序4
「もしあの女の子が、姉ちゃんが言うように犯罪にかかわっているようなことしてたら、やっぱ止めるのが筋ってもんだよな」
二階にある自分の部屋に戻ってきた洋太は、必要な物をリュックに詰めつつ、おせっかいな独り言をつぶやいた。
最初に幽霊と断定していたことはどこへやら。
洋太は早速洋館に乗り込む気だった。
姉の忠告に素直に従う性格だったならば、今まで家族の誰もが苦労はしなかっただろう。
今まで洋太が関わった事件で、良い事になった試しは一度もない。
小さい頃の黒猫事件といい、ツチノコ探索事件といい、秘密基地破壊事件など、他にも様々などうって事のない事件が、全てただでは済んでいない。
小学校の頃は、歩く秘密兵器、などと呼ばれていた。
その主な理由は、どこから何が出てくるか分かったものではない、ということからだった。
家系のせいか、例に漏れず手先が器用だった洋太は、工作と言って友達の光治と一緒にいつも怪しい物を作っていた。
「よしっ」
詰め終わったリュックを叩き、洋太は勢いよく立ち上がる。
床に置いた黒い雨合羽をつかんだ。
あらかじめ玄関から持ってきていた靴を持って、道路に面した窓を開ける。
途端に雨の音が大きくなり、湿気が部屋に侵入してくる。
洋太は窓枠に腰掛けながら靴を履き、雨合羽を着て、窓から身を乗り出した。
外は降りしきる雨であちこちが滑りやすくなっていたが、洋太は用心深く降りていった。
部屋から抜け出すのは、これが初めてではなかった。
昔はちょくちょく抜け出して、よく家族を困らせたものだ。
最近は昔ほど多くはないが、時々抜け出して、母に気付かれる前に帰ってきていた。
勘の良い姉は、抜け出していたことに気付いているようだが、あえて何も言わなかった。
それとも、由紀子は洋太に何を言っても無駄だと悟っているのかもしれない。
今回も洋太が行動を起こすことぐらい、今までの経験から分かっていただろうが、由紀子は忠告だけして、他には何も言わなかった。
洋太はそんな姉に感謝しつつ、垣根を飛び越え、水たまりの道を洋館に向けて走っていった。
「…………」
洋太は昨夜少女を見かけた門の前に立っていた。
門の柵には当然のごとく錠がかけられ、無常に雨に洗われていた。
長い間開けられていないだろう門は、まるで来るものを拒むかのように堅く閉ざされていた。
門に手を掛けて揺らしたぐらいでは、錠は外れそうもない。
雨合羽に叩きつける雨粒に気を取られることなく、洋太は柵に足をかける。
洋太は軽い足運びで、するすると柵を登っていく。
幼い頃から何度となく、繰り返してきた行動だった。
柵の頂上まで来ると、洋太は掛け声とともに飛び降りた。
「よっ、と」
庭に敷いてあった石畳の上に着地すると、洋太は辺りを見回した。
特に何かが動く気配はない。
洋太は立ち上がり、洋館の玄関の方向へと歩いていく。
少し歩くと、木でできた両開きの扉が見えてきた。
扉の上には二階のバルコニーがあったが、その窓も雨戸で頑丈に覆われている。
玄関である両開きの扉の前に来た洋太は、雨合羽を脱ぎ、水を払って、背中に背負っていたリュックの中にしまい込んだ。
洋太は玄関の扉をしばし眺め、おもむろにズボンのポケットから白い手袋を取り出した。
手袋を両手にはめると、洋太は金色のドアノブに手をかけた。
二、三度まわしてみて、鍵が掛かっていることを確認すると、今度は髪に留めてあった一本のヘアピンを手にとった。
洋太は玄関のタイルの上に片膝をついて、鍵穴にヘアピンを入れ、顔を近づける。
数回ヘアピンを動かすと、すぐに鍵の外れるわずかな音が聞こえた。
「ビンゴ」
洋太はゆっくりと扉から離れ、ドアノブを握り締めた。
「やっぱ、俺って泥棒の才能あるのかなぁ。将来は小説とかに出てくる、正義の怪盗になろうかな?」
洋太はいたって上機嫌に、ドアノブをまわし、引っ張った。
ガチャ。
一瞬、洋太は笑顔で凍り付いた。
鍵は外れていた。
二重に鍵がかけられている様子もない。
ところがどうしたことか、押しても引いても、扉は相変わらず動かない。
「ぐぬー!」
まるで扉も壁の一部であるかのように、頑として開かないのだ。
両扉とも試してみて、一ミリも動かないのを見て、洋太は業を煮やした。
「この、強情モノ――!!」
洋太は勢いをつけて、力いっぱい扉に蹴りを入れた。
すると突然、重い音を立てて扉がゆっくりと奥へと開かれた。
「へ?」
口をあんぐり開け、洋太は足を上げたままの姿勢で、開いた左右の扉を見つめている。
「え、えと……」
とっさに状態を把握できず、洋太はとりあえず足を下ろした。
たっぷり十秒ほど考え、結論を出した。
「ま、いいや」
洋太は特に深くは考えず、洋館に足を踏み入れた。