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怠惰な少女は絶望に呑まれる

 魔物の大群が学院へ向かっている―――

 その知らせを受け、生徒たちの避難を信頼する妹、インヴェルノに託し、ジュビアとともに教師陣を集めて魔物を迎え撃つ準備をする。

 魔物の襲撃も討伐も珍しいことではない。本部の発見が遅れたというのは確かに不可解なことではあるがそこまで懸念すべき事項ではないと考えていた。いつものようにすべて掃討して、それから理由については言及すればいいと、そんなのんきなことを考えていた。

「これはやばいよ、エクス君。校舎の方にも魔物が出現してる」

 こんな現象を見るのは初めてだ。ジュビアもかなり焦っているがどうしようもない現状にひたすら目の前の魔物を打倒していくことしかできない。

「これは、何なんだ。魔物が湧くとか見たことねえって」

「私も初めてだよ。どういう原理かわからないことには止めようもない。どこかに親玉がいて、そいつを叩けば終わる、なんて単純な構造だといいんだけど……」

 たとえそうだとしても、この大群の中から親玉を探し出すなんてことはほぼ不可能だ。雑魚を消している間にいつの間にか親玉も消してたぜラッキーな展開を望むが現実はそんなに甘くないから理想という言葉が存在するわけで。この状況と後方を任せてしまった妹のこともあり、エキノクシオは珍しく荒れていた。

「メテオッ!」

 怒鳴り声のような短い、詠唱とも言い難い詠唱を紡げば空から無数の隕石が降って魔物たちを地へ落とし無残に潰していく。

「ちょっとちょっとー、可愛い妹が心配だからって私たちを巻き込まないでよー」

「巻き込んでないだろ。そんなヘマするか」

 ジュビアの茶化すような物言いに低い声で答える。実際、エキノクシオの魔術は味方の誰も傷つけていない。これも、エキノクシオが『フォティア』たる所以である。

「でもまあ気持ちわからなくはないけどね。これだけの数がもし校舎の方に湧いてたら、イヴちゃんは一人で対峙しないとなわけだしね」

「……それ、わざわざ言うか?ほんと性格悪いな」

 こちらの不安を煽ってくるジュビアに不快を隠すことなく顔に出す。

 インヴェルノは強い。それは自他ともに認めるところである。闇系統の魔術を得意とするインヴェルノは『怠惰』というコードネームの通り、迅速かつ確実に敵を倒す。愛用の魔銃剣はインヴェルノが魔力を込めれば、百発百中、一撃決殺の魔弾を放つが実はこれには致命的な欠陥が存在する。インヴェルノの魔弾は生きているものに反応する。そこに敵味方の判断は存在しない。つまり、味方とともに戦うことができないのである。どんなに敵が強くても、どんなに敵が多くても、インヴェルノが全力で戦うためには常に一人でなければならない。

「まああの子のことだから無理することはないと思うけど……早く何とかしたい気持ちは私も同じよ」

 無理無茶して戦うようなタイプではないから本気で危なくなったらどうにかして逃げるだろう。

 ……逃げるのも面倒だとか思わなければの話だが。

「フラグ立てるなよ……」

 何にしてもこの状況を打破しなければどうしようもない。

「援軍は……まだ来そうにない、か」

 たとえ援軍が来たところで状況がひっくり返るのかと言えば必ずしもそうとは言い切れないのが苦しいところだが今は人手が欲しいところだ。無限に湧く魔物の対処でさすがに皆疲労の色を隠し切れなくなってきた。そろそろ魔力が尽きる奴が出て来てもおかしくはない。

「ッ、エクスッ!」

 珍しく切羽詰まった声で叫ぶように名前を呼ばれ、エキノクシオは反射で素早く身を反転させた。一拍遅れて、自分に向かって放たれる光線をぎりぎりで避け、急いでその場から離れる。

「何だ、今の?」

「まだ来るよ!」

 ジュビアのその言葉の通り、先の一撃を皮切りに、魔物の間を縫うように光線がこちらへと向かって放たれている。いや、正確には縫ってはいるのではなく魔物を消しとばしながらこちらへ光線を放ってくる奴がいる。

「まさか、魔族か……!?」

 これだけの魔物を使役し、さらにその魔物を一瞬で消しとばしながらエキノクシオたちがいるところまで威力を衰えさせることなく光線を飛ばすことができるほどの力を持った魔族。

「まさか、魔族まで来るとはね……前線の奴らは一体何をしているんだか……」

 今まで長い戦争の歴史の中で学院に魔物が進行してくることはあっても魔族が直接出てくることはなかった。それ程ここを脅威に思っていなかったのか、それとも前線に人を割いてこちらへ手を回す余力がなかったのか、何にしてもこれは前代未聞の事態だ。

 いたるところで悲鳴が上がる。

 消耗しきった教師たちが次々と光線の餌食となっている。

 ここが普通の戦場ならば迷わず撤退を命じるところなのだが、生憎そうもいかない。自分たちが退いてしまえば後ろにいるのはまだまだ未熟な、戦ったことのない生徒だ。彼らを守ることが、教師の役目なのである。何としても、ここで食い止めなければならない。

「行くぞ、ジュビア」

「ま、そうなるわよね」

 まだ余力を残しているのはエキノクシオとジュビアのみ。二人がこの光線を放つ大本まで辿り着き、破壊すればこちらの勝利。二人が光線の餌食となればそこでジエンドだ。

 シンプルでわかりやすく、また分の悪い賭けである。

 エキノクシオは邪魔をする魔物たちを灰にしながら光線を放っている方向へ進む、今はまだこちらとは違う方へ飛ばしているようだがいつその矛先が向いてくるかわからないので細心の注意を払いながら、素早く距離を縮める。その後ろから気配を消したジュビアがエキノクシオの身体に己の身を隠すようにしながらついていく。気づかれないよう、万が一エキノクシオの攻撃を退けられたとしても、ジュビアが不意を打つことで確実に仕留めるために。

「見つけた――ッ」

 小さく呟く。エキノクシオの視線の先には思った通り、無造作に光線を放つ魔族の姿があった。黒い皮膚、黒い瞳に金色に光る開いた瞳孔。人間と姿形は似ているがその身体から発せられる禍々しい魔族は疑うべくもない。

「闇を溶かせ、燃やせ、跡形もなく、消炭と化せッ」

 魔族の頭上に巨大な炎が剣の形となって表れ、そのまま落下し貫く――はずが、それは魔族の片手で軽々と受け止められてしまった。

「おいおい嘘だろ」

 エキノクシオが顔を引きつらせる間に、背後でジュビアが間髪入れずに用意していた氷の雨を降らせる。大気の水を操りさらに温度変化を加えることで水よりも殺傷能力の高い氷を生み出す、高難易度の水系統の魔術。そのほとんどを先ほど片手で受け止めた炎の剣を振るうことで消しとばし、取りこぼした分は最小の動作ですべて片手で弾き飛ばした。

「魔族ってこんなでたらめな奴だったっけ……?」

「強さもでたらめだけど、その能力も大分たち悪いみたいね」

 見て、とジュビアがの視線の先を追うと、先の魔族の光線に撃ち抜かれた教師たちがゆらゆらと立ち上がっている。その目に正気の色はない。

 光線で撃ち抜いた者を眷属として操ることができる、といったところだろう。

 原理はわからないが一度死んでから操られているとなるとおそらく心臓を撃ち抜いても手足を断ち切っても肉体がある限り活動を止めない。跡形もなく、灰と化すまで。

「どうやらこの中では貴様らが最も強者であるようだが……私の脅威となり得るものではないな」

 初めて魔族が口を開いたかと思えば出てきたのは明らかな侮蔑。

「キレていいかな」

「死にたいならどうぞ?」

 カチンときて思わずそう口走れば後ろから冷たく返された。

「ねえ、目的を聞いてもいいかしら?何故、前線から離れたこの学院に襲撃してきたのか」

「戦争に、そんなことが関係あるか」

「そうね。大抵の攻撃行動はそれで説明されてしまうけれど、これまで学院にあなたほどの力を持った魔族が襲撃してきたことはないわ。何か目的があるのでは、と疑うのは当然じゃないかしら」

 目の前の強敵に物怖じすることなく淡々と問う。

「仮に目的があったとして、それこそ、これより死にゆく貴様らに教える義理などない」

「冥土の土産と言うでしょう?」

 死ぬつもりなんてないくせに、とは口には出さず、無言のまま動かない魔族の様子を探る。

「……人間の言葉か。くだらぬ。目的が知りたければ己の頭で考えるんだな。私はこの学院にいる者どもを一匹残らず始末するだけだ」

 貴様らも、貴様らが隠している生徒とやらも全員。

 言うが早いか、魔族は二人に光線を放つ。寸でのところで避けて隙を見ては攻撃を加えるもやはり全く利かないらしい。今は何とか均衡状態と言えるが何時こちらが劣勢になってもおかしくはない状況だ。加えて光線にやられた教師たちは二人を襲ってくることはなく迷わずシェルターの方へと向かっている。魔族の相手をしていたらシェルターの生徒たちに危害が及ぶ。教師を追えば、容赦なく魔族に殺される。

 選べるのはどちらか一つ―――な、わけなのだが。

「なめるなあっ!」

 さっきからやられっぱなしでその威厳を忘れつつあるが仮にもフォティアの称号持ち。そして、軍人である。たとえそれが見知った人間であっても、脅威となるならば排除しなければならない。

 エキノクシオの膨大な魔力が炎の海となり、眷属と化した教師たちと正面からぶつかり一瞬にして灰にしていく。魔族がエキノクシオへと光線を放とうと腕を前へ突き出せば、その指先から徐々に魔族の身体が凍っていく。ジュビアの魔術だ。そこから全身を凍らせようとするジュビアだがその前に魔族は自ら凍った腕を切り落とした。ジュビアはさらに切り落とした箇所からあふれ出る血を凍らしていく。それと並行して両足も同じように凍らし動きを奪う。

「あなたが強いことはよくわかった。理由はわからなかったけれど目的もわかった。生徒たちも全員殺すなんて言われたら……私も教師として、生かしたまま捕らえようなんて甘いことは言っていられないよね」

 凍っていく己の身体を無表情に見下ろす。何を考えているのか全く読み取れない。まだ何かをするつもりなのではないかと、ジュビアは警戒の姿勢を崩さない。

 エキノクシオは校庭や校舎の一部までも巻き込んでしまってはいるが教師も魔物もそこに姿はなく、ただ朱い炎がごうごうと燃え上がっていた。魔族の動きを止めたからか、あの無限湧き現象も今は起こっていない。

 残るは、魔族ただ一人。

 それも、もうジュビアによって首あたりまで凍った状態だ。もはや何も出来はしない。

 それでも、気を抜いていたわけではない。油断していたわけではない。

 しかし、それはあまりに突然の出来事だった。

「見つけた」

 その言葉を聞き取った時にはすでに魔族の口から光線が吐き出されていた。

 向かう先は―――

「イヴ!」

 魔物が消えたことでシェルターの側から離れ、兄の元へ行くために丁度校舎の陰から現れたインヴェルノだった。


 インヴェルノは周囲に己以外の生物がいなくなり、引き金を引く指を止めて腕を下ろした。随分と長い間撃っていたようで指も腕もかなり怠い。このまま眠っていいと言われたらその場で横になって一瞬で夢の世界へ旅立てるほどに、今日の自分は頑張ったと己で己を称賛する。魔物の気配もなくなり、まもなく兄もこちらへ姿を見せるだろうと思っていたところに、肌が焼けつくような熱を感じ、そこから微かに感じるエキノクシオの魔力も感じ取ったインヴェルノは兄の元へ向かうべくそちらへと足を進めた。

 今となっては、何故そこでいつものように怠惰にその場で兄を待つという選択肢を取れなかったのかと悔やむことになるのだが、当然この時のインヴェルノはこの後に自分に降りかかる災厄のことなど知る由もなかったわけで。後悔先に立たず、とはよく言ったものだ。

 校庭へと出て、兄が己の名を呼ぶ声が聞こえた。向かってくる光線に反射的に己の影を操り障壁とするが一瞬にして消しとばされた。

 インヴェルノは目を閉じなかった。

 故に、その始終をはっきりと己の目に焼き付けてしまった。

 光線が障壁にぶつかり、砕け散り、わずかに速度を落としながらも確実に自分を貫こうと伸びてくる。その光線と自分の間に、この世で最も大切な人が身体を滑り込ませ、鮮血が宙を舞い、生温かい血はインヴェルノの顔や髪を赫く染め上げた。

 ―――朱い炎

 ―――赫い血

「いけない!イヴちゃん!」

 ジュビアの声は、インヴェルノには届かない。

 かつてインヴェルノを染め上げた絶望の二色。

最後に添えられる黒は、インヴェルノの闇の黒。

「ああああああああああああああああぁぁぁぁあああぁあぁぁぁぁぁああああああッッッ!」

 インヴェルノの絶叫に呼応するように、そこを起点として闇が広がっていく。全てを呑み込んでいく闇。建物も、炎も、人も何も、かもを呑み込んでいく闇。


 その日、アウローラ学院は跡形もなく、消えた。


一気に登場人物消失しましたが一応ここまで前振り的なものでこれからがメインなので……

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