8 チートな新入生
今年も新入生が入って2ヶ月経った。
だいぶ新入生達は、学院生活にも慣れた頃だ。
「マスター トアリー!」
藍色の制服を着た少年が魔法学の本を抱えて、渡り廊下ですれ違ったトアリーを呼び止める。
「君は……確か今年入学したキリュウ?」
10人しか新入生がいないため、ある程度把握はできる。しかし、トアリーは、いつもフレイリアのナイトとして行動しているため、新入生と会って話すことが極めて少ない。
「はい、そうです! マスター トアリー、お一人ですか? フレイリア様は…?」
キリュウが駆け寄りながら不思議そうに聞いた。
フレイリアは、1ヶ月に数回、マギのみが受ける演習がある。トアリーは、そのときだけ、一人で行動する時間となる。
「マギクラスの演習ですよ」
「そうですか。マスター トアリーに伺いたいことがあるのですが…」
どうやらキリュウにとって、フレイリアは近づきがたい存在らしく、トアリーが一人のときを見計らって、思いきって声をかけたようだった。あからさまにほっとしている様子だ。
「聞きたいこと?」
「はい、マギのナイトになるためには、どうしたら良いのでしょうか?先生方や他のマギの先輩方に聞いても、とりあえず、魔法学を修了してから聞けとしか言われなくて…」
キリュウは、トアリーに近づき、小声で周囲を気にした様子で聞いた。
「なるほど。それはきっと…マギの素質がある者にできればナイトを目指して欲しくないためだと…。マギを優先的に増やし、国の運営に携わっているパトロナスと呼ばれている魔術師達の世代交代をスムーズにして、運営を安定化させたいというのが、国の方針なので、この学院の方針もそのようになっています。しかし、魔法学の修了は、ナイトも必修だから、その回答は間違いではないですよ?」
トアリーは、キリュウのやる気スイッチをぶち壊さないよう、慎重に言葉を選んで答えた。
「しかし、珍しいですね。新入生は、大抵、将来国の運営に関わることができるマギを目指す人が多いのですが…」
「…そうなんですか?」
キリュウは一瞬、しまった、という表情になったが、すぐにポーカーフェイスに戻したため、トアリーは気づいてなかった。
「えぇ、ナイトはマギに比べ、将来、直接国の運営を担うことはないですし、マギに付き添い、裏で活動することが多く、役割も地味です。誰がマギなのかという情報は、国を運営している一部のパトロナスと先生方、学院生だけしか知ることができないため、学院在学中にナイトを目指す人が多いのです。キリュウは、どこかで入学前にマギに会って、その人のナイトになる約束をしたのですか? それでナイトを目指していると…?」
「あぁ…えーっと、はい…そんなところです。お忙しいところ、すみませんでした。マスター トアリー」
キリュウは、かなり適当な感じで流すように答え、挨拶もそこそこに、これ以上聞かれないよう、立ち去った。
「?」
トアリーは、腑に落ちない様子でキリュウの後ろ姿を見送った。
*****
さらに2か月後――
レイトーリア魔法学院は長期休暇に入った。ただ、マギとナイトは、長期休暇に関係なく、学院から与えられた部屋で、過去の本や文献を読み、新しい魔法についての探究を行う。
フレイリアとトアリーも例外なく、部屋に閉じ籠り、文献を読みあさっていた。
「そういえば、今年の新入生なんですが……」
ふと思い出したようにフレイリアは、紙をめくる手を止めた。
「はい」
トアリーは、視線を机から動かさず、フレイリアの言葉に耳だけ貸す。
「一人変わった方がいるらしく……魔法の詠唱を一言ぐらいに短縮して、発動させたって……」
「へっ……? すみません、もう一度お願いします」
トアリーは、聞き間違えたと思い、聞き返した。
「その……私も何かの間違いかと思ったのですが、魔法の詠唱は、省略することはできないものというのが常識のはずで、過去にもそういうことはなかったのですが、ほぼ一言ぐらいの詠唱で魔法を発動させた新入生がいるとのことで……」
フレイリアは、サイドテーブルに行き、ハーブティーをカップに注いだ。
「詠唱の省略とは……信じられない。しかも、それを発見したのがマギではなく、新入生だとは」
トアリーは、視線を机から窓の外に向けた。
「新入生だからこそかもしれませんね……。私達ですと、常識に捕らわれてしまって、そういう発想には至りません」
フレイリアは、トアリーの分のハーブティーが入ったカップを、トアリーに手渡した。
「ありがとうございます。それでは、先生方は大喜びなのでは? 間違いなく、その新入生は何年か後にはマギになりますね」
トアリーは先生方の喜びようを想像し、微笑みながらハーブティーを口に含んだ。
「いえ、それが、先生方はかなり頭を痛めてる様子で……。おそらく、本人がマギではなく、ナイトを希望しているとのことで……」
フレイリアの言葉を聞き、トアリーがブホッとハーブティーを吹き出した。
「げほっ……」
フレイリアは驚き、トアリーの背中をさすり、ハンカチを差し出した。
「すみません……」
トアリーがハンカチを受け取り、口もとをおさえる。
――ナイト希望の新入生といえば……
間違いなく、キリュウのことだ、とトアリーは密かに思った。
「それは……困りましたね……」
トアリーは、そうつぶやきつつ、今度は先生方の困惑した様子を思い浮かべた。
「そうなんです……本当に困りました」
フレイリアが重いため息をつく。
「?」
トアリーは不思議そうにフレイリアを見た。すると、
「実は……先生方から、その新入生を説得するよう頼まれまして……」
「はぁ……なぜフレイリア様が?」
トアリーは、「まったく! フレイリア様がマギの筆頭だからというだけで……先生方の頼みだと断れない性格を利用するなんて! 先生方は……」と思っていたが、次のフレイリアの言葉で吹き飛んだ。
「その新入生が、私のナイトを希望しているとのことで……」
フレイリアがさらに困った顔をして、ため息をついた。
「はっ? ……フレイリア様、その新入生とは入学前に面識が……?」
「ないです。その新入生のお名前もまだ先生方から教えていただいていませんし…。そのような方について心当たりもないです」
フレイリアは、トアリーの質問に即答した。
「……」
二人は、顔を見合せたまま、しばらく部屋に沈黙が続いた。
フレイリアより1年遅れでトアリーが魔法学院に入学してから、ずっと2人は仲が良く、今までずっと行動を共にしてきた。
もし、フレイリアが入学前にキリュウと会っていたら、そしてフレイリアのナイトになる約束までしていたのなら、自然と2人の会話にキリュウの名が出てくるはずである。しかし、今までにそのような話はフレイリアからなかった。そもそもフレイリアは、キリュウが入学したときのオリエンテーションで、初めて会っただけで、まともな会話さえもしていない。まともな会話といえば、トアリーがつい2ヶ月前にした会話ぐらいだ。
「………とりあえず、本人に確認する必要がありますね」
トアリーはため息をつきつつ、一体どういうつもりなのか、と、今すぐキリュウを呼び出し、一時間ほど膝を突き詰めて説教したい気分になっていた。
「そうですね………確かに。まずは本人に確認しなければいけませんよね。トアリーに相談して良かったです!」
フレイリアの表情が少し明るくなったが、すぐに神妙な表情になる。
「……それと、その新入生の今の話についてですが、まだ先生方と私しか知らない情報なので、内密にお願いします。おそらく、その新入生の説得は長期休暇開けになるみたいです。そのときに詳しい話をすると先生方に言われていますので」
と、フレイリアは、小声で話し、人差し指を口もとにあてた。
「わかっております、フレイリア様」
トアリーは、そう答え、残りのハーブティーを飲み干した。
*****
トアリーは、2ヶ月前、初めてキリュウと会話した渡り廊下を通り、図書館に向かっていた。おそらく魔法詠唱の省略方法を思いつくためには、それなりに、ずいぶん昔の、しかもこの国ができた初期の頃の本を読み込んでいるはず、と考えた。
フレイリアやトアリーも、既に初期の頃の本は読み終わっている。しかし、2人が見過ごしたかもしれない魔法詠唱の省略に繋がる何かを確認したかった。
「もし、魔法詠唱の省略が本当なら、今やっている研究テーマが格段に楽になる」
と、密かにトアリーは思っていた。
トアリーが図書館の持ち出し禁止図書の棚から建国時に書かれた本を探す。
「………う〜ん」
なかなか見つからない。何回も読んだ本なので、すぐ見つかるはずと践んでいたトアリーの思惑が外れた。
「どういった本をお探しですか?」
トアリーの横にすっと立ち、話しかけてきた少年を、トアリーは夏期休暇当番の図書係の学院生かと思い、本を探しながら答える。
「えーっと、『ホワイトレイク建国記』を探しているのですが………」
「あぁ、それならボクが借りてます。あちらのテーブルにありますよ?」
トアリーは、少年を見て、後退った。
「キリュウ……? なぜここに? 長期休暇で帰省しているのでは?」
先程までキリュウとの接触は、長期休暇開けになるとばかり思っていたので、トアリーは動揺した。
「いえ、それが……ちょっと事情があって、先生方から引き続き長期休暇も学院にいるよう言われまして。………ボク以外の同期生は全員、帰省してるので、寮の方はかなり静かですよ。なので、この頃、ボクは図書館で過ごすことにしてます」
キリュウも新入生が長期休暇中に、学院内にいることがかなりイレギュラーであることを理解しているらしく、マギ達や学院生達に怪しまれないよう、 図書当番で学院生の出入りが他の施設より多い図書館に身を潜めていた。キリュウは周りを気にして、小声でトアリーの質問に答えた。
「そうですか」
キリュウが魔法詠唱の短縮を発見した件について、トアリーは知らないことになっているため、あえて素っ気ない返事をした。
「マスター トアリー、ちょっといいですか? ………相談したいことが」
キリュウは、さっきまで座っていたと思われる、開きっぱなしの本が置いてあるテーブルに誘った。
「………それで、相談したいこととは?」
トアリーは、キリュウの向かい側の椅子に座りながら、周りに人がいないことを確認した。
「実は、先生方に………その……なぜナイトを希望するのか聞かれまして。ナイトになるには余程の理由がない限り、認められないと………」
トアリーは、いかに魔法における大発見をしたのか、本人にまったく自覚がないことを悟った。このままでは、フレイリアが説得に苦労することは目に見えている。
「キリュウ、以前、私と話したときのことを覚えていますか?」
「はい、確か……パトロナスの素質がある人材をナイトではなく、優先的にマギにさせ、パトロナスを増やそうとしていると………」
「そうです。この魔法学院を修了すれば、ある程度生活するうえで困らない程度には魔法は使えるようになりますが、修了するだけでは国を運用するほどの、いわゆるパトロナスにはなれません」
キリュウが頷く。
「パトロナスは、在学中に魔法において新たな発見などして国に貢献し、マギとなったものだけがなれます。ナイトは、貢献等はないものの、魔法学を優秀な成績で修め、剣術で精神的にも肉体的にも鍛えた者がマギに自分のナイトと認めた場合のみなれるとされています」
キリュウは、それを聞き、複雑な表情をした。
「………つまり、魔法において新たな発見をしてしまうとナイトにはなれない、ということですか?」
「そういうことです」
トアリーは頷いた。
キリュウは、深いため息をつき、
「……詠唱の仕方を確認すべきだった。まさか自分のズボラな性格が裏目に出るとは………」
と、うんざりした様子で呟いた。
「前に………確か、誰かとナイトになる約束をしたようなこと言ってましたが、その様子では、そうではないのですね?」
トアリーは、一番確認したかったことを聞いた。
「……」
キリュウは、気まずそうに黙った。
「……うーん、理由を聞けたら、ナイトになれる方法を助言することができなくもないですけど?」
トアリーは間違いなく今期新入生で一番の問題児を前に、どうしたものかとため息をついた。
「………ナイトは、白い部屋に行けると」
ボソッとキリュウが言った。
「へ?」
「マギがパトロナスになり、魔法陣の守護者になったら、ナイトは白い部屋に入ることになり、そこで国の過去ともうひとつの未来を見ることができると聞いたので………」
キリュウは、小声だが、はっきりとトアリーに聞こえるように言った。
トアリーは、初耳だった。その情報は、おそらくパトロナスのごく一部しか知らない情報のはずであり、現時点では、トアリーではキリュウが言っていることが真実かどうか確かめようがなかった。なので今は、そのことについては追及しないことにした。
「………しかし、フレイリア様がパトロナスになるということは、予想がつきますが、魔法陣の守護者になるかはわからないのでは?」
トアリーは、さりげなくフレイリアの名を出した。
「いえ、おそらくフレイリア様は、魔法陣の守護者になります!今お二人がやっている色素と発光の研究は魔法陣の維持に重要なので」
キリュウが確信を得ているかのようにトアリーに向かって言った。
一体どこまでキリュウは国の機密情報に内通しているのか……、キリュウはパトロナスの縁者か……、いろんな疑問がトアリーの中を駆け巡る。が、とりあえず、フレイリア様のナイトになりたがった理由については理解した。
「ナイトになりたい理由は、わかりました。ただ、今の状況で、キリュウがナイトになるのは難しいです。この状況を変えるには、まず、あなたがマギとして学院から研究部屋を与えられる前に、どこかの研究部屋に入り、所属してしまうことです。できればゆくゆくはナイトになることも踏まえて、どこのマギに所属するかも考えて選ぶといいのでは?」
「では、フレイリア様のところに所属したいです」
「……」
やはりそうなるのか、とトアリーは天井を仰ぐ。
「ナイトは、マギ一人につき一人しかなれないのですか?」
「いえ、そのようなことはないです。何人でも大丈夫ですが、……まず、フレイリア様に会って、話した方がいいですね」
キリュウの話の様子では、フレイリアの説得は、無駄になりそうだと、トアリーは思ったのだった。