07
「ねえ、ショーマ。もし聞けないんだったらボクが、パパにキク?」
クロームがいつも通りのつぶらな瞳で、翔馬を覗き込むように見つめてくれる。
翔馬は膝の上に載せたクロームを抱きすくめ、涙声で「いいよ…」と呟いた。
「ショーマとボク、カナシイ…。」
強い力で腹部に埋め込まれたスピーカーが押さえこまれ、クロームの声はくぐもって、
まるで痛がっているように聞こえたので翔馬は慌てて半身を起こし「ごめん」と謝った。
「ダイジョーブ、イタクないヨ。もっとギユーして。」
クマの縫いぐるみが発する言葉に、翔馬はいたく感激して涙を流す。
こんな風に、父親と打ち解け合うことなんてできるだろうか、と考えて翔馬は心の中で否定する。
すっかり悲しみに暮れてしまって、干し柿みたいに小さくなった父親の背中。
自分が弱ってしまうと、益々心労をかけてしまうと翔馬は知っていた。
「あ、お風呂当番沸かさないと。」
しっかりしないと、と思うと同時に自らの役割に不意に気付いて、翔馬は時計を見やる。
夕飯は冷食のチャーハンをレンジで温めて一人で食べたが、風呂を洗って沸かすのを忘れていた。
離婚後も頑張って仕事に行っている父に、暖かい風呂で休まってほしいと翔馬が自分で提案し、実行している習慣。
「アメも降りそーだよ。」
「そっか、じゃあ洗濯物も取り込まないと…」
内部に湿度計やら温度計も取り付けられたクロームの身体は、簡易的な天気予報も行ってくれる。
まさかこんな状況になって、この機能が大活躍してくれる日がくるなんて母は開発当時夢にも思っていなかっただろうが、翔馬は子どもながらに一通りの家事が出来るまでになっていた。
「ただいまー」
父が骨の折れた傘を乱雑に傘立てに突っ込んでいる音がするのを翔馬は聞きつけ、
見ていたテレビのボリュームを下げて奥のリビングから声を掛ける。
「お帰りー。その傘壊れてるよね、明日不燃ごみだからソコの袋に突っ込んどいて。」
「はいはい、しっかりしてるねぇ。」
昇竜は脇に置いてあるビニール袋に無用の長物と化した蝙蝠傘を入れて返事をした。
「タオルか何か――」
続けて言おうとして、玄関の上がり口にバスタオルが綺麗に畳まれているのを見つける。
「助かったよー。」
昇竜は濡れ鼠になった身体を拭きつつ、ドアを開けて翔馬に礼を述べた。
「良いよ、クロームが教えてくれたんだ。
あの傘、ずっと折れてたもんね、新しいの買っとくよ。」
「ウチの息子二人は、ホント良い子ぞろいで言うこと無しだな。」
昇竜が言うのを受けて、翔馬は心の中でもう一人は縫いぐるみだけど…と思いつつ、
でもどちらも同じ母親から生まれたことには変わりないのか、と納得した。
僕と、こいつは兄弟?
翔馬は、父親が日曜大工で作った白い小さな椅子に座り、微笑みを浮かべたままの縫いぐるみを見やる。
「ボクとショーマは、イイコだよッ。」
クロームが突然喋り出し、翔馬と父はしばらく久しぶりの笑いに包まれた。