2-7
次の駅に到着し、洋太が電車内からいなくなったことを知った一行は大騒ぎになった。
「洋太、あの馬鹿! 海外に来てまで迷子になるの、やめなさいよね」
真奈美は誰にともなく叫ぶ。
一方の光治は、
「まあ、洋太らしいと言えば、洋太らしいけど。相変わらず事件に対する嗅覚は並外れているね。まあ、今回はただの迷子かもしれないけれど」
肩をすくめている。
サティは青い顔をして立ち尽くしている。
ただ一人、シェスだけはシートにもたれかかり、ぼんやりと窓の外を眺めている。
慌てふためく一行に、冷淡な言葉をかける。
「いないならいないで、仕方がないよ。あのサルのことだから、目的地に着く頃にはどこからかひょっこり現れるよ」
それには青い顔をしていたサティが振り返る。
「シェス。それは、本当ですか? その確信はどこから」
シェスは興味がなさそうに、赤い瞳を窓の方へ向ける。
「なんとなくそう思うだけだよ。確信は、ない」
サティを除く一同が肩を落とす。
「なによ、ただ当てずっぽうで言ってたの?」
「何か根拠があって言ってるかと思ったけど、違うのか」
真奈美と光治はそろって溜息をつく。
サティは黒い服の胸元に手を置いて、黙っていた。
この従者である少年の言うことは、驚くほど当たることを、彼女は長年の経験で理解していた。
「あの、シェス」
口を開きかけたサティの青い瞳を、シェスの赤い瞳が射る。
――後で、説明する。
そんな声が聞こえたような気がした。
サティはその忠告に従い、口を閉ざす。
真奈美と光治はなおも何か言っていたが、サティの耳には全く入ってこなかった。
ただ、黙って従者の顔を見つめていた。
「わっ!」
洋太目を開けると、空は群青色に染まっており、いくつかの星が瞬いている。
「あれ?」
のそのそと起き上がると洋太の体には毛布がかけられており、傍らには赤い温かな焚火が焚かれている。
「気が付きましたか?」
声のした方を見ると、列車の中で出会ったレヴィアが足を抱えて座っていた。
辺りを黒い木々の影が覆っている。
日が落ちて周りの景色は闇にとけ、自分がどこにいるのか理解できなかった。
「あー、俺どのくらいの間寝てた?」
洋太の疑問にレヴィアが間入れず答える。
「お昼からずっとですね。無理もありません。空間転移は体と精神の両方に負担を与えますから」
レヴィアの声を聞いているうちに、洋太は列車内でのことを思い出した。
「そうだ。俺は真っ暗な闇の中に一人だけで、その後どうしたんだっけ?」
その後のことは洋太が記憶をいくら辿っても、思い出すことができなかった。
「大丈夫ですよ。見たところ、身体も精神も正常そうですから、今は記憶が混乱していてもすぐに良くなりますよ。それよりも、あなたを巻き込んでしまってすみません。あなたが着いてきていることまで気が回りませんでした」
ぺこりと頭を下げる姿に、洋太はあわてて両手を振る。
「そんなことないよ。俺が勝手についてきただけだから、俺のほうこそ悪いんだよ」
「そうですぞ。レヴィ様が謝ることではありませんぞ」
すかさず入れられた茶々に、洋太ははじかれたように声のした方向を振り返る。
「だいたいこの小童がいなければ、今日のうちにもっと距離を稼ぐことができたのですぞ」
洋太は開いた口が閉まらない様子で、まじまじとレヴィアの傍らを見つめている。
「サルが、しゃべった」
地面であぐらをかいているのは、列車の中でレヴィアの肩に乗っていたサルのような動物だった。
サルは洋太に指を突きつけて、心外とばかりに言いつのる。
「言葉を話すのが人間だけとは思わないことですな。それにサルという呼び名もやめてほしい。わしにはシシルというレヴィ様から賜った名前があるのですから」
「えーと」
洋太はしばし考え、ためしに自分の頬をつねってみた。
「痛い」
どうやらそれが夢ではないことを確認した洋太は、改めて目の前の生き物に対面してみた。
「シシル、だっけ? 俺はどうしてこんなところにいるのかなあ?」
白いサル、シシルは腕組みをしてそっぽを向く。
「それはもちろん、レヴィ様があの列車から脱出するときに、巻き添えを食らったからに決まっておろうが」
それにレヴィアが付け加える。
「あの後、大変だったんですよ。気が付けば洋太さんが地面に伸びていたので、とりあえず背負って歩いてきたのですが」
「まったく、あんな重労働をレヴィ様にさせるなど、少しは申し訳ないとは思わんのか!」
叱責され、洋太は頭を上げる。
「ええと、ごめんなさい」
素直に謝る洋太に、シシルは鼻を鳴らす。
「まあ、いいだろう」
「洋太さん、別にわたしは気にしてませんよ。全然重くなかったですから」
柔和な笑みを浮かべているレヴィアを見ているうちに、洋太はだいぶ気持ちが落ち着いてきた。
そこで二人の行先について尋ねてみた。
「二人ともこれからどこに行くの? 俺のこと、多分真奈美たちが心配して探してると思うんだけど。ヴェネツィアには、どっちに向かっていけばいいかな?」
少しの間考える素振りをして、レヴィアは軽くうなずいた。
「そうですね。では洋太さんが行くはずだった、ヴェネツィアを目指してみましょうか」
シシルが驚いて振り返る。
「レヴィ様、それは、しかし!」
レヴィアは柔和な笑みを浮かべている。
「シシル、もう決めたことです」
そのうちお腹も空いてきて、三人は夕食を取ることにした。




