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同じ頃、サティはサディーナ美術館の事務室で、休んでいる洋太の代わりに、溜まった書類に目を通していた。
そこへ主任学芸員の石村が通りかかる。
「あの、石村さん」
サティは石村の背中に呼びかける。
「何ですかな?」
サティはあの晩から気になっていたことを尋ねる。
「石村さんは、確か、アメリカ在住でしたよね。小さい頃は、どちらに住んでいらっしゃったのですか?」
突然尋ねられ、石村は難しい顔で黙り込む。
「小さい頃、と言われましても。確かに戦中は愛知県の豊川に住んでいましたが。戦争が終わってからは、家族でアメリカに渡ったのです」
サティは小さくうなずく
「そうですか。では、石村さんにご兄弟はいらっしゃいますか。石村修太郎、という方をご存じありませんか?」
石村は目を丸くする。
「どうして、それを? 確かに、石村修太郎は、私の兄ですが」
石村は手に持っていた美術館のパンフレットを取り落す。
サティは青い目を細める。
やはり、そうなのだ。
石村修太郎の幽霊が洋太の前に現れたのも、偶然ではなかったのだ。
仏教の世界には、縁という言葉がある。
それは、人と人との出会いも目に見えない偶然の糸で繋がっているという考え方だっただろうか。
サティは静かに微笑む。
「石村さん、もし良ければ、次の休日の夜、私に付き合っていただけませんか?」
石村はますます目を丸くする。
サティと石村の年の差はゆうに五十以上ある。
しかも石村は既婚だ。
息子も娘もいる身だった。
そんな年下のサティに誘われるなど、思ってもみなかったのだろう。
サティは苦笑する。
「もし良ければ、奥様も同伴されてもかまいません。一緒に、お兄さんの乗っていた船の沈んでいる海に、お墓参りに行きませんか?」
石村はそこでようやく謎が解けた。
返事をする代わりに、大きくうなずく。
その頬を一筋の涙が伝った。




