09
それからの翔馬は、毎日ポケットに武器を隠し持っているという強みの為か、自覚するほど気持ちが明るくなっていった。
「お、なんか最近チョーシよくねぇ?」
等と、マサシに声をかけられて、何度も"わんぱく"から極秘に入手したバクチクの事を打ち明けてしまおうかという衝動にかられた。
他人よりも凄いものを手に入れているという秘密は少年の気を大きくさせ、50m走のタイムも、小テストの結果も、いつもより大幅にアップした。
まるで、新聞の広告欄に掲載されている胡散臭げな金の財布だとか、翡翠の数珠だとか。
それを手に入れた爺さん婆さんの"喜びの声"を地で行く効果だと翔馬は思う。
そして、そうなると持っているだけではなく実際に使ってみたくなるのが人間の自然な欲望であり、こと小学生男子にそれを無視するのは無理な相談だった。
優越感と冒険心。
溢れる二つの抗えない想いを胸に、翔馬は放課後に散歩と称してブタバアを捜索するのが日課になっていた。
――今日は、隣の桔梗小のエリアに足を伸ばしてみよう。
ランドセルに教科書を詰め込んだ後、年始に配布される市内全域のマップを折りたたんだものを確認する。
友人たちは高学年になってやれ塾だ習い事だと忙しく、付き合いが悪い。
片や夜まで親が帰宅しない父子家庭の少年にとって、暇つぶしが出来るのは大歓迎だった。
目的はブタバア成敗、といえども校区内に留まらず自転車で知らない土地に独りで赴き
数々の発見をすることはそれ以上に翔馬を興奮させ、大人になった気分にさせるのであった。
夕食は昨日の残りのチンジャオロースをチンすればいいし…
でも往復に時間が掛かりそうだから、宿題をやる前にご飯を急速炊飯でセットして、お握りを作ってからいざ出発、ってところかな。
うんうん、と頷きながら翔馬は帰宅後のスケジュールを脳内でシュミレーションする。
「ねえね、なーんか楽しそうだけど?」
しかし、いきなり声を掛けられたためにお握りの中身を鮭フレークにするか、梅干しにするかの決着がつかないまま、思考が中断された。
「小和泉さん。」
翔馬は近づいてきたクラスメイトにギョッとしながらその名を呼んだ。
小和泉 恋乃、通称"こいぬ"。
教室内のどのグループにも属さない一匹狼な女子だが、楽しいことや興味のあることには貪欲で、
それを察知すると笑顔で何処にでもグイグイ参加してくるという恐いものなしの少し変わったタイプ。
そして、周囲もそんな彼女を気安く受け入れる。
魅力と協調性を持ち合わせていて、つまりクラスの殆どから憧れられている人物だ。
「なに見てんの?」
恋乃は翔馬が隠す様に握った地図を目敏く見つけ、差し出す様にと目線で命令する。
「いや、小和泉さんには、関係ないよ。」
翔馬は言い募り、ランドセルへ静かに手を突っ込む。
――バクチクのことがバレたくないから?
他校区へホイホイ出掛けることを咎められたくないから?
いや、単純に翔馬は恋乃の事が苦手なのだった。
「関係無いかもしんないけど、あたしにも教えてー。」
赤いリボンで結わえられている凝ったヘアアレンジの髪をピョコンピョコンと跳ねさせながら、甘えた声を出す恋乃。
これを食らってもなお、黙秘権を行使する男子はこのクラスにいないだろう。
しかし翔馬は違うのだった。
「いやホント。
これは今度の宿題の、課題で、調べようかなとか思ってるやつのアレだから。」
そそくさと切り上げてランドセルを背負い、机の横の手提げかばんを取り去ると一目散に教室を後にする。
恋乃の乱発する無邪気さや可愛げの有る仕草がワザとらしく思えて仕方ない翔馬は、どうしても避けてしまうのだった。
女の武器、技。
それらは全て自分と父、そしてクロームを捨てた母のことを連想させる。
―――母さんも、きっとあんな風にして、男を……
いや絶対、そんなハズ無い。だって母さんはそんなタイプじゃなかった…
翔馬は一気に萎んでいく心を、必死に立て直そうと全速力で走って帰った。