!」と言って僕を見据えます。
「ミズファ。失礼ですけれど、お歳はおいくつなのですか?」
そう言われて、僕は自分の手を見ながら考える。
12歳くらいだと思うんだけど……。
多分違っていても1,2差程度だと思うし、それ程の差は無いはず。
「ええと……12歳です」
そう答えると、レイシアはとても嬉しそうに。
「まぁ、でしたら13を迎えましたら、王都へご一緒しませんか?」
「王都?」
「ミズファは王都をご存じ無いのですか? 王都アウロラの事です」
あ……さっそく失敗。
エルフィスさんが炎姫という人がいるって言ってた場所だっけ。
でもどんな所か解らないのに知ってるなんて言える訳ないです……。
「ご、御免なさい。僕、田舎から出てきたばかりなので」
そう僕が答えると、レイシアは若干何か考え事をしています。
今のまずかったかな?
でもすぐにいつもの笑顔に戻り。
「そうでしたか。王都はこの国の中心にある、大きな都市です。東西南北の領からの距離的に、おおよそ中央にありますね」
「王様のいる所ですか?」
「ええ、そうですね。それと私が通う予定の魔法学院も王都にあります」
魔法の学校もあるんだね。
あれ、という事は。
「ですので、ミズファ。学院へ通う為、私と一緒に王都に来て欲しいのです」
「……え」
レイシアはいつでも唐突です……。
「私が13を迎えるまで6クオルありますので、ご返答はゆっくりで構いませんから」
どうしよう、頼れる友人はレイシアしかいないので、離れるのは心細いです……。
けれど。
レイシアにだって貴族としての立場もあるでしょうし、僕みたいな浮浪者がいつまでも近くにいる訳にはいかない……とも思う。
「わ、解りました。考えておきますね」
今はそう答えておきます。
「前向きなお返事を生涯期待していますから。ええ、今すぐにでもご返答を期待していますから」
そう言いながらレイシアは目をキラキラさせています。ちょっと怖いです。
あと、生涯って……。
13になっても僕が返事しなかったらどうするの……。
それとレイシアと僕って同じ歳だったんだね。やっぱり予想通りでした。
の割にはレイシアって凄く大人っぽいけど……。
ともあれ、王都へ行くのもまだ先みたいだし、暫くは大丈夫そうかな?
先ずはしっかり知識を身につけなくちゃ。
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レイシアの日課のお手伝いという名の付き添いを続けながら本を読み、屋敷の方にある書斎の本も特別に読ませて貰ったりして2メルダ程経った頃。
メイドさん達にもご協力頂いて、ほぼ最低限の知識は得る事ができました。
加えて、魔法術式の基礎についても、内容だけなら本を見ずとも言える程度には記憶しました。
今は高度な魔法術式に関する本にも目を通してます。
レイシアの魔法具作成や修行の役に少しでも立てるようにと、必死に覚えたよ。
それで。
子供の頃ってよく「ごっこ遊び」をやったりする訳です。
「アースグレイブ!」
レイシアが用事で出かけていたので、暇つぶしに得た知識を基に、僕は何となく土属性の初歩魔法を「使うふり」をしました。
魔法は術式をしっかり組まない(詠唱しないと)と発動しません。
それなのに。
「……あれ?」
お屋敷の庭に、氷柱のように鋭い土が地面から隆起しています。
これって…。
もしかしなくても僕がやったんだよね……?
「僕、魔法使えたんだ……」
「そうみたいだねぇ」
「驚きました」
「ほんとほんと。あたしも見た瞬間惚れそうになったもん」
照れる僕。
「どういう仕組みなんでしょう」
「んーとねぇ。まー大体想像はつくけど、確定できる段階じゃないからあたしにもよくわかんない」
ん?
「あなた誰ですか!?」
「いやー反応おそいねぇきみ」
いつの間にか僕の隣に見慣れない女の子がいました。
歳は多分僕やレイシアより二つか、三つ上。
長い黒髪をポニーにしていて、魔法使いのローブをドレス風にしたような衣装。
魔法使い用のマントを羽織っていて、魔法具を沢山付けています。
あと胸が大きいです……。
「きみの方こそ誰なのかな?見たとこ、何処かのお嬢様っぽいけど」
「え、その……」
「あたしこんな魔術師がいるなんて、グラドール伯からなーんも聞いてないんだけどねぇ」
どうしよう。
というか誰なんだろう。
魔法使うの見られちゃったけど、何か問題になったりしなければいいけど……。
「講師!」
僕が大いに困惑していると少し遠くから声が聞こえました。
どうやらレイシアが帰ってきたみたいです。
ん? 今講師って。
「お~レイシアちゃんお久しぶり~」
「お久しぶりです、講師。いつお戻りに?」
「ん、今着いたとこだよぉ」
「そうでしたか、長旅でお疲れでしょう。すぐお茶を用意させますね」
そう言ってレイシアは僕へ向き直り。
「ミズファ、ただ今帰りました。ミズファが講師を出迎えてくれていたのですね」
この人がレイシアの先生だったんだ。
こう、とんがり帽子をかぶって長い髭をしたお爺さんみたいな人をイメージしてました。
「お帰りなさいレイシア。ええと、出迎えていた、と言いますか……」
なんて言えばいいのかな。
最近の僕、悩んでばかりだねホント。
「早速講師から魔法を見せて頂いていたようですね」
「違うよ、レイシアちゃん。そのアースグレイブはこの子がやったんだよ」
「……え?」
驚くレイシア。
「見ての通り土の初歩魔法だけどねぇ。でもこの子、どうやって発動させたと思う?」
「それは。ミズファが魔力を有していたのは驚きましたが、基礎をしっかり熟知すれば術式を組むのは決して難しい事ではないかと」
「それは天才の思考だよねぇ。凡人にはそんな簡単にはいかないんだよ、光姫ちゃん」
「と、言いますと?」
「術者の卵は本来魔力を体内で練って、放出する原理を数クオルダ修行するんだ。才女の君はその必要がなく、段飛ばしで魔法ぶっ放してるからわかんないだろうけどねぇ。面倒だから説明してなかったし。まぁ、それは置いといて」
講師さんが説明しながら歩いていると、くるりと僕に振り向き。
「その子、術式組まないで発動したんだよ」
長い沈黙。
「え。………えぇぇ!?」
物凄く驚かれました。




