05
「オレって、その――学校では、結構、頭いいんだよ。」
ヤミオは言いにくそうに話し始める。
「だと思った。」
少年が、利発で努力家なことは翔馬も重々承知していた。
夕食後にそこまで仲良くない青年を伴ってまでも、天体観測等をしたいという熱意は相当なものなわけで。
「色んなコンクールで何度も賞取ってるし、絵画展で全国に行ったこともある。」
翔馬は何も言わず、手持無沙汰に弄っていた望遠鏡を適当に置き、地面に腰を下ろした。
「運動も得意で。走りはクラス1だし。まあ隣のクラスにタイム上の奴いるけど、
ソイツはサッカーチームに入ってるから。」
「へー、俺とは大違いだね。」
翔馬はヤミオのような仮面少年が教室でどんな風に過ごしているのか、全く想像できずに相槌を打った。
「オメ―はガッコ行ってねーだろ!」
突如、厳しいツッコミが飛んでくる。
「小学校には行ってたって、流石に」という翔馬の言葉は無視された。
「んで、親がデザイナーだから、金も持っててセンスも良いし。」
そう、ヤミオの父親は某有名アパレルブランドのデザイナーだった。
しかも社長。
18歳で服屋のアルバイトをしていた時から卓越した才能を発揮し、
その店の本社勤務となり、業界に名が知れ渡ったところで退職してオリジナルブランドを立ち上げ、
今や人気の芸能人がプライベートで着用していることでも有名で、
この伝説はご近所なら誰でも知っているエピソードだ。
だから、ヤミオは普段着でも周りのガキとは浮きまくっている、スーパーお洒落キッズなのだ。
室内着のスウェットから、外に出るのに着替える服がまたスウェットという翔馬とは大違い。
「んで、教師にも贔屓されてるし、正直メチャクチャ……
ほら、まあ、結構アレなんだよ。」
アレ、というボカされた表現に隠されたお年頃の照れを翔馬はすぐに見抜いた。
「なんだ。……モテる、わけね。」
言いにくそうにする少年に、助け船を出してやる。
「そう、そうなんだ、まあ、昔、はな。」
「むかし、ねえ…。」
翔馬は漏れ出しそうになる笑いを堪えた。
大人びたセリフを発するが、ただでさえ若い小学生の"昔"なんてのは赤ちゃん時代のことじゃないのかと想像したのだ。
「でも、今はこれを被ってるから、全然そんなことない。」
ヤミオは、通販番組の司会者のように自信ありげな語気で、自分の頭を中指でコツコツと叩く。
「だろうねえ。」
翔馬は納得する。
「女子に、モテないようにするために被ってるってワケか。」
ウザい女子を追っ払う装備、ということだろう
それにしては徹底した、かなり強引な手段だと翔馬は考える。
「でも、こんな強固に覆わなくてもよくない?
それくらいの年だと女子が煩わしいのは解るけど。」
「これくらいしないと、ホント、ヤバいんだ。」
「何が?」
翔馬は、普段ならわざわざ他人の秘めた心にドスドス入り込んでいくタイプではない。
好奇心も探求心も、人並み以下だと自覚している。
けれど、これも頼まれごとの内なのだ。
思い出すのはヤミオの母親からかかってきた、昼間の電話。
「あの子を助けてやってほしい」
懇願する、震えた受話器越しの声。
勿論、翔馬の返事は深刻な親の口調に対しドライなもので
「どうだろう、難しいと思いますよ。」
だったが、夜の静けさの中、
こうして語らい合っているのは決して嫌いじゃないと翔馬は感じていた。
他人からの相談事に対して、的確なアドバイスが出来るほどの人間性は持ち合わせていないけれど
この延長で、何か聞き出せたら、一人の戦う少年のストレスが軽減されたら、と思う心が働く。
実際に、目の前にいるヤミオは、この話を初めて他人に打ち明けるのだろう、
手の平を固く握り、汗ばんでいるように見える。
しばらく沈黙を貫いていたが、震える声でまた話し始めた。
「……ランテルディだよ。
……お前、学校に行ってなくてもそれくらいは知ってるだろ。」
その単語を耳にした途端、翔馬の背中は粟立つ。
「知ってるよ。」
「じゃあ、言うけど。
……オマエなら別に言ってもイイか、なー。
カンケイねーんだし……。」
銀の仮面が闇に浮かんで、じっと自分を試すように見つめるのを、翔馬は何かの儀式の様に思いながら黙る。
一つでも息をすると、蠟燭に灯された炎が消えるように、全てが台無しになってしまうかのような緊張感があった。
「2年前に。俺のクラス、イジメがあったんだ。
やられてたのは女子だけど。結構キツめのやつで。
最初は多分、女子同士の悪口とかだけだったんだけど
クラスの奴らほぼ全員で給食奪ったりだとか、掃除時間に皆でどっか行くとか
モノ隠したりとかになって。」
「大変だね。」
「でも、オレはあんまりそういうのに参加しなかった。
なんかガキっぽいし。」
翔馬は頷いて聞いている。
よくあるイジメだと、参加しない人間は友人関係に亀裂が入ったり
次のターゲットになったりするパターンが大半だが、
ヤミオには実力とスペック、完璧な後ろ盾、そしてそれらに裏打ちされた頑丈な自信があるので、
自らの信念を揺るがすこと無く日々をクールに過ごしていただろう事は、今の彼からしても容易に想像できることだった。
「そしたら、教師に頼られたりして、席を隣にされたりして。
結構、助けてたんだ…暇なときは普通に会話もしてた。」
「へー、ヤミオは優しいね。」
今の俺への対応と大違い、という台詞を翔馬は吞み込む。
「そしたら、ソイツ……死んだ。」
「死んだ…?いじめが原因で?」
その言葉を受けて、ヤミオは辛そうに俯いた。
表情こそ見えないが、少し泣いているように思える。
「―――だから、ランテルディだって。」
「……その子は、ヤミオのことが好きだったのか……。」
翔馬は話の流れから察した。
愛する人を思い出せなければ
脳が、腐っていって、
意識が
崩れ落ちて。
「そうらしい。
日記に、俺のこと色々書いてあったって。」
死んだ母親の最期の顔を、思い出さないように翔馬は頭を振った。
「だからこうするしかねーよな。」
ヤミオは仮面の位置をただすようにして、翔馬にその存在をもう一度アピールする。
翔馬はヤミオの気持ちを思うと、とても居たたまれなかった。
けれど、仮面なんかをつけて世界と隔たりを作ることが絶対に正しいことではない、と言いたかった。
愛されないように努力するなんて滑稽だ。
「――でも、その姿でも、君を好きになる人はいるよ。」
翔馬が言うと、ヤミオは一瞬驚いたように体を固めたが、
すぐに肩を震わせて笑い出した。
「変人だぜ。」