03
「お婆ちゃん、調子どう?」
断りもなしに他人の住居に上がり込んで廊下を突き進み、翔馬は老女へ声をかける。
玄関に鍵なんてかけない、THE・INAKA☆STYLEを地で行くこの家主は
縁側に座って飼い猫のブチ子を膝に乗せ、新聞をうつらうつらと読んでいた。
「おお、しょうちゃん。あれ、まだ早くないかい?」
居間に掛けられた年代物の振り子時計を確認して、お婆ちゃんは静かに口を開く。
翔馬は隣にしゃがみ込み、ブチ子の頭に手を置いた。
「父さんに急かされて、早めに来たんだよ。
午前中の方が涼しいからね。」
「ありがとね」
庭に出て持参したバケツの内側にビニール袋を重ね、草むしりに取り掛かる翔馬は上下スウェット、
白い軍手、近所のホームセンターで購入したスコップを持ち、麦わら帽子を深めに被った
いかにも草むしり、といった格好でキメた。
夏真っ盛りの雑草はこれでもかってくらい勢力をつけて青々と茂り、
前回刈った時からそう日も開いてないのに、伸び放題育った葉っぱたちに翔馬は溜息をついて取り掛かる。
こういう単純作業に時間が経過していくのは翔馬にとって嬉しいことだった。
一日することが義務付けられていない登校拒否者にとって、退屈というのは結構辛く、
昼間に読みたい本も漫画も、ゲームも特にないけど、じゃあ学校行くか!!!
……とはならない人間にとって、こういった
"ボランティア"はトウコウキョヒの良い言い訳、プラス人の役にも立てて十分な暇つぶしだ。
そのため、元から人脈が異様に広く、パパからママへの華麗な(?)変身後は特に周囲から注目の的になりやすい昇子は
"息子の健康とマトモな性格育成の為に"
あらゆる人間から細かな用事を取り付けては息子に振っていた。
「しょうちゃーん、そろそろ良いから。」
お婆ちゃんが声をかけてくれて、昼の訪れを知った翔馬は顔を上げる。
「お疲れ様ぁ。ご飯、食べてってねぇ」
立ち上がって伸びをするのも何時の間にか忘れて没頭していた為に、
腰がバキバキに硬直してしまっていた。
「ほんっと、ありがたいよぉ。」
お婆ちゃんは心底感激したように綺麗になった庭を眺め、翔馬の手をとってポンポンと叩く。
雑草山盛りのゴミ袋は三個目に突入していた。
「大したこと無いって、草むしりならいつでもやるからね。」
縁側に折りたたみテーブルを広げて、氷のたっぷり入った素麺を二人ですする。
「これトマト、親戚がくれたのが沢山あるから、持って帰って家でも食べてね」
年季の入ったデザインのガラス器に、雫が滴るトマトが薄い半月型に切られて並んでいる。
「ありがと。オレ、トマト好きだから嬉しいよ。」
翔馬が笑って返すと、お婆ちゃんは寂しそうに言った。
「あたしの息子もだよ……トマト、好きだったんだけどねぇ。」
いまは、もう、食べさせてやることもできないね。
悲しそうに眉を八の字に下げるお婆ちゃんに、翔馬は何かを言おうとはしなかった。
翔馬の母も、息子さんと同じく"禁断"にかかって不幸な死を迎えたからだ。
同じ目にあっている者同士、中途半端な口先だけの言葉が何の慰めにもならないことは十分解っていた。
"禁断"――原因不明の奇病か、はたまた呪いの類か。
縁側の脇にひっそりと畳まれた新聞にも、新たな犠牲者の数と、いつもの煽り文句が載っている。
「せめて、原因さえわかればね。」
お婆ちゃんは切なそうにつぶやいた。