1/79
序1
彼の家の近所には、古い洋館があった。
その洋館がいつから建っていたのかは、他の地域から越してきた彼には分からなかった。
近所の人の話によると、その洋館は少なくとも戦前以前から建っているらしい。
洋館の周囲を囲む緑のツタの絡まった高い柵。
手入れされないまま鬱蒼と生い茂る庭木や雑草。
赤いレンガの壁はあちこちが崩れ、白い漆喰は長年の風雨で黒く染まっている。
洋館は長い間人が住んでいなかったせいか、その庭は近所の子供たちの間で格好の遊び場になっていた。
近所の大人たちは、子供たちにその洋館にまつわる怖い話を聞かせて、何とか引き離そうとしていたようだが、かえって逆効果になってしまったようだ。
彼も例外ではなく、洋館に興味を持った一人であった。
しかし、洋館は荒れ果てている割には、玄関の扉には錠がかかり、全部の窓は雨戸で覆われ、庭から建物の中の様子をうかがうことは出来なかった。
いつしか、子供たちは成長し、その洋館に興味を示すものは少なくなった。
小学から中学、高校へと進むうちに、彼も洋館に対する興味を失っていった。