60 立ち止まり、また歩き出す
学校の研究棟からの帰り道、スイ達と別れた2人は、微妙な空気になっていた。いつもなら隣りを歩くトアリーが、キリュウの歩くすぐ後ろを恥ずかしそうに歩いており、ずっと会話がない。
―――そんなに恥ずかしがらなくても……それに、あのメンバーに相談した時点で、暴露されるって予測できそうなんだけどなぁ
トアリーの気配を背中で感じながら、キリュウは苦笑いした。
自宅近くまで来たとき、ようやく話す決心がついたのか、トアリーが口を開いた。
「キリュウ? あの……ピアス、ずっと私が持ってるんだけど、このまま預かる? それともつける?」
ある程度気力を取り戻したキリュウではあるが、念のため、まだ研究所に出入りする意思があるかをトアリーが確認する。
「あの本をさ……明日、返却するから。そうしたら、研究所に連絡入れないといけない」
「わかった。今、持ってるから、少し待って」
トアリーは頷き、ポケットから懐紙に包んだ状態のピアスを取り出した。
「キリュウ、じっとしてて?」
どうやらトアリーが、ピアスをつけてくれるらしい。だが、いくら待っても、なかなかピアスホールに上手く入らないようだ。
「トア?」
「待って……手が震えちゃって、上手くつけられないの」
トアリーがもう片方の手で、震える指先を包んだ。
「もしかして、緊張してる?」
「うん、そうみたい。なんだか変……」
トアリーが困った表情を浮かべる。
「変じゃないよ、オレもそうだから。好きすぎて……触れるとき緊張する」
キリュウの言葉を聞き、トアリーは俯いた。どんどん赤くなっていき、キリュウに見られまいと、顔をキリュウの肩口に埋める。
「オレ、幸せだ」
フッと笑ってそう言ったあと、穏やかな笑みを浮かべたキリュウは、トアリーの指先に触れ、ピアスを受け取った。
【了】




