第1章① 少年の朝
いよいよ本編に突入です。
ジャスパーの朝はあるひと仕事から始まるのですが。
なにかとても懐かしい夢をみていた。
目覚めると真っ白い天井。
窓から差し込む朝の柔らかな日差し。
少年は、慌てる様子もなくゆっくりと起き上がり大きく背伸びをした。
ベッドから降りるとすぐに洗面台へ向かい冷たい水で顔を洗う。
「うわ、髪短いと寝癖酷いんだな」
そして鏡の前で、慣れない寝癖だらけの髪をきちんと整え向こうに写る自分に向かって笑顔を作った。
寝巻を脱ぐと自分の胸元に一度手をもっていきその胸元から、腹にかけてを静かに撫でた。
自身の体につけられた大きな傷跡を確認するのが朝の日課となっている。
悲しげな表情を浮かべたと思へばすぐ目線を引き上げ、昨日のうちに用意しておいた、しわ一つない制服に袖を通した。
「さて、最初の仕事!」
少年は、今日もしっかり笑顔が出来ていることを確認すると、もう一度おかしなところがないかチェックをし扉を開けた。
いくつもの部屋が並ぶ廊下を少し早足で歩きはじめる。
「おはようございますっ!」
すれ違う一人一人に少年は元気よくあいさつをした。
同じ制服を着ているのだが少年と同じ年代などなく、ほとんどが大人ではあるが皆優しい笑顔で挨拶を返してくれる。
そして、今日は一様に少年の容姿に対してこう言うのだ。
「失恋か???」
確かに、かなわぬ想いと言うのはジャスパーの中に少なからずあるな、と言われるたびに笑顔で「そんなんじゃないですよ」と返しながら明るく受け流す。
巨大な建物の長い廊下といくつもの曲がり角、階段を昇った先に目的の部屋はあった。
勢いよくその部屋の扉を開ける。
「スミレ!朝だぞ!起きてるか!?」
「きゃああっ!」
中から悲鳴と共に枕が飛んできた。
少年は見事に枕をキャッチすると、中には入らずそっとドアを閉じた。
これが彼の朝一の仕事である。
「も~!ジャスパー!ノックをしなさいって何度言ったらわかるの!?」
ドアの向こうからスミレが慌てて服を着ながら大声で叫んだ。
「起こしに来てやってるんだから感謝してくれよ!」
ジャスパーと呼ばれた少年は、スミレとのこのやり取りがとても好きだった。
これがないと、いや、スミレがいないとなんだか物寂しく感じてその日は元気が出ないような気がしていた。
スミレが出てくる前に姿勢を建て直し、自分の髪の毛を手でしっかりと直す。
ジャスパーはいつもとは違う緊張した面持ちで、スミレの身支度が終わるのをドアの前で待っていた。
「お待たせ!!・・・あれ!?」
紫色の長い髪を両脇に結び慌てた様子で出てきたスミレは、ジャスパーを見て期待通りの驚きの表情を浮かべた。
「ジャスパー!髪切ったの!?」
「おう!」
「似合ってるよ!!なんだかお兄さんになったみたい!」
「な、なんだよそれ!」
相変わらず自分の事を子ども扱いしているスミレにムッとしながらも、高評価と受け取ったジャスパーは顔を赤くしながら素直に喜んでいた。
「昨日の夜、クロさんに切ってもらったんだ!」
「え?クロさんに!?」
思いがけない名前が出てきたため、疑いの眼差しを向けるスミレ。
「そう!クロさん!」
しかし、ジャスパーにはとても嬉しい事だったので、どうだ羨ましいだろうとでも言うように自慢げに顔を上へ向けた。
「なんだか意外」
ジャスパーの様子からクロがジャスパーの髪を切ってあげたということは本当のようだが、あのクロはそんなことまで出来るのかと感心するしかない。
「だけどもったいなかったね。でも……」
紅く背中まで伸びていた長い髪を、一気にバッサリと切ったジャスパーに、スミレはなぜそんなことをしたのか聞くのをためらった。
そんなスミレの心情をジャスパーはすぐに察した。
「あ、あのさ、もう、スミレの事……朝、起こしに来れないから」
ジャスパーの言葉にスミレは何を言い出したのか全く理解が出来ない。
「え?どういうこと?」
色々な話を飛ばし、結果だけを伝えてきたジャスパーをスミレは怪訝な顔で見つめる。
スミレの左目には何かの文様が刻まれ、それを見たジャスパーは露骨に視線を逸らした。
スミレの左目には秘められた力が宿っている。
その力は神に近い力を持った者すら恐怖に支配され闇に葬り去ることができた。
しかし、それはスミレが幼いときからあるものでいったい何の力なのかはわからない。
しかも自由にコントロールできるものではなく、自身の強い想いに呼応する形でしか力は現れないのだ。
その力を間近で体感し、その力によって救われたジャスパーだったが、同時に、自身の犯した過ちを思い出してしまうため、今は直視することができないでいた。
不思議な力の謎を、この国ならば解き明かすことができるとスミレは信じている。
ある男に言われたことを、その男の事を信頼しているから。
「ちょっとジャスパー!?今、目を逸らしたでしょう!?」
スミレはジャスパーの頬を両手で押さえ、その頬を手のひらでぐりぐりとこねるように回した。
「いだだだだだっ!」
遠慮も加減も知らないといったスミレの攻撃に、ジャスパーはスミレの手を慌てて剥がす。
「なにするんだよ!」
少し涙目になったジャスパーにスミレは膨れた顔を向けた。
「お願いジャスパー。もう、気にしないで」
急に声のトーンが下がってしまったスミレに、ジャスパーは自分の頬に手をやりながら口を開く。
「俺は……」
神の力を持つ可能性があるスミレの瞳を、ジャスパーは奪おうとしたことがあった。
その瞳の力をもって「神」を作り出そうと企む組織に力を貸していたのだ。
しかし、それは叶わず、結果「創られた神」は不完全なものとしてこの地に生まれることとなった。
騙されていたとはいえ、平和なこの国を破滅に導く手助けをしてしまったのだ。
それでも彼はこの場所にとどまることを許されている。
ジャスパーの気持ちがわかっているからこそ、スミレにはその反応が気に入らなかった。
「ごめんっ!別にそう言うわけじゃないんだって!」
急にジャスパーが笑顔を作り、スミレの手を取った。
「ジャスパー?」
突然の豹変に、またしても目を丸くしてスミレはジャスパーを見る。
「歩きながら話すよ!朝ごはん早く行こうぜ!」
ジャスパーは一度スミレの手を引き、歩きはじめるとその手を放し、スミレの隣で恥ずかしそうにはにかんだ。
並んで歩くと、少しだけジャスパーの身長が伸びていることに気付く。
あれから一年の月日が経った。
伸び盛りのジャスパーにいつの間にか追い越されてしまうのではないかと余計な思いがスミレの頭をかすめる。
「俺さ、学校へ行くことになったんだ!」
今度はスミレの目をしっかりと見て、その反応を窺うようにそれでも心配させないように、ジャスパーは廊下を照らす陽の光に負けない爽やかな笑顔を作った。
お読みいただきありがとうございました。
未だにあの事件を引きずっている様子のジャスパーと、相変わらずなスミレの朝でした。
次回はあの人が登場します!更新をお待ちください。