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黒い絵画  作者: 深江 碧
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序5

「ヘークション……う~」

 玄関先でリュックを床に下ろし、その中から懐中電灯を探していた洋太は、鼻をすすり、真っ直ぐ続く暗い廊下を見る。

 開け放たれた扉から差し込む雨の日のわずかな光だけでは、数メートル先までしか見渡せず、床に敷かれた赤い絨毯の先は黒い闇で覆われている。

「誰か、俺の噂でもしたのかなぁ?」

 お気楽な声を上げ、洋太は懐中電灯をリュックから取り出す。

 電灯は出てくる前に電池を交換しておいたので、問題なくついた。

 洋太は細く伸びる光を前に構え、一歩を踏み出した。

 赤い絨毯には白い埃が積もっている。

 それは長い年月この屋敷に人が住んでいないことを物語っている。

 洋太は絨毯にライトを近づけて、しゃがみ込んで床の様子を探った。

 昨夜、少女が出てきたのはこの玄関からだ。

 だから当然、彼女が通ってきた足跡があっていいはずだった。

「うーん。ここら辺に足跡があるはずなんだけど」

 絨毯にさらに顔を近づけて洋太が足跡を探していると、背後で重い音がして辺りが徐々に暗くなっていく。

 見ると、誰もいないのに勝手に玄関の両扉が閉まっていく。

「え? ちょっと」

 とっさにそちらに顔を向けた洋太の目の前で、無慈悲にも扉は閉まり、ライト以外の光源は絶たれた。

 辺りは完全な闇に覆われる。

「自動ドア?」

 緊張感のない台詞を吐いて、暗闇に覆われた廊下で洋太は途方に暮れる。

 静寂と言いようのない圧迫感。

 細いライトの光だけが、赤い絨毯を照らし出している。

「ま、しょうがないか」

 変わり身は素早く、楽観的な性格もここまで来れば表彰ものだった。

 洋太は進むべき廊下に向き直り、ライトを構えた途端、前方に人の足が見えた。

「え?」

 思わずそちらにライトを向ける。

「なんだ、もう少し取り乱すと思ったのに、つまらないサルだな」

 声に明らかな嘲笑を含ませて、闇の中に少年の姿が青白く浮かび上がる。

「さ、サル?」

 銀糸の髪に、白い肌。

 あごの形、鼻の高さから、東洋人では無いことは一目瞭然だった。

 しかし洋太に向けられた鋭い瞳は、鮮やかな紅色をしており、それは今まで一度も見たことのない瞳の色だった。

 年齢は恐らく十四、五才だろう。

 少女と見まごうばかりの美少年だったが、人を見下した態度が洋太は気に入らなかった。

「だ、誰がサルだ!」

 洋太は顔を真っ赤にして言い返したが、少年は涼やかに笑い返しただけだった。

「知能といい、行動といい、サル以外の何者でもないよ。いや、こんな事を言ったら、本物のサルに失礼だな」

「だから、誰が~~!」

 手に持ったライトをぶんぶんと振り回して、洋太は顔を真っ赤にして少年に抗議する。

 確かに少年の言うとおり、手を振り回して、顔を赤くしている洋太はサルに見えなくもない。

「シェス、それぐらいにしておきなさい」

 呆れたような少女の声が暗闇に響く。

 その声に洋太は聞き覚えがあった。

 それは昨夜この屋敷の庭で出会った少女のものだった。

 ランプの明かりを手に、洋太に近付いてくる。

 オレンジ色の炎の光に照らし出された少女は、昨日よりも生身の人間らしく見える。

 腰まである黒い髪に青い瞳、黒い服は相変わらずだったが、こうして間近で見ると結構な美人だった。

「君は?」

 洋太は少年の前に進み出てきた黒髪の少女に目を向ける。

「そう言う時はさあ。自分から名乗るのが礼儀じゃないの?」

 口を挟んだのは銀髪の少年で、少女はたしなめるように少年を振り返る。

「シェス、あなたは少し黙っていてください」

「はいはい」

 シェスと呼ばれた少年は腕を頭の後ろで組み、口をつぐんだ。

 どうやらすねてしまったらしい。

 そんなところはまだまだ子供だな、と洋太は心の中で思った。

 そんな洋太の考えを見透かしたのか、シェスは赤い目で睨み付ける。

 少女はランプを持って、洋太の前に進み出る。

「私は、サティと申します。先日この屋敷を買い取った者です。こちらは、シェス。私の使用人兼護衛をしてもらっています」

 サティは丁寧に頭を下げる。

 背後に控える少年は洋太と視線を合わそうとさえしない。

「あなたは?」

 青い瞳に見つめられ、洋太は慌てて自己紹介をする。

「俺は山敷洋太。この近所に住んでて、偶然昨夜君と会って、それから少し気になって、ここに来たんだけど。ええと、初めまして」

 頬をかき、洋太は頭を下げた。

 その瞬間、背筋に悪寒が走り、洋太は無意識のうちに後ろに下がった。

 目の前を何かが掠めていく。

 気が付けば少年が目の前に立っていた。

「ちっ」

 少年が苛立たしげに舌打ちする。

「シェス!」

 サティが短い叫びを上げる。

 叫びを聞いて、洋太はようやく状況が把握できた。

 目の前には、銀髪の少年が右足を上げて立っていたのだ。

 恐らく、さっきの目の前を掠めたのは、少年の回し蹴りだったのだろう。

 いつの間に間合いを詰められたのか、洋太には全く分からなかった。

「シェス、その方は客人ですよ!」

 ランプを胸の前で構え、サティは少年に詰め寄る。

 シェスは動じることなく、顔だけを動かして主人を見る。

「どこが客人なものか。こいつはこの屋敷の遺産を盗みに来た盗人だ」

 シェスは冷たく言い放つ。

 その瞳に浮かんでいたのは、明らかな敵意。

 洋太に向けられているのは、殺意に近い感情だった。

「彼は敵ではありません。たまたまここに立ち寄ったと、さっき言っていたではありませんか」

 サティはシェスに詰め寄る。

 シェスは鬱陶しそうに顔を背ける。

「でも、味方でもないんだろう? だったら、後顧の憂いはここで絶っておいた方がいい。今後二度とこの屋敷に近付かないように、腕の一本でも折っておいたほうがいい」

「シェス!」

 サティは怒鳴る。

「どうしてあなたはそんなに他人を信用しないんですか?」

「生憎、僕は他人を信用して、いいことにあったためしがないんでね」

 二人の言い合いは、しばらく決着が付きそうにもなかった。

 その間に、洋太は必死に退路を探していた。

 後ろにある玄関の扉まで下がってみたが、扉は外でかんぬきが掛かっているかのようにびくともしなかった。

 逃げ道は真っ直ぐ伸びる暗闇の廊下しかない。

 そう思った瞬間、シェスがサティに向き直った。

 洋太は待っていたとばかりに、シェスの背に身体ごとぶつかった。

「うわっ」

 見かけより軽い少年は、洋太の重みに耐えきれず、絨毯の上に倒れ込む。

 洋太はうずくまっているシェスを一足飛びに飛び越え、青い目を見開いたサティの傍らを走り抜ける。

 走り抜けた時に、サティに肩がしたたかに当たったが、洋太は逃げることに夢中で気にもとめなかった。

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