02
「オタンジョビ、オメデトー!」
4歳の誕生日プレゼントでもらった、カラクリぬいぐるみの"クローム"が、
長い睫をバシャバシャ動かしながら未だ眠りにつく主人、翔馬へ毎年恒例になっているお祝いの言葉を述べる。
「オメデート、オメーデト!!!」
「……うるさいよ、ミュート。」
「だって、オメデトだもん…。」
翔馬は枕に顔を埋めたまま、横目で壁にかけた時計を確認した。
10時。
昨晩、というかほぼ早朝までゲームに勤しんでいたにしては、なかなか早い目覚めである。
「もうちょい、寝るわ」
「ショウマ、ゲンキだしてっ」
頓珍漢な発言を繰り出すぬいぐるみに呆れた溜息を返し、翔馬は再び瞼を閉じる。
そろそろコイツも寿命かな、と思い始めて、早3年は経っていた。
しかし動く限り捨てられないでいるのは、長年一緒にいた故の情が染みついてしまっているからで
只でさえ捨てるのが忍びない、可愛い外観のぬいぐるみに人工知能等というブツを搭載した奴はなんて罪深いのか。
そんな風に思いを馳せながらまどろんでいると、
突然部屋のドアが外れるのではないかというくらい爆音を立てて開けられた。
「あんたねー、いい加減起きたらどうなのっ!?」
夏のダルさも手伝って、ダラダラ眠気に身をまかせていた翔馬は、天変地異の前触れかと思わせるぐらいの反射で上半身を起こす。
「んもーーーっ!!」
ドスドスと鼻息の荒い牛の様にベッドに近づいて、
その怒れる人物は薄手の布団をテーブルクロス引きを披露するマジシャンの如く、スピーディにはぎ取った。
ピンクのチェック地にチューリップのワッペンが付いたエプロンを着こみ、
長い髪の毛にカーラーを巻いたまま憤怒の姿勢をあらわにするのは、翔馬の父親、昇竜
――改め、昇子である。
「パパ、オハヨ!」
「おはよクロたん。っほら!!!今日は裏のお婆ちゃんとこで草引きすんでしょ!!」
昇子はクロームに優しく返事をした後、翔馬に向き直って怒号を浴びせた。
「はいはい、それはでも夕方の陽が落ちてからって約束だし。」
「ダーメッ!午前中の早い内に済ませちゃいなさいよ、アタシも今日は用事あんだから。」
引きちぎる、といった動作がしっくりくる力強さでブチイイッと髪からカーラーを外すと
昇子の硬く剛毛な髪の毛がボリュームを増して膨らんだ。
「大体あんたね、夕方なんて学校帰りのコ達に見られちゃうわよー。」
シレっと言い放つ昇子。
翔馬は17歳、本来ならば高校二年生だが、入学式以降一度も校門を潜っていない、
筋金入りの登校拒否生徒だった。
「わかったよ。」
翔馬はパジャマ代わりにしている灰色のスウェットをもたもたと脱ぎ、普段着用の黒いスウェットに着替えた。
「ダッサいんだからぁ…」昇子が頬に手を当てて呟く。
以前の翔馬ならここでオンナみたいなこと言うんじゃないよ、と突っ込んでいたが、
もう父は"母"と化して三年経つ。
すっかり馴染んでしまった女言葉に今更口を挟むような時期は通り越してしまった。
最初の頃は学校に行きなさいね、と心配しながらやんわり言っていた昇子も今や、
"ガッコウ"や"トウコウキョヒ"を笑いのネタとして扱うのと同じである。