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怠惰な少女は意外と心配されているようだ

 警報が鳴り響いた。

『緊急警報。緊急警報。魔物の接近を確認。各員、迎撃準備』

 レーヴァとインヴェルノも現場へ急行する。

 インヴェルノの武器としての初陣とも言えるが、本人は緊張もしていないが気乗りもしていないようだった。

「イヴ?」

「……はい」

 何かに気付いたのか、後ろからついてくるインヴェルノを振り返るレーヴァに、何でもないように返事をする。

「どうかしたか」

「……いいえ」

 そう返せば諦めたのかそれ以上追及されることはなかった。



 現場は均衡状態だった。

 二人が到着した時にはすでに非戦闘員の非難は完了していた。魔族も出現しているという情報はなく、ただ魔物の数が多いために手こずっていたようだ。

「俺は前に出るけど、お前はここらへんで援護を頼む。誰も死なすな」

「……それは、主から離れて他の人間を護れ、ということでしょうか」

「そういうことだ」

「……承知しました」

「よし、それじゃ行ってくる」

 そう言って飛び上がるレーヴァの背には炎の翼が現れ、羽ばたくと同時に魔物の群れへと突っ込んでいく。

 自分は前線に突っ込んでいき、武器には他の人間を護れと命令する――。

「……面倒な主」

 小さくなるレーヴァの背を見送り、ぽつりと呟くとインヴェルノは己の影に魔力を込めて周囲に広げる。

「……はあ…」

 ため息とともに地面を張っていた影が上へと鋭く長く伸び、魔物を串刺しにしていく。

 いっそこの場にいるのが魔物だけだったなら一気に片づけられるのに、とは口には出さない。味方がいるせいで大分行動は制限されるが逆にこれを言い訳にして少々手を抜いても咎められないだろう。

 そこまで思考し、インヴェルノは自嘲的な笑みを微かに浮かべた。

 自分が怠けたところで口うるさく説教する人間はもういない。

「……怒る、かな」

 あの新しい主は怒るだろうか。……否、怒ることはないだろう。そもそもまだインヴェルノが本気でやっているか怠けているかの判断もつかないはずだ。

 主の要求は『誰も死なすな』――それを忠実に守ればいい。そこにインヴェルノのやる気具合など関係ないのだから。



レーヴァは前に出ながらも後方のインヴェルノの様子を確認できる場所にいた。心配はいらないだろうが一応監視という役割もある。己の影を操り次々と魔物を屠っていく様子は確かにすごいが危険とまでは思われないレベルだ。

「へー、ロカ軍事顧問から聞いてたけど、本当にあの子出てきたんだ」

 視線を横へ移せば、レーヴァと同じくインヴェルノの方を見ている人物がいた。

 四騎士の一人、風の『アネモス』――ブリサ=ベンダバールだ。

「ブリサさんはイヴのことを?」

「そりゃあね。一応あたしは先代の『フォティア』の先輩的ポジションだからさ」

 ブリサは今では四騎士の中で最も古いメンバーである。エキノクシオがフォティアとなる前からすでに四騎士として名を連ねており、王国一の魔術師とも言われている風の使い手だ。

「ま、あの子はエクスとしかまともに口をきこうとしなかったからそんなに接点はなかったんだけど」

 当時から『フォティア』エキノクシオの私兵、『怠惰』のインヴェルノはエキノクシオにしか従わないとしてそれなりに有名だった。四騎士は確かにそれぞれ私兵を持ち、彼らは軍の命令に関わらず四騎士の意思で動くのだが、『怠惰』はそれが顕著だったのだ。ほとんど人前に出てこず、その顔を知る者も少ない。何度か会う機会があっても大体はエキノクシオの後ろに控えるように佇み、自分から口を開くことはなかった。

 ただ、その戦いぶりだけは前線のものなら知らぬものはいないと言っていいだろう。

 実際に目にすることこそ少ないが戦歴は隠せない。

 故に『怠惰』の名が独り歩きしていた。

 曰く、彼女はたった一人で百万の魔物の軍勢を撃退した。

 曰く、彼女の魔術は一撃決殺である。

 曰く、彼女に敗北はない。

「え、それってでもあくまで噂ですよね?」

 レーヴァも風の噂で聞いたことくらいはある。しかしさすがに言い過ぎだろうというのがこれまで彼女を見てきたレーヴァの見解だった。

「まあ確かに噂として大分誇張されてはいるけど、だいたい間違ってないのが恐ろしいところなのよねえ」

 ブリサが肩をすくめて苦笑いする。

「おーい、お前らー、堂々とサボってんじゃあねえよー」

 二人の頭に拳骨が降って来た。

「いっ…たいじゃない!何するのよお」

「戦いに集中しろー、死にたいのかー」

 のんびりした物言いながらも手は休むことなく周囲の魔物を屠っていく。

 『アネモス』の私兵――ラーファガ=トルブレンシア。身体中に刺青を入れて一見怖そうに見えるが存外真面目な性格らしく、むしろ適当なブリサの手綱を引く役目を担っていると言っていい。不愛想だが面倒見がいいと一部の女子に人気があることは蛇足である。

「すみません」

「あー?いちいち謝んなー。どうせブリサに巻き込まれたんだろうがー」

「えー、何それひどくない?」

 抗議の視線をあっさりと躱し、ラーファガはブリサの首根っこを捕まえてずるずる引きずるように連れていく。

「あたしは可愛い後輩たちを心配してだねえ?」

「どうせ大したアドバイスなんぞ出来んだろうがー」

「相変わらずの辛辣さ!」

 ガビンッと大袈裟に落ち込んで見せるブリサに、ラーファガは面倒くさそうにため息を吐いた。

「お前が心配したところでどうにかなる様なモンじゃあねえだろー」

「そりゃあわかってるよぉ」

 それでも何かしたいって思っちゃうのが先輩でしょ、といつものようにおどけた様子でそう言えば、ラーファガはまた大きなため息を吐くのだった。

「あいつは強えよー。お前なんかに護ってもらわなくても、十分になー」

「なんか、ってのはいらないと思うんだよねえ」

 四騎士に名を連ねる最も古いメンバー。

 四騎士に選ばれた魔術師が強いことは知っている。

 けれど同時に、それでもあっさりと死んでしまうほどに弱いことも知っている。

 自分以外の四騎士が代替わりを繰り返していく。

 臆病になって、どうしても世話を焼きたくなってしまうのも仕方がないと思ってほしい。

 しかし、レーヴァ=オーレンベルクを護りたいと思うのにはもう一つ理由があるのだ。

「期待してるのかー?」

「うん。大分ね」

 きっと彼なら、護ってくれると思うのだ。

 世界の残酷な面ばかりを見せられてきた彼女のことを。

 逆に、彼がもし死んでしまったなら――そんな事を想像するのは縁起でもないが――今度こそ、あの子は壊れてしまうだろう。

 護るも壊すも彼次第――と言ってしまったらさすがに彼に負担がかかり過ぎだろうか。けれどこれは彼自身が選んだ道でもある。彼女を武器にしたのだ。相応の覚悟はしているだろう。

 互いに傷を抱えた者同士、傷をなめ合うだけの陳腐な関係からでいい。

 始まりは然程重要ではないのだから―――



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