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科学の極み! (連載版)  作者: 芝高ゆかや
6章 リアルと仮想の曖昧な境界線
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59 生きた証を遺すこと

 学校へ行く以外はずっと自室に引きこもっているキリュウは、ぼんやりと自分の机にある影時が読んでいたと思われる本を眺めていた。



 ―――ずいぶん前に、トアが気を使って持ってきてくれたんだっけ。いい加減、この本も返さないとな……



 なかなか学校の本を返却できないのは、影時という存在が初めからなかったように感じてしまうのが怖いからだ。既に学校の在籍記録からも抹消されているため、本を借りたのは影時ではなく、研究所への貸し出しということになっている。研究所の技術管理記録にも残してない今となっては、この本だけが影時の存在を示す唯一のものだ。



 ―――やっぱり本を返却したら、研究所に連絡入れた方がいいんだよな?



 あれほど毎日何もなくても顔を出していた研究所へは、行きづらくなっていた。一旦行かなくなると、あんなに気軽に行っていたのが嘘のようで、敷居がとてつもなく高く感じる。呼び出しがあるわけでもなく、本当は「オレなんて必要ではないのではないか」と、今では思っている。



 ―――ダメだ、思いっきり負の思考スパイラルに入ってる



 キリュウは考えるのを止め、そろそろトアリーが訪ねに来る頃だと、窓から見える空へと視線を移した。


トントン


 ここのところ、聞き慣れた軽いノック音がドアの方で鳴った。だが、いつもならキリュウがドアを開けるまで開かないはずが、今日は違った。

 ドアが勝手に開き、「おい! 諷ちゃん!!」という咎めるスイの声がした。


「引きこもってるってホントなんだー! 縁遠い感じなのに、意外」


「諷、落ち込んでる人に向かって失礼ですよ?」


 ドアを開けた途端に言い放った諷の本音の言葉が、キリュウの心をガッツリと抉る。莉朶が慌てて止めに入るが遅い。


「何しに来たんですかっ!?」


「えー! 様子を見にきただけだよ? なんか歓迎されてない感じなんだけど」


「当たり前だっ!」


 キリュウの抗議に納得いかないと言いたげな諷へ、スイがチョップによるツッコミを入れた。その後ろからトアリーが顔を出した。


「キリュウ、ごめんね? どうしても連れて行きたい場所があって……」


 「なんで、この人達を連れてきたんだ」と、あからさまに不機嫌な表情をしたキリュウだが、トアリーが初めて連れていってくれる場所にすぐに興味を示した。


「どこ?」


 キリュウが立ち上がったのを見て、トアリーがホッとした表情を浮かべた。が、穏やかな空気になりかけた空間は、諷が「まだ秘密だよー」と、答えたがために殺伐とし始めた。


「えっ……松尾さんも行くの?」


「当然! なにその嫌そうな顔っ!?」


「はい、二人ともそこまで! さっさと行くぞ?」


 すかさずスイが、キリュウと諷の間に入り、全員、部屋から出るよう急かした。



******


 トアリー達に連れられてきた場所は、学校の研究棟の中にある部屋だった。


「開発用VR機?」


 莉朶から渡されたデバイスを受け取ったキリュウは首を傾げた。


「うん、アタシ達は研究所から払い下げして貰ったVR筐体を使うから。セッティングはしてあるから装着するだけでいけるハズだよ?」


 既にVR筐体に乗り込もうとしている諷が答えた。


「じゃあ、あとでな?」


 そう言って、スイがVR筐体へと入った。莉朶も「それでは後程」と告げ、スイと諷の後に続けてVR筐体へと姿を消した。


「トアがオレを連れて行きたいところって、仮想空間?」



「うん、でもかなり現実に近くて、本当にそこにあるみたいなの。現実的には叶えられないことも叶えられるって、3人に相談したら、そうアドバイスを貰って……。だから、莉朶さん達にお願いして、これからキリュウに見せたいものを作って貰ったんだ」


 トアリーがキリュウに開発用VR機の装着を手伝いながら、「……だから一緒に来て?」と、囁いた。キリュウが頷くと、視界が真っ白になり、やがて岩肌の断崖絶壁に囲まれ、大きな滝のある、見たことのない島が目下にあった。



 ―――げっ! 落ちるっ!! ヤバイ



 そう思った瞬間、身体が宙に浮いたような浮遊感を感じた。


「危なかったー! エラー発生で、もう一回リスタートになるとこだったよー」


 背負子ジェット・改を装着した諷が、キリュウの胴体をベルト式ロープで釣り上げ、島の周りを旋回しながら降下し、中心地に着地した。


「すみません。乃木くんのログインスタート位置、微妙に少しズレてたみたいですね? たまにラグでこういうことがあるんです」


 青ざめているキリュウに莉朶があっさりとした謝罪と言い訳をした。


「キリュウ……大丈夫?」


 位置ズレなしでログインできたトアリーが、心配そうにキリュウの顔を覗きこんだので、無言で頷いておいた。


 ―――この位置ズレが少しのズレって……この仮想空間、大丈夫か?



 キリュウは、心の中でツッコミを入れつつ、辺りを見回した。岩だらけで、足場が悪そうだ。



 ―――ここは仮想なのに、滝の轟音が遠くに聴こえるし、風も感じる



 多少ラグがある仮想世界ではあるが、妙にリアルであることにキリュウは感心した。しかし、「メンテ中だから、あまり時間ないんだ。早く行こ?」という諷の言葉で、そう長くせっかくのこの景色を楽しむことはできなかった。


「えっ? ここじゃないの?」


「ああ、ここじゃなくて……まぁ、なんていうか、『バーチャノーカ』の心臓部だな」


 キリュウの疑問にスイが答えていると、諷がいつの間にかデカイ熊手を持っていた。


「じゃあ、いっくよー!?」


 気合いの入った掛け声と共に、諷が熊手を何もない空間へ鋭く投げた。熊手を中心軸にオレンジ色に光る3重のコードの文字が刻まれている輪が展開する。


「……なんで『熊手』?」


 キリュウがボソリ呟くと、「商売繁盛! 縁起物!!」と言いながら、諷が熊手の作ったポッカリ拡がった空間へと飛び込んだ。


「やっぱりな……」


 スイも読みが当たったという感じで頷きながら、諷に続いてその空間へと入る。


「2人とも、お先にどうぞ」


 莉朶に促され、トアリーがそっとキリュウの手をとり、「キリュウ、行こう?」と、その空間へと歩き出した。



*****



 5人は、「バーチャノーカ」の心臓部である空間にいた。5人が出す音以外は、まったく音のない、静かな空間だった。必要最低限の灯りがあるだけだ。諷達の案内で先へと進むと、見覚えのある景色が遠くに見えた。うっすらと上の方からブルーグリーンの光が木漏れ日のように所々射し込み、揺らめいている。


「……ホワイトレイクの」


 トアリーと手を繋いだまま歩いていたキリュウは、立ち止まる。


「うん、中央広場の噴水の真下にある場所がキレイだったから。私の記憶だけで再現したから自信がなかったけど、キリュウがすぐにわかったなら成功かも! あと、あそこにある建物は、『アンセスクロス』なの」


「影時の……」


「うん、結局……家族で過ごした場所が一番安らげるんじゃないかと思って」


「どうして、影時の……?」


「影時さんは、ヒトの思考を完全に再現した最初の人工知能だから、『敬意を示したい』って、莉朶さん達が言ってくれたの。『今あるVR技術と人工知能の礎となっている存在を忘れたくないから』って。……だから、『忘れたくない』っていう想いは、キリュウだけじゃないよ?」


 トアリーは、そう言ってキリュウの手を引き、諷達に追いつくよう、また歩き出した。



*****



 「アンセスクロス」の建物の近くまで来た5人は、四角く白い大理石が埋まっている一角で立ち止まった。キラリと光る金色のエンブレムが大理石の真ん中にあった。エンブレムには文字が刻んである。




君は全てのはじまり

そして

私の子供であり

私自身でもある


たとえ私がいなくなっても

私が生きた証しとして

君を遺すをことを赦してくれ


レイ

私と違う道を歩んでいく君を

愛している




「このメッセージは……」


 キリュウが振り返り、背後にいたスイに尋ねた。


「人工知能のバックアップの場所を探ったときに、途中で見つけたのを再現した。おそらく、あの人工知能を創った人が遺したメッセージだ」


 スイの説明を聞くと、もう一度エンブレムを眺め、キリュウは「……プロジェクティブ アイデンティフィケーション」と、小さな呟きを発した。


「ぷろじぇくてぃぶ……って?」


「親が子供に自己投影することです。なんらかの後悔をしていた場合、子供を自分と違う人生を歩ませることで、子供を通して自分の歩みたかった人生を叶えることができると考えているんです」


 トアリーの疑問に莉朶が答えた。


「それじゃあ……子供の意思は?」


「無視されているのと同じだ。天才と言われる人であるが故に、こういうことをしてしまったのかもしれない。結局、どんなヒトだって、まったく後悔しない人生なんてないってことなんだよ、きっと」


 繋いだトアリーの手をギュッと握り返し、キリュウが目を伏し目がちに、静かに話す。


「そうだねー。まぁ、それなりに問題あるヒトみたいだけど……それでも、すばらしい技術をアタシ達に遺してくれたことは変わらないから」


 諷が、ツナギのポケットからトンボ玉のブレスレットを出し、大理石の前にしゃがんで、そっとその上に置いた。続いて莉朶が、最後にスイがトンボ玉のブレスレットを置いた。


「トア、連れてきてくれて、ありがとう」


 視線をスイ達に向けたままキリュウが小声でトアリーに言う。すると、トアリーが一瞬驚いた表情になり、笑顔になった。


「なに?」


 トアリーの態度を不思議に思い、キリュウが聞くと、「何でもないよ?」と嬉しそうに言って教えてくれない。


「あっ! もしかして、キラキラが戻った!?」


 そんなキリュウ達のやり取りを見ていた諷が、爆弾を投下する。


「ぎゃあっ! 言わないでくださいっ!!」


 トアリーが繋いだ手を離し、顔を覆う。紅潮しているようだ。だが、そんなトアリーを放って、さらにスイと莉朶が追い討ちをかける。


「あぁ、確かに戻ったね」


「えーっと、確かそれって、『瞳に光を戻したい、キラキラしている乃木くんをもう一度見たい』って話でしたっけ?」


 スイが頷き、莉朶が昔の話を思い出すかのように暴露する。


「あああぁぁぁっ! もう、やめてぇーっ!!」


 涙目をしたトアリーの絶叫が辺りに響いた。

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