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黒い絵画  作者: 深江 碧
3/79

序3

 次の日は、気象予報の通りの雨だった。

 その日は土曜日だったので、洋太はベッドから出ずに昼まで寝ているつもりだった。

 しかし何度寝返りを打っても全く寝付けない。

 仕方なく、洋太は服を着替え、一階に降りていった。

 居間のテーブルの上には、洋太の分の朝食だけが残されている。

 パンに目玉焼きにレタスとトマト。付け合せにヨーグルトも置かれている。

 洋太は目玉焼きとレタスとトマトをパンにはさみ、もそもそと食べる。

 すると居間に母親がやってきた。

「あ、母さん、牛乳とって」

 冷蔵庫を開けたのを見計らって、洋太は母親に声をかけた。

 牛乳をグラスに注ぎ、母親はテーブルの上に置く。

「昨日は、どうしたの? 帰ってくるなり部屋に閉じこもって、学校で何かあったの?」

 母親は心配そうに、洋太の顔をのぞき込んだ。

「別に、何にもないよ」

 牛乳を口に含み、パンを飲み下す。

「そう。なら良いけど」

 背を向け、母親はもう一度冷蔵庫を開ける。

「そういえばさ、昔俺が遊んでた洋館覚えてる?」

 母親は冷蔵庫からお茶を取り出し、自分専用の湯飲みに入れる。

「ん~、もちろん覚えてるわよ。あんた、決まってあそこの庭で遊んでたもんね」

「それじゃあさ。あそこに人が越してきたのって、知ってる?」

 母親は洋太を振り返り、目を丸くした。

「そうなの?」

 今初めて聞いたように、母親は洋太を見つめる。

 湯飲みを持ったまま、洋太の向かいの席に腰掛けた。

「そんな話、ご近所さんからは聞いてないけどねぇ」

 母親はちびちびと、湯飲みに口をつけて、お茶をすすった。

「ところで」

 急に母親の目が鋭くなった。

「何であんたが、そんなこと知ってるの? もしかして……」

 洋太はしまったと、口を押さえたがもう遅かった。

「まったく。暗くなったらあの家の前は通っちゃいけないって、何度も言ってるでしょう? 噂によるとあの家の近辺には、変な人が出没するんだから」

「別に、変な人に会ったわけじゃ」

 洋太は言い訳をしたが、母親は取り合ってくれなかった。

「じゃあなんで、人が越してきたかって、聞いたの?」

「そ、それは」

 洋太は言葉に詰まった。

 あさってを向き、出来るだけ母親と視線を合わせないようにする。

 あくまで口を割ろうとしない息子に、母親は大きく息をついた。

「とにかく、もうあの家に近づいたらだめよ」

 言って、母親は椅子を立って、居間を出て行った。

 あとに残された洋太は、ポツリと一言。

「別に、変な人じゃないと思うんだけどな。変な鳥はいたけれど」

 言ってから、洋太は少女の顔を思い出し、考えを否定した。

「いや、やっぱり変な人だよな」

 あの言動といい、あの服装といい、普通の人とはとても思えなかった。

「もしや、あの子は幽霊?」

 手から持っていたパンを落とし、洋太は頭を抱えた。

「それなら、あの洋館にいたのもうなずけるし。黒い服で足があったのは、きっと彼女が外国の幽霊だからだ!」

 根拠もなく口に出してから、はたと疑問に思ったことがあったが、あえて無視しとくことにした。

「日本にもついに、国際化の波が」

 牛乳のグラスを片手にをうんうんと頷いているところに、居間の扉が開く音がした。

「何が国際化の波、だって?」

 入って来たのは、姉の由紀子だった。

「国際化うんぬんは、あたしを見れば分るでしょ?」

 片手に英語雑誌をかかえ、洋太の背後にあるソファに腰掛けた。

 姉の由紀子は、外国のコンクールで賞を取ったプロのピアニストだった。普段は外国に住んでいて、ここ一週間ほどは日本での公演が終わったために、骨休めに実家に帰ってきているのだった。

 ちなみに家にはいないが、洋太にはもう一人兄弟がいた。

 三人兄弟の真ん中、兄の将太である。

 将太は外国に住んでいて、スイスの時計職人になるための修業の毎日である。

 兄は夏休みであろうと、正月であろうと、ほとんど帰ってこない。修行中の身であるから自由はほとんどなく仕方のないことだが、月に一度定期的に手紙が来て、元気でやっていることを知らせてくれた。

 雑誌に目を通しながら、振り返らずに由紀子が言う。

「ところであんた、その前に幽霊がどうとか、って言ってなかった?」

 さすが地獄耳である。

 洋太は落ちたパンを拾い、再び口に運んだ。

「さあ?」

 洋太はとぼけてみせた。

 姉に言い訳が効くとは思えなかったが、他に何を言えばいいのか思いつかなかった。

「ま、別にいいけど。しかし、あんたに霊感があったなんてね」

 由紀子は素直に感心したようだ。

「うちの家系が、手先が器用なことは知ってたけどさ。霊感まであったとはねぇ」

 面白がっている由紀子に、洋太は口をはさむ。

「姉ちゃん、絶対真面目に考えてないだろ」

「うん」

 間髪入れず返ってきた返事に、洋太はうなだれた。

「こっちは、一応真面目に昨日見たことを考えてんだから、邪魔するなよ」

 すると、由紀子は雑誌を閉じ、洋太のほうに体を向ける。

「昨日見たこと? あんたは、昨日一体何を見たって言うのかな」

 洋太は思わず口に手を当てたが、姉の目は好奇心でいっぱいだった。

 このような状況で姉に口で勝てたためしはない。

 洋太はあきらめて、昨日見たことを事細かに説明した。




「・・・・・・ってわけなんだ」

 話を聞き終わった由紀子は、真面目な顔をして洋太を見つめている。

「洋太、あんたもうその洋館に、近づいちゃ駄目だからね」

 いきなりの忠告に、洋太はあっけに取られた。

 姉ならば、こんな面白そうなことを放っておくはずがないと思ったからだ。

「何でさ?」

 不機嫌そうに眉根を寄せ、洋太は由紀子に尋ねる。

「あんたが鈍いのは、今に始まったことじゃないけど。普通に考えれば、その子の言動も、行動も、十二分ぐらい怪しいって思うでしょ?」

 由紀子は洋太に指を突きつける。

 姉の剣幕に洋太は何も言えず、こくこくと頷いた。

「それに何? 先人たちの奇跡、未知の草木。そんな怪しい言葉使うのは、人には言えない事してる危ない人達に決まってんでしょうが」

 姉の言葉とともに、昨日見た少女の顔が頭の中に甦ってくる。

 そう言われてみれば、まんざら姉の言っていることが嘘とは言い切れない。

「とにかく、触らぬ神にたたりなし、って言うしね。あんたが関わらない限り、大丈夫だと思うけど」

 洋太は素直にうなずいた。

 姉の勘がよく当たることを、洋太は経験から理解していた。

 由紀子はこの話題はこれまで、と言うように、元のようにソファに座りなおし、英語雑誌を広げる。

 居間には、屋根を打つ雨の音だけ響いていた。

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