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「最近、あの噂あんまり聞かないね。」
給食後、マサシの席に集まって男子数人で談笑していると、友人の一人コウセイが土砂降りの窓の外を眺めた後、思い出したように呟いた。
「何だ何だ?」
マサシが『ワンピース』だけを丁寧に切り取った今週号のジャンプ、通称"軽ジャン"から顔を上げて好奇心いっぱいの眼でコウセイを促す。
「ほら、先生の言ってたさあ、不審者。」
「ああー、ブタバアね。」
翔馬がビクリと肩を飛び上がらせたのに見向きもせず、訳知り顔のマサシは鼻で笑って続ける。
「ご説明しよう!!ブタバアは、警察署に捕まって、牢獄の中にいる!!!!!」
「牢獄……?」
翔馬は聞き返した。
「そ。これは確かな情報だぜ!!
俺の親父の知り合いに、警視庁のニンゲンいるからさ。
ブタバアは、その名の通りブタバコ行きってこーと!!」
その言葉を聞いて、翔馬は心底安心し、今にも喜びで踊り出しそうな勢いだった。
「やっと捕まったんだー」
コウセイも、翔馬とは別の意味でほっと胸を撫で下ろした様子で呟く。
「ま、何人もの小学生たちを絶望の淵に陥れたんだからよ、死刑はカクジツだな。」
マサシは得意げにウンウン、と悦に入った表情で頷き、
とんでもないことを言うなあ、と翔馬は思ったが、嬉しいニュースを教えてくれた彼に免じて口には出さないでおいた。
ブタバアは、母さんじゃなかった!!!!!!!!!!!
――となると、入院しているという母の病状が心配になるのは必然で。
「もしかしたら、やっぱり病気のせいでママは僕たちを置いていったのかも…?」という妄想が翔馬の心に
ムクムクと膨れ上がっていく。
父親は何て言っていた?
もう数か月前のことなので細部までは思い出せないが
「かなりしんどそうだ、」という様な事を教えてくれた気がする。
良くなったらまた誘う、とも。
しかし未だに呼ばれていないという事は、芳しくない状況なのだろう。
小5と言えども、今生の別れというのがどんなものかはドラマや漫画で何度か見たから知らないという訳ではない。
翔馬の胸にはほぼ初めてに近い罪悪感が広がっていった。
「やっぱり、母さんを無視するって、悪いことだよね。」
突然の翔馬の言葉に、マサシとコウセイたちの身体が硬直する。
両親がリコンして数ヶ月、母が出ていった形もあって住居もそのまま、苗字も父方の姓なので変化こそなかったが、皆"翔馬の家庭の事情"については何処からともなく耳にしていたし、なるべく触れないように気遣っていた。
それがこのタイミングで初めての"母さん"発言。
どうしたどうした、と翔馬以外のメンバーが目線で探り合いをする。
「ちょっと…母さんが、入院してるらしくってさ。」
翔馬は努めて明るく言い、そして自分自身でも驚いていた。
気が緩んだのか、こうして友達に相談じみたことをするのは初めてだ。
「そうなんだ、でも、お見舞いには行ってないってわけ?」
軽ジャンを読む手を止めて、優等生のカイトが尋ねる。
「ん。何か…恐くってさ」
まさか自分の母親がブタバアかも知れないと疑っていた、という事は避けて翔馬は言った。
「ふーん、じゃあさ、アレつくろーぜ!」
マサシが両掌を勢いよく打ち鳴らして叫んだ。
「修学旅行で6年達が持ってったアレ!!ほら、折り紙のやつ!!」
「ああ、千羽鶴ね。」
「病気が治るって言ってた」
「千とかヤバくね?」
「だからさあ、皆で………」
翔馬を置いて、友人たちは千羽鶴作成計画をあれよあれよという間に進行させていた。
「おーい!!女子たちもさあ!!!!」
マサシの呼びかけにクラスメイト達が反応する。
まるで、道徳の授業でみるNHKのテレビ番組の様だと翔馬は教室内の盛り上がりを俯瞰した目線で見詰め、そうかこれで、母親に会いに行く理由がひとつ増えた、と喜ぶのだった。