バッドエンド6
「山敷洋太君、だったね? 由紀子から話はよく聞いているよ」
葬儀が終わってから、ディーンが洋太に話しかけた。
墓地は夕闇に包まれている。
黒い影が洋太の方に長く伸びている。
「何か、用ですか?」
ディーンとは、豪華客船の中で会って以来だ。
それに、洋太の姉の由紀子よく聞いているとは一体どういうことだろう。
洋太がそう考えた時だった。
「サラの、義妹の最期を聞かせてくれないか?」
ディーンは沈痛な表情でつぶやく。
「え?」
確か豪華客船で見た時は、サティとはあまり仲が良いようには見えなかった。
なので、葬儀の後でこんなことを聞かれるとは思わなかったのだ。
「え、ええと」
洋太は戸惑う。
警察にも、事件のことは口外しないように、と念を押されている。
それに、黒い霞のように消えてしまったシェスに殺された、と言って信じる方が稀だ。
果たしてそれを洋太が話して、ディーンが納得してくれるかどうかわからなかった。
ディーンは辛そうな顔で笑う。
「遠慮しなくてもいい。ありのままを話してくれればいい。僕は弁護士の仕事をしているからね。もし裁判になっても、君の不利になるような供述はしない。他者への口外もしない」
洋太はまじまじとディーンを見つめる。
あの時の、自信に満ちた様子はどこにもない。
心持ちやつれているようにも見える。
洋太は遠慮しながらも、話し出す。
「そ、そうですか? じゃ、じゃあ」
本当は、洋太は誰かに話したくて仕方がなかった。
とても自分の胸に隠しておく自信がなかったのだ。
自分が隠しておくには重すぎる事実だった。
あの夜に美術館であったことを、包み隠さず話す。
話し終わると、ディーンは息を吐き出した。
「そうか。やはり、サラは死の影から逃れられなかったか」
ゆっくりと首を横に振る。
まるでディーンは何もかもわかっていたような口調だった。
「あ、あの、それはどういう」
洋太が尋ねると、ディーンは金色の目を細める。
「サラがシェスと呼んでいた銀髪の少年は、彼女と契約をした悪魔だ」
「悪魔?」
洋太はその言葉を、何度も口の中で繰り返す。
ディーンは話し続ける。
「あの悪魔は母親が亡くなったばかりで悲しんでいたサラに近付き、契約を持ちかけた。悪魔との契約が意味するものは、わかっているね? そう。命と引き換えに願いを叶える、ということだ」
洋太は警察署から出てきたときに、金髪の青年と栗色の髪の少女が話していた言葉を思い出す。
――契約の代償として命を奪うのは当然のことですから。
あの少女は当然、と言った。
恐らく彼女ら悪魔の間では、それは当然の行為なのだろう。
「それで、サティはシェスに殺されたの?」
洋太は喉の奥から声を絞り出す。
ならば、シェスと一緒にいた銀髪の青年は何なのだろう?
どうしてシェスを殺したのだろう。
――本当は、シェスもサティを殺したくなかったんじゃないかな?
洋太はそう思ってしまう。
だからわざと銀髪の青年に逆らって、自ら殺されることを選んだ。
――本当は、シェスもサティのことが好きだったんじゃないかな?
洋太はそう考えたかった。
悪魔にも、人と同じような心があって欲しいと願った。
そこで初めて、洋太はシェスのことを何も知らないことに気が付いた。
「サラが悪魔とどんな契約を結んだかは、わからない。しかし結果として、サラは命を奪われ死んでしまった。今更、何を言っても仕方がないことだけれど。彼女が悪魔と契約を結ぶほどに精神的に追いつめられた原因の一端は、僕にある」
洋太は顔を上げる。
夕闇迫った赤い光に照らされたディーンの顔は、影になっていてよく見えない。
「僕があの時、そばにいてあげられれば。あるいは悪魔と契約しようなんて、考えなかったかもしれない。義兄の僕が優しくしていれば、かばってやっていれば」
ディーンの声は震えていた。
洋太は黙ってディーンの話を聞いている。
彼は絞り出すように言葉を紡ぐ。
「僕の実の父は、サラの母親の莫大な財産が目当てで結婚したんだ。二人の間に愛情はなく、冷めた夫婦関係だった。サラの母親は世界的富豪、イブドゥル・ハヌマの孫娘だった。彼が死んだとき、その莫大な財産は唯一の血縁者である彼女に転がり込んできた。それから彼女の、いや、彼女一家の運命が狂い出した。暗殺者を雇って彼女の父親を殺したのは、僕の実の父親だ。そして母親を自殺に追い込んだのも、そうだ」
これを話しているディーンはどんな顔をしているのだろう。
どこか遠い出来事のように、その話は洋太の耳を通り過ぎた。
実の父親が殺人犯だと告白するのに、どれほどの勇気が必要だろう。
サティ一家の幸せを壊したと自覚する息子は、父親にどんな気持ちを抱いているだろう。
洋太にはディーンの胸中は推し量れなかった。
「僕が弁護士になったのも、実の父親と戦うためだ。今までは、サラに事実を話すべきか迷っていた。それはあまりに残酷な事実だからね。僕とクラリス伯母さんは何度も相談した。母親の死の真相を伏せたままにするべきか、知らせるべきか。せめて、彼女が大人になってから、と思っていた。シェスと呼ばれていた悪魔は、いい奴そうだった」
ディーンは軽く頭を振る。
「悪魔に、いい奴、と言うのも変な話だけれど。僕はそれなりにだが、あいつを認めてもいた。すぐには彼女の命を奪わないと考えたんだ」
心の内を全部吐き出すように、ディーンは話し続ける。
洋太は口も挟まず、話に耳を傾けている。
「僕も弁護士を続けていると、こういった不可解な事件に数多く行き当たる。恐らく、悪魔と契約者の仕業なのだろうけれど。殺人事件の犯人が次の日に死体で見つかったり、その被害者の家族が原因不明の死を迎えたり。世の中には、そんな事件がごろごろしているよ」
ディーンは肩をすくめる。
長い溜息を吐き出す。
「君の話を聞けて良かったよ。少なくとも、あいつは自分の意志で、サラの命を奪った訳ではなさそうだ。それを聞いて安心したよ」
ディーンの口調は穏やかだった。
洋太はほっと胸をなで下ろす。
「今日はありがとう。呼び止めて、すまなかったね」




