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怠惰な少女が護りたいのは兄だけである


「イヴ」

 昼休み。あの後、午前中の授業を早々に自由時間へと変えたインヴェルノはそれからずっと中庭の人目につきにくい木の上で惰眠を貪っていたのだが、どうやっているのかいつもエキノクシオには発見されてしまう。

「どうなすったかねー」

 潔く木から降り、ふざけた調子でそう問う。この兄は本当に過保護すぎるところがあるのだがそうさせてしまっている自覚はあるので一応これでもあまり世話をかけないようにと常々思っている。

 そう、常々思ってはいるのだ。それと行動に移しているかはまた別問題として。

「どうせお前のことだからこのまま午後の座学をサボるつもりじゃあないかと思ってな」

「おふ、信用ないなあ……まあ否定はできないのが痛いところですが」

「そこは嘘でも否定しろやこの愚妹」

「にゃっ」

 エキノクシオは容赦なくインヴェルノの頭を両側から拳でぐりぐりと痛めつける。

「全く……来い」

 そう言って歩き出すエキノクシオ。しかし、それは教室のある方向ではない。

「おろろ?どこへ?」

「……お前だけの特別補講だ」

 インヴェルノは目を見張り、そしてにやりと笑みを浮かべて先を歩いていく兄の側へと走り寄る。

「なるほど」

「なんか嬉しそうだな」

「それはまあ……退屈な授業よりは全然マシですから」

 そんな言葉に、エキノクシオは疲れたようにため息を吐くのだった。


 二人が向かったのは教師陣が集まる職員室、の隣にある特別会議室だ。ここは主に魔族からの襲撃やテロなどの緊急時に現役軍人の教師たちが集まり、必要なら軍本部とも交信して支持を仰ぐための一般生徒は原則立ち入り禁止の場所である。

 そんな場所に何故エキノクシオだけでなくインヴェルノまで入れるのかと言えば、それは単にエキノクシオの妹であるからなどという理由などではもちろんない。

 インヴェルノの肩書を説明する前にもう少し詳しくトリメストラル王国の軍内部の説明をさせてもらうと、エキノクシオ含め、魔術の基本となる四元素、『火』『水』『土』『風』それぞれの系統を極めたと認められたものには称号があたえられる。火系統は『フォティア』、水系統は『ネロ』、土系統は『オリノス』、風系統は『アネモス』。そして、この四人の魔導騎士を『四騎士(カバレリア)』と呼び、王国ではなくこの四騎士直属の部下として動く秘匿部隊、そこに所属するのがインヴェルノである。秘匿であるからしてこの部隊に正式な呼び名は存在せず、メンバーも本名は伏せてコードネームで呼び合う。

「やあやあ、待っていたよーお二人さん」

 特定の人間の魔力にしか反応せず開くことのない扉をエキノクシオが開ければ、中からのん気な声が二人を迎えた。

「お待たせ」

 中には『ネロ』の称号の持ち主、ジュビア=クリーマが背もたれにだらしなくもたれて椅子をくるくると回していた。

「イヴは相変わらず、お兄様以外には懐かないねえ」

「……ここでは、『怠惰』です」

 インヴェルノは苦笑いを浮かべながら己のコードネームを告げる。

「……これは失礼」

「それで、どうして俺たちだけ呼び出されたんだ」

 もたれたまま器用に肩をすくめたジュビアにエキノクシオが問う。

「それはこれから総司令官殿からご説明があるだろうさ」

 ジュビアは部屋の奥にある大きなスクリーンのスイッチを入れた。映し出されたのは軍の総司令官、ロカ=リースタトゥス。

「早速だが本題に入らせてもらう。これは我々も先ほど掴んだばかりの情報なのだが、どうやらその学院へ魔族が放った魔物の大群が向かっていると報告が入った。それも巧妙に魔術を施され、かなり接近されるまでその存在を探知することができなかった」

「と、いうことはもうすぐそこまで?」

 ジュビアの問いに、ロカが頷く。

「我々もすぐに増援を送るがおそらく間に合わないだろう。しばらくの間は君たちを先頭に他の教師と協力して生徒を守ってくれ。もし厳しいようなら君たちの判断で上級生の戦闘への参加も許可する」

「大体の数は」

「正確にはわからないがかなりの大群だ。千はゆうに超えるだろう」

 さすがにエキノクシオも難しい表情を見せる。

 インヴェルノは特に何をするでもなくただエキノクシオの傍らに立っているだけ。話を聞いているのかいないのかも怪しいレベルだ。

「エキノクシオ、事態は深刻だ。……君の『怠惰』にも出動して欲しい」

 そして、おそらくこれが二人と事情を知るジュビアだけが呼び出された理由だろう。

 エキノクシオは傍らに立つ妹へと視線を向ける。

 『怠惰』の存在は誰にも知らされていない。王国の軍に属さず、ただ四騎士エキノクシオの私兵としてエキノクシオの命令にしか従わない。たとえ総司令官であっても、『怠惰』のインヴェルノに命令することは出来ない。特に、(インヴェルノ)(エキノクシオ)にしか従わない。

「……それは、私の判断に委ねさせて頂きます」

 エキノクシオはその場で答えることはせず、その後の状況に合わせて臨機応変に対応する旨を伝え、通信を切った。

「それじゃあ私は他の教師を連れてくるけれど、どうする」

 どうする、とは、この部屋にインヴェルノを残すかどうか、という意味だ。エキノクシオはインヴェルノと向き合う。

 インヴェルノはこんな状況でも、相変わらず眠そうな目で口元に緩く弧を描いている。

「イヴ、お前は教室に戻ってクラスの奴から順に生徒の避難誘導をしろ。俺たちは前線に出る。お前は最後の砦として生徒たちの側で生徒を守れ」

「……それは、お兄ちゃんから離れてお兄ちゃんではなく他人を守れ、ってこと?」

 インヴェルノは不満そうに眉根を寄せる。

「その通りだ」

「……わかった」

 有無を言わさぬ兄の物言いに、諦めたように、かなり不機嫌そうな表情で了承し、インヴェルノは部屋を出た。

「……よかったの?」

「……ああ。いくら緊急事態とは言え、他の連中にイヴのことがばれたらあいつの面倒くさいが加速しそうだからな」

「ふふ、それもそうかもね」

 あえておどけた口調でそう告げるエキノクシオに合わせるように、ジュビアは口元に手をあてて艶やかな笑みを浮かべる。

「それじゃあ、私たちは私たちの仕事をしましょうか」

 二人は他の教師陣全員を会議室に呼んだ。


 インヴェルノは大変不機嫌であった。

 他の教師にいろいろとばれるのは、それは面倒くさいことになるだろう。それはいくらインヴェルノの頭が可哀想だからってわからないわけはない。そうなればインヴェルノだけではなくエキノクシオも対応するのは面倒くさいことだろう。それは全く望むところではないのでエキノクシオの判断を否定することはできないのだが精神的には不満たらたらである。この緊急時に、兄を守れぬ場所で兄ではない人間を護れと命令したのだ。

 妹が護りたいのは、兄だけだと知っていながら。

 しかし命じられ、それを承諾したからにはちゃんと任務を遂行しなければならない。

 インヴェルノは気持ちを切り替え、まず自分のクラスへと向かった。

 扉を開ければ、突然教師たちが授業を自習にして急いで教室を出ていったことに不審がる生徒たちの姿があった。

「あれ、イヴどうしたの。てっきりいつもみたいに午後の授業サボるのかと……というか授業自習になっちゃったし」

 突然教室の扉を開けて注意を集める結果となったインヴェルノにマレーアが声をかける。

 そう言えば、どうやって避難誘導させよう。さすがに一生徒が緊急事態だから避難しろと言っても胡散臭すぎて誰も信じないような気がする。

「おに……エキノクシオ先生から、みんなの避難誘導をするようにと」

「え、避難……?」

 生徒たちがざわつく。

「現在、魔物大群がこの学院へ向かってきています。教師は全員魔物を迎え撃つために出払っていますので、代わりに避難誘導するようにと頼まれました。のでシェルターへの避難をお願いします」

 頭の中で先ほど完全に聞き流してしまってあまり記憶に残っていない話を何とか断片的に思い出して事情を簡単に説明し、そう言い残すとインヴェルノは次の教室へ向かおうと踵を返す。

「ちょ、ちょっと、イヴ、どこに行くの」

 シェルターへ避難しろと言いながらシェルターとは逆方向へ行こうとするインヴェルノをマレーアが呼び止めた。

「何処って、次のクラスへ」

「避難誘導って、もしかしてイヴ一人でやるつもり?」

「えっと……他に誰かやってくれるんですか?」

 正直誰かがやってくれるなら任せたい。ぶっちゃけ人を先導する役割なんてインヴェルノが最も苦手とするところだ。それでも教師が出払ってする人間がいないというし、兄からの命でもあるからやっているわけで、別にやりたくてやっているわけではない。

「じゃ、じゃあ、私も手伝うよ!その方が効率もいいだろうし」

「え」

「仕方ねえ、インヴェルノ一人にやらせるのもなんだしな」

「は」

「確かに、一人でまわるにはこの学院は広すぎる」

「えぁ」

 マレーアに続き、クラスの男子――確か名前はシオン=コラボラ――そしてアウルと続いて立ち上がり、さらにアウルが迅速にクラスを三分割していく。インヴェルノは完全に置いてきぼりを喰らっていた。

 どうしてみんなこんなにやる気になっているのだろうか。いや、まあやってくれるのは大いに結構なのだが、というか有り難くはあるのだがこんなにこのクラスの人たちは協力的だっただろうか。苦笑いで首を傾げながらその様子を眺めていると何やらにやにやと笑みを浮かべたマレーアが近づいてきた。

「何、クラスが協力するのがそんなに不思議なの?」

「いや……まあ、そう、ですね」

 魔物が来ると言っているのに、このまま避難してしまえばいいのにわざわざ逃げ遅れるリスクを冒してまで行動を起こそうとする彼らがわからない、というのはインヴェルノの正直な気持ちではあった。

「みんな、他人なんだから放っておいて逃げればいいのに」

 ぼそりと呟いたその言葉は、一番近くにいたマレーアにも聞こえないほどに小さな、しかしインヴェルノの紛れもない本音であった。

 三分割されたクラスメイトはそれぞれ、中等部校舎、高等部校舎、訓練場・校庭に行くことになった。中等部校舎にはシオン率いるチームが、高等部校舎は引き続きインヴェルノとマレーアが率いるチーム、残った訓練場と校庭にはアウル率いるチームが行くことに決まる。

「それでは迅速に、作戦を開始する」

 いつの間にかアウルが仕切る形になっているが、アウルの合図でそれぞれ目的地へと散る。そろそろ教師への説明も終わるだろう。そうすればまず緊急の警報が鳴らされるはずだ。そうなればまず緊急事態であるという説明を省くことができるので幾分避難はスムーズになることだろう。できるだけ早く警報が鳴ってくれることを願いながら、インヴェルノは次の教室へ向かい、先程と同じ説明を繰り返すのだった。



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