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黒い絵画  作者: 深江 碧
三章
57/79

3-6

 洋太が光治と真奈美に相談し、その帰りに二人を伴って洋館を訪ねた。

 美術館が休館の月曜日の夕方。

 高校が終わって洋太が洋館に立ち寄ると、玄関を開けるなり不機嫌な従者に正面からぶち当たった。

「ど、どうしたのかな、シェス。俺、サティに用事があるんだけど」

 諸々なことに疎い洋太でも、彼の全身からにじみ出る不機嫌な気配に気圧され、それ以上玄関に入ることは躊躇われた。

 立ち止まった洋太の背後から友人二人がひょっこりと顔を出す。

 真奈美はシェスのふてくされた顔を見る。

「あら、シェス。今日はまたとなくご機嫌斜めね」

 すかさず光治が笑う。

「あはは、それじゃ普段から機嫌が悪いみたいに聞こえるよ、真奈美」

 真奈美は眉をひそめ、光治を見る。

「当たり前じゃない。こいつが満面の笑みで出迎えたら全力で逃げるわよ、あたしは」

 後ろで勝手に進んでいく会話に苦笑し、洋太は立ちはだかるシェスにおそるおそる話しかける。

「あの、サティっているよね? 俺、サティに用があるんだけど」

「いる」

 シェスは短く答える。

 それきり黙ったまま赤い瞳で洋太を睨みつけている。

「ええと」

 一向に事態は進展しない。

 長い沈黙に耐えられず、後ろにいた真奈美が肩をすくめる。

「おおかたご主人様と、喧嘩でもしたんでしょう。それで機嫌が悪いんじゃないの?」

 当たらずとも遠からず、だったらしい。

 シェスはわずかに身じろいだ。

「そうなの?」

 洋太は真奈美を振り返る。

 光治もここぞとばかりに言いつのる。

「それで不機嫌なのか。シェスもまだまだサティの気持ちがわかってないってことだね。それとも長く一緒にいすぎて、今更相手の気持ちも推し量る必要がない、という奴かな?」

 シェスの眉が跳ね上がる。

「ずいぶん、言ってくれるな」

 小さく笑い、光治を睨みつけている。

 シェスが動くと同時に、乾いた音が玄関に響いた。

 次の瞬間、シェスの右手は光治が顔の前に出した学生鞄にめり込んでいた。

 学生鞄を目の前に掲げた姿勢のまま、光治は言い放つ。

「こんなこともあろうかと、鉄板入りの鞄を持ち歩いていたかいがある」

「あんた、馬鹿じゃないの?」

 不敵に笑う光治に、ちゃっかり外に避難していた真奈美が付け加える。

「まだ安心するのは早いわよ、光治」

 真奈美は少し離れた場所から、腕組みをして見守っている。

 洋太も同感だった。

 従者の少年がこのまま引き下がるはずがないと思ったからだ。

 シェスの瞳が怒りで赤みを増したように見えた。

 洋太の背筋を悪寒が走り抜ける。

「光治、逃げろ」

 洋太が言うと同時に、シェスは腰を落とす。

 下から光治の持っていた鞄を蹴りあげる。

「え?」

 光治の鉄板入りの学生鞄が宙を舞う。

 シェスは間髪入れず、光治の腹を目がけて拳を繰り出す。

「と、とと」

 光治はかろうじて拳をかわす。

「光治、さっさとやられちゃった方が身の為よ。あいつ、怒ると手加減ができなくなるから。脳天かち割られるわよ」

 玄関の壁にぴったりとくっついていた洋太は、混乱する頭で考えた。

 友達を救うためにはまず何をしたらいいか、必死に思考を巡らせていた。

「あ」

 洋太は口を開け、騒ぎを止める方法を思いついた。

 廊下の奥へと視線を向ける。

「シェス」

 不意にシェスの肩に手が置かれた。

 シェスは意識ないままに肩に置かれた手を振りほどき、その相手に向かって拳を繰り出す。

 拳は相手の首元でぴたりと止まる。

 赤い瞳を大きく見開く。

 その人物を見て、シェスは冷水を浴びられたように冷静を取り戻す。

「サティ」

 洋太は壁にくっついたまま、館の主人の姿を認めると胸をなで下ろした。

「よかった、いま呼びに行こうと思ってたんだ」

 サティはシェスに少しだけ視線を投げかけると、玄関で腰を抜かしている光治に目を留める。

「大丈夫ですか?」

 シェスの隣をすり抜け、光治に手を差し出す。

 玄関の外からのぞき見ていた真奈実は、サティの態度に眉を寄せる。

「洋太さんも、怪我はありませんか?」

 サティはシェスと視線さえ合わせない。

「申し訳ありません。どうぞこちらで傷の手当てを」

 深々と頭を下げる態度まで馬鹿丁寧に見える。

 煮え切らないものを感じて、真奈実はサティの顔色をつぶさに観察する。

 サティの青い瞳はどこか思いつめたようで、声にも固いものがまじっている。

「ちょっと、サティ」

 真奈美は廊下を先導するサティの手をつかみ、そのまま奥に走り去った。

「適当に部屋でくつろいでて。あたしたちはちょっと女同士の重要な話があるから」

 洋太と光治、一番後ろを歩いていたシェスを置いて、適当な扉を開けて部屋に飛び込む。

 後ろ手で扉を閉めながら真奈実は一息ついた。

「あの、真奈実さん?」

 躊躇いながら遠慮がちにサティが口を開くのを、真奈実は視線で黙らせる。

 眉を寄せ、近くのソファを指さす。

「とりあえず、座りなさい」

 言ったものの、絨毯の上は埃が積もっており、部屋の中も灰色のトーンがかかっている。

「あんた、部屋の掃除ちゃんとしてる?」

 サティは困ったようにうつむいた。

「ええと、使っている部屋しか掃除していないので、それに家事はシェスに任せきりなので。それで」

「家事の苦手な、あんたらしいわね」

 小さくなるサティを溜息一つであしらって、真奈実は比較的埃の積もってなさそうな椅子を引き寄せる。

 その椅子の表面の埃を払い、もう一つはサティに勧める。

「ほら、あんたも」

「は、はい」

 サティは戸惑いながらも真奈美の向かいに座る。

 真奈美は腕を組み、サティを睨みつける。

「あんた、あいつの管理はちゃんとしておきなさいよ。おかげで光治の脳天、かち割られるとこだったじゃない」

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