11
まるで鉄砲をぶっ放したような爆発音が響き、翔馬は一瞬ギョッとして暫く緊張感に身体を凍らせたものの、誰もいない街頭からは彼を怒りに出てくる大人はいなかった。
「ほんっと、静かな場所だなー」
翔馬はクロームに語りかける。
「チョト、おかしいかもしれナイね…もう夜だシ、帰ったホウ…アッ!!」
クロームは目の玉のカメラで何かを捕らえたらしく、叫んだ。
「ど、どしたの?」
「"玉池縫製店"の角、ナニかウゴイタよ。」
「え?」
翔馬は慌ててクロームの見詰める先へ目を凝らす。
他の店と同じく、灰色のシャッターで閉ざされた店の曲がり角。
確かに…打ち捨てられたように並んだ水色のポリバケツの向こう側に何か居そうな気がしなくもない。
「猫、かな…?」
「ネコ。」
翔馬は気が大きくなっているまま、咄嗟に手の中の癇癪玉をその方向に勢いよく投つけた。
再び、大きな音が炸裂し、"それ"が騒々しい音を立てて飛び出してくる。
「うわああああああああ!!!!!」
「ヒィイイイイ!!」
叫びながらこちらに突進してきた巨体の、男女どちらかも解らない汚らしいナリをした人物に翔馬は蒼褪めて後ずさりし、自転車と共に盛大に倒れた。
「い、いってぇ…」
膝を酷く擦り剥いてしまいかなり痛むが、それでも逃げようと翔馬はクロームの入ったナップザックを手探りで探す。
巨体の人物は獣が腐ったような悪臭を放ちながら立ち止まり、両手を腰の横に広げて、追ってくる敵を探す様にキョロキョロ辺りを見まわしていたが、足をかばいながら自転車を起こそうと奮闘する翔馬に気付いてノゾノゾと這う様に近づいてきた。
ドッドッド、と心臓が地獄の太鼓の様な恐怖のリズムで翔馬の胸を激しく打ち鳴らす。
「おお、お、」
「わ、わああああ!!あ、あっちへ行けよ!!!!」
翔馬は強い口調で叫んだ。
普段から"大人しくて穏やか、自分の主張をあまりせず他人の意見に従う性格"と通知表にも評されている自分が、オトナに対して敬語抜きでこんな風に暴言を吐く、という違和感を覚えながらも尚、口から罵声が飛び出てくる。
「来るな!ババア!!!」
「赤チャン、赤チャン。」
手を伸ばし、意味不明な言葉を呟きながら近づく巨体から後ずさりしつつ、翔馬はこいつが噂のブタバアだと確信を持った。
「ば、バクチク!!!!!!!」
そしてその途端にふと思い出し、再びポケットに手を差し入れる。
「マッテ!!!!!!!」
しかし、クロームの叫びによって翔馬の行動は阻害された。
緊急時のみにおいてしか、ボリュームが上がらない設定がされているクロームの口に内蔵されたスピーカーから異例の大音量が発せられたのだ。
「ど、どうしたの…」
「まま!!!!
ママ!!!!!!!クロームだよ、ママ!!!!!!!!!
ショーマと、クロームだョ!!!!!!!
ショーマ、ママだよ!!!!!!!」