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黒い絵画  作者: 深江 碧
グッドエンド
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グッドエンド7

 しかも赤いネクタイまでしめて。

 サティは今更ながら納得する。

「何だか、僕がいなくても、あんたはあまり変わらないみたいだね」

 シェスは腕組みをして、そっぽを向く。

 サティは何と答えていいのか、苦笑いを浮かべる。

「そ、そんなこと、ありませんよ?」

 声が裏返ってしまった。

 サティは心の中で冷や汗が滝のように流れている。

 本当は、家事の練習や、仕事で毎日が忙しく、この三か月、あまりシェスのことを思い出す暇がなかったのだ。

 ここでシェスの機嫌を損なったら、後が大変だ。

 サティは本音を心の奥にしまい、引きつった笑顔を浮かべる。

「そんなことは、ないですよ。あなたが戻ってきてくれて、私はとてもうれしいです」

 不自然にならなかっただろうか。

 ちゃんと笑えただろうか。

 サティはそれだけが心配だった。

「まあ、いいけどさ」

 シェスはどうやら機嫌を直してくれたらしい。

 サティは胸をなで下ろす。

 身長も伸び、外見も大人びてきたのだから、内面も少しは成長したと思っていたのだが、 どうやら違うようだ。

 シェスはそっぽを向きながら、サティの前に花束を差し出す。

「きょ、今日は、日本では、クリスマスイヴだろう? 何も手土産がないと悪いと思ってさ。花束くらいしかあっちから持って来られなかったけど。あんたならこれで十分だろう?」

 相変わらず素直じゃない。

 ――まあ、これがシェスらしいのかもしれませんが。

 心の中で溜息をつき、サティは素直に青い花束を受け取る。

 その夜の闇のような鮮やかな青色に目を見張る。

「わあ、素敵な花束ですね。ありがとうございます」

 今までにそんなに鮮やかな青いバラは見たことがない。

 恐らくはよくできた造花だろう。

 顔を近づけるとその青いバラから、良い香りが漂ってくる。

 シェスはそっぽを向きながら、口ごもる。

「そ、それと、プレゼントは、それだけじゃなくて。こ、この、指輪も」

 シェスの顔が赤くなっていく。

「はい?」

 サティは鼻に夢中で、シェスの声がよく聞き取れなかった。

 首を傾げる。

 空からは粉雪がちらちらと舞っている。

 シェスはスーツの胸元に手を入れる。

 そんな時、通りの向こうから元気な声が聞こえてくる。

「おお~い、サティ!」

 通りの向こうで、洋太が大きく手を振っている。

「洋太さん」

 サティはそちらに目を向ける。

 洋太が粉雪の舞う通りを走ってくる。

「ちょうど、サティも誘おうと思ってたんだ。真奈美の家で、クリスマスパーティーをするんだって。光治は先に行って、準備を手伝ってるってさ。あれ?」

 洋太はサティのそばに駆け寄ったところで、恨みがましい目のシェスと視線がぶつかる。

 立ち止まる。

「シェス? 帰ってたの?」

 首を傾げる。

「帰ってたら、悪いかよ」

 地の底から響いてくるような低い声で答える。

 もちろん嫌味など全く通じない洋太のことである。

 朗らかに笑う。

「じゃあ、シェスも来る? 真奈美の家のクリスマスパーティー。みんなで集まると、きっと楽しいよ?」

 シェスは迷惑そうな顔をする。

「そんなパーティー、誰が」

 青い花束と買い物籠を抱えるサティが顔を輝かせる。

「わあ、楽しそうですね。是非参加させてください」

「じゃあ、サティは参加だね」

 洋太は次いでシェスの方を向く。

「シェスはどうする?」

 シェスはしばらくの間動けないでいたが、渋々と言った様子で答える。

「こいつが行くなら、僕はそれに従うしかないだろう? 僕はこいつの従者なんだから」

 それにはサティが不思議そうな顔をする。

「え? しかし、シェスとの契約は、もう」

 サティの言いかけた言葉を、シェスはひと睨みで黙らせる。

「とにかく。あんたが僕の契約者であることに変わりはないんだから。僕はそれに付き従うまでさ。それにまだ契約の代償の品ももらってないしね」

 洋太は無邪気に笑う。

「じゃあ、決まりだね」

 ぽんと両手を合わせた時だった。

 通りを振り返った洋太の視線の先に、壁から覗く真奈美と光治の姿が見える。

「あれ?」

 二人はゆっくりと通りの角から出てくる。

「ほほほ、一連の出来事は拝見させてもらったわ」

「相変わらずの、一方通行だね。シェス」

 洋太とサティは言っている意味が分からず、そろって首を傾げる。

「何のことだろう?」

「さあ?」

 ただ一人、シェスだけが見るからに狼狽えている。

「い、い、いつから、見ていた?」

 真奈美と光治の二人は、意地の悪い笑みを浮かべている。

「サティが洋館の門の前に来る前から、かしら?」

「シェスが門の前で花束持って、指輪を見ながらにやにやしているから、ぼく達声を掛けるのを遠慮したんだよ」

 サティは青い目を丸くして、シェスを見つめる。

「指輪?」

 それにはシェスが頭を抱える。

「うわああああぁぁぁぁぁ!」

 真っ赤な顔で絶叫する。

「指輪って、クリスマスプレゼントの? シェスは誰かにプレゼントとして、指輪を贈るつもりだったのかな?」

 洋太は腕組みをして考える。

 その言葉を聞いて、サティは合点がいったようにぽんと手を叩く。

「私は花束をもらいましたから。その指輪はきっとクラリス伯母さんへのクリスマスプレゼントですね? クラリス伯母さん、前からパーティーにつけていくプラチナの指輪が欲しいと言っていましたものね」

 にっこりと笑う。

 真奈美は可哀想なものを見るような目でシェスを見つめる。

「シェス、残念だけれど。サティは仕事以外、超が付くほどの鈍感なのよ? 変化球なんて、気づきもしないのよ」

 光治は怨念のこもったような目でシェスを見つめている。

「幸せにしてなるものか。シェスが恋人を作るなんて許せないぞ。まだぼくらと同じくらいのくせに。ぼくだって彼女が欲しいよ」

 鬼気迫るような声だった。

 そんなやり取りを傍目に、洋太とサティは二人で盛り上がっているようだった。

「シェスは気が利いてるね。しばらく見ないうちに大人になったんだなあ」

「私なんて、クリスマスのプレゼントを何も用意していなくて。シェスを見習わなくてはいけませんね」

 感心したようにうなずき合っている。

 真奈美がシェスの耳元にささやく。

「ほら、あんたがぼやぼやしてると、洋太とサティがくっついちゃうわよ。まあ、そんなことは、サティの好敵手であるあたしの目が黒いうちは、絶対に許さないけれど」

 光治がシェスの耳元でぼやく。

「いいな、恋人。いいな、彼女。恋人同士が過ごすクリスマスなんて、大嫌いだ~!」

 粉雪がちらちらと舞っていた。

 辺りは薄暗く、かといって足元がおぼつかないほど真っ暗でもなく。

 白い雪がほのかに光り輝き、鈍色の空に色を添えていた。

 雪は、当分止みそうになかった。

 



グッドエンド おわり 

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