12
「ママ―――!!!!!ショーマ、待テたよー!!!!」
はずんだ声は、感情のないはずのクロームが喜んでいるかのような表現力を持たせる。
「ママ――!!コドモの、ショーマだよーーーー!!!!」
「やめろ!!!!!!!」
翔馬は眼を見開いて、吐き捨てるように叫んだ。
「違う、違う!!!こんな奴は違うから!!!!」
「ナニ違う?声紋分析結果ハ確」
「違うんだって!!!!!!」
翔馬はもう一度、クロームの言葉を否定すると、自転車を起こして闇雲にペダルをこぎその場を走り去った。
ブタバアはウゾウゾと、醜い芋虫の様にスローな動きで何をするでもなく身体を揺すっていた。
*************
「翔馬、クロっ、ママが……入院する病院、行くか。」
数日後、仕事を早めに切り上げたのだろう、小学校から帰宅するなり待ち構えていた父親に声を掛けられた翔馬は心の中でとうとうやって来た、と身構えた。
寂れた商店街の夕暮れの中で、徘徊するブタバアと遭遇したことをクロームが告げ口したのは確実で、そうなれば"クロエさんにぞっこんラブ"な父親が様子を探らないはずがない。
「いい。行かない。」
翔馬はきっぱりとそう言った。
「そう、か。いや、その方が良いのかもしれない。」
父親は寂しそうに笑ってそう言った。
「ちょっと、しんどそうだから。もっと良くなったら、また誘う。」
その言葉から、翔馬は既に父親が何度か母に会っていることを確信する。
そして、やっぱりブタバアは母親だったのだ、とも。
噂に違わぬ、汚らしく太り切ったあの姿。
言葉が通じず、ゆっくりとしか動作できない独特の生き物を回想して翔馬は母親だった人間を灰色のナメクジに似ているとすら思った。
「あんなん、絶対違う。」
翔馬は父親が去った後、床に敷かれたカーペットに倒れ込むようにして呟いた。
完璧なカラーコーディネートで統一されたインテリアは全て母親が揃えたもので、頬を優しく擽る毛足の長いこのカーペットだって例外ではない。
そう、あんな、ヨレヨレのダルダルの、意味不明な英単語がデカデカと書かれたTシャツはお洒落な"香木 クロエ"なら絶対に着ない。
薄っぺらい、偽物デニムの水色ズボンも、「死んでも履かない」と言っていたものだ。
「やっぱ…違うんじゃないかなあー」
翔馬は呟いた。
「ナニが違ウ?」
クロームが答える。
「ううん。何でも無い。」
翔馬は黙った。
クロームがまた、声紋判定だ、サーモグラフィだと証拠を提示してくるのが恐かったのだ。
最悪、もしブタバアが母親だったとしても、見舞いに行くのはあの姿では無くて、
元の、痩せて髪の毛も綺麗に整えられて意識もハッキリした以前のママじゃないと絶対に嫌だ、と翔馬は心の中で誓った。
しかしその日は永遠に来ない。