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洋太が光治と真奈美に相談し、その帰りに二人を伴って洋館を訪ねた。
美術館が休館の月曜日の夕方。
高校が終わって洋太が洋館に立ち寄ると、玄関を開けるなり不機嫌な従者に正面からぶち当たった。
「ど、どうしたのかな、シェス。俺、サティに用事があるんだけど」
諸々なことに疎い洋太でも、彼の全身からにじみ出る不機嫌な気配に気圧され、それ以上玄関に入ることは躊躇われた。
立ち止まった洋太の背後から友人二人がひょっこりと顔を出す。
真奈美はシェスのふてくされた顔を見る。
「あら、シェス。今日はまたとなくご機嫌斜めね」
すかさず光治が笑う。
「あはは、それじゃ普段から機嫌が悪いみたいに聞こえるよ、真奈美」
真奈美は眉をひそめ、光治を見る。
「当たり前じゃない。こいつが満面の笑みで出迎えたら全力で逃げるわよ、あたしは」
後ろで勝手に進んでいく会話に苦笑し、洋太は立ちはだかるシェスにおそるおそる話しかける。
「あの、サティっているよね? 俺、サティに用があるんだけど」
「いる」
シェスは短く答える。
それきり黙ったまま赤い瞳で洋太を睨みつけている。
「ええと」
一向に事態は進展しない。
長い沈黙に耐えられず、後ろにいた真奈美が肩をすくめる。
「おおかたご主人様と、喧嘩でもしたんでしょう。それで機嫌が悪いんじゃないの?」
当たらずとも遠からず、だったらしい。
シェスはわずかに身じろいだ。
「そうなの?」
洋太は真奈美を振り返る。
光治もここぞとばかりに言いつのる。
「それで不機嫌なのか。シェスもまだまだサティの気持ちがわかってないってことだね。それとも長く一緒にいすぎて、今更相手の気持ちも推し量る必要がない、という奴かな?」
シェスの眉が跳ね上がる。
「ずいぶん、言ってくれるな」
小さく笑い、光治を睨みつけている。
シェスが動くと同時に、乾いた音が玄関に響いた。
次の瞬間、シェスの右手は光治が顔の前に出した学生鞄にめり込んでいた。
学生鞄を目の前に掲げた姿勢のまま、光治は言い放つ。
「こんなこともあろうかと、鉄板入りの鞄を持ち歩いていたかいがある」
「あんた、馬鹿じゃないの?」
不敵に笑う光治に、ちゃっかり外に避難していた真奈美が付け加える。
「まだ安心するのは早いわよ、光治」
真奈美は少し離れた場所から、腕組みをして見守っている。
洋太も同感だった。
従者の少年がこのまま引き下がるはずがないと思ったからだ。
シェスの瞳が怒りで赤みを増したように見えた。
洋太の背筋を悪寒が走り抜ける。
「光治、逃げろ」
洋太が言うと同時に、シェスは腰を落とす。
下から光治の持っていた鞄を蹴りあげる。
「え?」
光治の鉄板入りの学生鞄が宙を舞う。
シェスは間髪入れず、光治の腹を目がけて拳を繰り出す。
「と、とと」
光治はかろうじて拳をかわす。
「光治、さっさとやられちゃった方が身の為よ。あいつ、怒ると手加減ができなくなるから。脳天かち割られるわよ」
玄関の壁にぴったりとくっついていた洋太は、混乱する頭で考えた。
友達を救うためにはまず何をしたらいいか、必死に思考を巡らせていた。
「あ」
洋太は口を開け、騒ぎを止める方法を思いついた。
廊下の奥へと視線を向ける。
「シェス」
不意にシェスの肩に手が置かれた。
シェスは意識ないままに肩に置かれた手を振りほどき、その相手に向かって拳を繰り出す。
拳は相手の首元でぴたりと止まる。
赤い瞳を大きく見開く。
その人物を見て、シェスは冷水を浴びられたように冷静を取り戻す。
「サティ」
洋太は壁にくっついたまま、館の主人の姿を認めると胸をなで下ろした。
「よかった、いま呼びに行こうと思ってたんだ」
サティはシェスに少しだけ視線を投げかけると、玄関で腰を抜かしている光治に目を留める。
「大丈夫ですか?」
シェスの隣をすり抜け、光治に手を差し出す。
玄関の外からのぞき見ていた真奈実は、サティの態度に眉を寄せる。
「洋太さんも、怪我はありませんか?」
サティはシェスと視線さえ合わせない。
「申し訳ありません。どうぞこちらで傷の手当てを」
深々と頭を下げる態度まで馬鹿丁寧に見える。
煮え切らないものを感じて、真奈実はサティの顔色をつぶさに観察する。
サティの青い瞳はどこか思いつめたようで、声にも固いものがまじっている。
「ちょっと、サティ」
真奈美は廊下を先導するサティの手をつかみ、そのまま奥に走り去った。
「適当に部屋でくつろいでて。あたしたちはちょっと女同士の重要な話があるから」
洋太と光治、一番後ろを歩いていたシェスを置いて、適当な扉を開けて部屋に飛び込む。
後ろ手で扉を閉めながら真奈実は一息ついた。
「あの、真奈実さん?」
躊躇いながら遠慮がちにサティが口を開くのを、真奈実は視線で黙らせる。
眉を寄せ、近くのソファを指さす。
「とりあえず、座りなさい」
言ったものの、絨毯の上は埃が積もっており、部屋の中も灰色のトーンがかかっている。
「あんた、部屋の掃除ちゃんとしてる?」
サティは困ったようにうつむいた。
「ええと、使っている部屋しか掃除していないので、それに家事はシェスに任せきりなので。それで」
「家事の苦手な、あんたらしいわね」
小さくなるサティを溜息一つであしらって、真奈実は比較的埃の積もってなさそうな椅子を引き寄せる。
その椅子の表面の埃を払い、もう一つはサティに勧める。
「ほら、あんたも」
「は、はい」
サティは戸惑いながらも真奈美の向かいに座る。
真奈美は腕を組み、サティを睨みつける。
「あんた、あいつの管理はちゃんとしておきなさいよ。おかげで光治の脳天、かち割られるとこだったじゃない」




