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科学の極み! (連載版)  作者: 芝高ゆかや
6章 リアルと仮想の曖昧な境界線
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58 永い眠りにつく前に

 影時が科学技術特区研究所で保護されたという連絡を受け、せっかく国外に来たキリュウ達だが、とんぼ返りで研究所に戻ることとなった。

 トアリーと堀田がアオイ達に挨拶をして引きあげようとしたが、当然のごとくアオイに引き止められた。隠れていたキリュウは、その攻防の様子を気楽に伺っていたところ、堀田からジェスチャーで先にゲートに行き、出国手続きをするようにという指示が出た。アオイの可愛いお願いに、珍しく堀田が悪戦苦闘している様子が面白かったので、もう少しそのやり取りを見ていたかったが、仕方なく2人を置いて、「アンセスロクス」からアオイやアオイの母親に見つからないように抜け出し、キリュウ単独で大型転送システムゲートへと向かった。



*****



 キリュウ達が研究所に戻った頃、スイ達も強固なセキュリティで保護されていた影時のバックアップデータの吸い上げが終わり、VR筐体から出てきたところだった。泣いていた莉朶も頬が涙で濡れていたが、落ち着いていた。

 VR内で見た影時の5回分もの壮絶な人生に圧倒され、言葉少なになったスイ達は、研究所のスタッフの案内でミーティングルームに入った。すると、部屋には、トアリーの簡易的な擦り傷の手当てを受けているキリュウがいた。


「あれ? なんか乃木くん、ボロボロだね」


「尾河さんこそ……やつれてますよ?」


 キリュウとスイの言うとおり、ミーティングルームにいる5人全員が疲れた様子だった。


「堀田さんは?」 


 莉朶がドア近くで立ったまま、部屋の中を見回した。


「上司への報告ですけど、何か用事ですか? 急ぎでしたら連絡とりますよ?」


 キリュウの問いに莉朶が無言で首を横に振った。


「いいです。ただ……その……最後に会うことはできるかなぁって思って。どうしても渡したい物があって……、それがダメなら見せるだけでもいいから」


 莉朶が手首をもう片方の手で押さえながら、恐る恐る言葉を慎重に選び、要望を口にした。


「わかりました。聞いてみます」


 キリュウがそう言ったのを最後に、ミーティングルームでは暫く沈黙が続いた。

 莉朶は、ずっとアオイからもらったトンボ玉のブレスレットを見つめながら優しく撫でている。その様子を見たスイが、自分の手首にあるシルバーラインの入った蒼色のトンボ玉のブレスレットをシュルッと外し、莉朶の前に差し出した。

 莉朶が顔を上げてスイを見つめる。不思議そうな表情をしたが、すぐに優しく微笑んだ。


「アオイちゃんのことだから、家族にも買ってるんだろ? だから、それをアノ人に渡す時、オレの分も一緒に渡してくれ」


「あ! じゃあ、アタシのもっ!」


 諷もアオイから貰ったトンボ玉のブレスレットを外し、莉朶に渡した。


「ありがとう……縁のあるものって、これしか思いつかなくて。少しでも癒しになれば良いのだけれど……」


「あぁ、そうだな」


 スイ達3人は、莉朶の手にある3つのブレスレットを見ながら頷いた。

 そこへタイミング良く堀田がやってきた。


「お疲れのところ悪いけど、5人とも移動してもらっていいかしら?」


 堀田はそう告げると、急かすように5人を部屋から連れ出し、何ヵ所かあるセキュリティドアを通過して、突き当たりにある頑丈そうな扉の前までやってきた。


「ここは?」


 堀田のすぐ後ろにいたキリュウが尋ねた。


「影時が中にいるわ。『眠る前に5人に会いたい』と」


 そう答えた堀田のあまり納得してない様子に違和感を感じたが、キリュウは、ちょうど良い機会と考え、ミーティングルームでの莉朶の申し出について進言した。堀田が莉朶の手にあるトンボ玉のブレスレットを確認し、「自分の立会いのもと、見せるだけなら」と許可を出した。堀田が扉の前に戻り、考え込むように扉のセキュリティを見つめている。キリュウは、「扉、開けないの?」と何も考えずに聞いた。


「霧生君……君はかなり今回身体を酷使してるから、席を外してもいいのよ? それに、これから影時と会うと、更に精神的にキツくなることが起きることも考えられるから、ね?」


「え?」


「一応、相手の要望だから、ここまでは連れてきたのよ。この場所は無音声のモニターで影時が見てるから、形的には体裁が保たれるわ」


 堀田の言いたいことの意味が分からず、疲れも出ているためか、いつもより頭が回らない。堀田からの警告を汲み取ることができないキリュウは、「いや、会うだけなんだから問題ないよ」と、答えた。


「そう、覚悟が出来てるならいいわ」


 堀田は無表情で呟くと、影時のいる部屋の扉を開けた。

 部屋に入ると、堀田は影時の横に立った。そしてキリュウ達は、無言で影時と対面する位置に並ぶ。


「本当に叶うとはな。言ってみるもんだな」


「……」


 影時の軽い嘲笑に対し、堀田は無表情のまま、余分なことは話すなという、ピリピリした雰囲気を出していた。「さっさと早く面会を終わらせたい」という感じが伝わってくる。そんな緊迫感のある空気を最初に破ったのは、諷だった。


「莉朶センパイ、見せたいものがあるんでしょ?」


 諷が莉朶の握りしめている手を、そっと両手で包み込んだ。莉朶が頷き、躊躇いながら口を開いた。


「あの……見せたいものが」


 莉朶がゆっくりと掌を開いて、3つのトンボ玉を見せた。


「これ、あなたが会いたがってた家族が私達にくれた物なの」


「俺が『会いたがってた家族』? なんのことだ?」


「私が小さかった頃、一日だけあなたと過ごしたときがあったんです。その時に、『どんなに長く生きても、たとえ会いたいと思っても、会えない子がいる』って、あなたが言ってたんです。『一緒に歩くことも、こうやって話すこともできない。自分は、歯車の役割でしか存在意義がないから、そういうことを求めてはいけない』って。その時はわからなかったけど、今ならわかる」


 莉朶が過去の記憶を辿りながら、一つ一つ言葉を紡いだ。


「……あぁ、俺が4回目の転生をする直前に会った女の子か。わからなかった」


「ずっとお礼を言いたかったけど、あの日あなたが亡くなって、もう言えないんだって諦めてた。あなたに会えて、良かった……ありがとうございます。世の中にあなたのような存在があるってことを知ったあの日から、人工知能の研究をしようと決めたの。もう一度、あなたのような存在に会いたかったから」


「なら、もう一度会えるかもしれないな?」


 だが、影時の未来への希望を打ち砕くように莉朶は、悲しげな微笑みで首を静かに横に振った。


「たぶん……もう会えない。私は、あの時の何も知らない子供ではないから……」


「そうか……」


 莉朶の苦しそうな表情とは対照的に、影時は無表情で、そこから感情を読み取ることはできなかった。


「時間です」


 影時がチラリと莉朶のすぐ隣にいるキリュウを見た途端に、堀田ま面会の終わりを告げた。まるで意図してキリュウと接触させないようにしているような、唐突で一方的な終了宣言だった。


「あぁ、最後に。ここで読んでた本だけど、乃木霧生、君が片付けてくれ」


 ニヤリと笑いながら、堀田の言葉を無視し、たった今、思い出したかのように、キリュウに向かって影時がそう言った。すると、キリュウは面倒そうに「なんでオレが……」とボソリ呟く。


「そのぐらい、いいだろう? 学校から借りたヤツだから、君が一番適任だ。俺は、ここから出られないんだから」


「わかったよ」


 そのくらい仕方ないかと、キリュウが頷いた。そして、「もうこれ以上は本当にダメ」とでも言いたげな堀田により、影時がいた部屋を急かされながら後にした。


「面会終了しました」


 堀田は、キリュウ、トアリー、スイ、そして諷と莉朶がいることを確認すると、電子端末を操作し、研究所のスタッフと通信し始めた。


『了解。これ以降、入室禁止とする』


「了解」


『コード563 特殊バイオハザード……処理終了』



 ――――コード563!? 特殊バイオハザード?



 キリュウが目を見開き、耳を疑った。堀田の無表情の顔を見て、「なんで……?」と聞くのがやっとだった。


「人工知能部分は無機物として処分、身体の方はヒトとしての意識がないため、クローン技術による臓器と見なし、バイオハザードとして処理する判断を……」


 キリュウは、堀田の説明を最後まで聞かずに、その場から走り出した。


「キリュウ!!」


 「待って」という堀田の制止を無視し、トアリーもキリュウを追いかけた。



*****



 研究所を飛び出したキリュウは、自宅近くの公園で止まった。


「キリュウ……」


 キリュウの後を追いかけたトアリーが、そっとキリュウの背後から呼び掛けた。


「調査官は……技術を守るために動いてるんじゃなかったのかよっ!?」


 キリュウは、地面に向かって心の中にある苦しさと一緒に言葉にして吐き出した。



 ―――どんなに厄介な技術でも、必ず管理し、保存し続ける組織だって信じてたのにっ! なんでこんなことに……



 未知の技術は区別なく拾うと思い込んでいた。その時代の人間の判断基準だけで、捨てるどころか、技術そのものを抹消してしまうなんてことが赦されるのかと疑念を抱く。



 ―――判断を下したのは、おそらく有識者からなる『リスク評価委員会』



 影時の身柄を確保した時点から処分するまでのこんな短時間で判断が下されるわけがなく、前から既に決まっていた可能性が高い。

 自分だけが、「影時がああなること」について、気がつけなかった。気がつく機会はいくらでもあったはずなのに。

 結局、経験の差だ。リスクアセスメントがどれだけ身についているか、自然と次の行動を決めるための分析・評価が冷静にできるようになっているかが、影時と向かい合う覚悟の差となって現れた。莉朶と諷は会社経営をしているから、常にリスク分析をしているし、社会人のスイは当然会社で働いている限り、必ず叩き込まれる。トアリーも騎士としてホワイトレイクで似たようなことを学んでいたのを知っていた。自分も習ったのだが、あくまで机上の概念として捉えただけで身についていたとは言い難い。現に、こういう状態に陥っているのだから。キリュウは、それが悔しくて仕方がなかった。



 ―――クソッ!



 項垂れたまま、動かないキリュウをトアリーが引き連れて、自宅まで送ってくれた。キリュウはボーッとしたまま、気がついたら自分の部屋のベッドに座り、窓の外の景色を眺めていた。それ以来、キリュウは研究所と雷造の家に姿を見せることはなくなった。また、誰とも話すことなく、自宅と学校を往復するだけの生活を繰り返すだけの日々を送るようになった。



*****


 ――それから2週間後


「それしても……スクリーニングで引っ掛かったって聞いたとき、影時は、てっきり『魔術師の子孫』だと予測したんだけど、やられたわ」


 2人の他に誰もいないことを確認した堀田は、トダガワに愚痴をこぼし始めた。壁にもたれ、堀田の隣りに立っていたトダガワは、「始まったか……」とでも言いたげに、苦笑いした。


「まぁな、スクリーニングだからな。関係者かどうかを判断するには適しているが、完全一致かどうかは、スクリーニング検査じゃダメだし、更に調べるには時間がかかるしなぁ。そうなると、その判断は妥当だったんじゃないか?」


「慰めてくれてるの? ありがとう」


「珍しい判断ミスの事例を提供してくれたからな」


「ヒドイわね、ホント昔から変わらないわよね? そういうとこ」


「ハハッ、かもな? で、その判断ミスに繋がったのは情報不足か?」


「そうね……当時の調査官の報告では、1人だけこちらに残ったということと、若くして亡くなったって情報しかなかったわ。引き継ぎをしていたマスター トゥナなら知ってたハズよね? 報告したら、『選ばれし騎士の予備』が潰されると考えたのかしら……まぁ、今となっては解らないわね」


「そうだな。……ところで、今回も大活躍だった秘蔵ッ子はどうした? この頃、見かけないが?」


「ショックで自分の部屋に引きこもってるみたい。永久ちゃんが毎日見に行ってるわ」


「さすがホワイトレイクの騎士だな。かなり面倒くさい状態のヤツでも見捨てないとは……」


「そうね、騎士道精神っていうのかしら?」


「まぁ、乃木君の引きこもりに関しては、仕方ないところはあるな。ちょっと刺激が強すぎたか……放っておいていいのか?」


「暫く様子見するわ。たぶんショックな方に引きずられて、見えなくなってるのね。いつ霧生君は気づくのかしら?」


「あぁ、そういうことか。話を聞く限りでは、『女の子を丸め込んでホワイトレイクを破壊しようとしたこと』を忘れてる感じはあるな」


「それに、今回は自分がターゲットにされて、丸め込まれそうになっていたことに気づいてないわね。今後、影時を復活させようとする人物が現れたとき、霧生君がどう動くか……。今のところ影時サイドについて、その引き金を引くようなことはしないと思うけど、このまま気づかなかったら解らないわね。まぁ、このぐらいの心理戦に負けるようじゃ、調査官は辞めた方がいいもの」


「鬼のような……」


「だーれーがー『鬼』よっ! こういうのは周りがいくら言ってもダメなのよ、自分で気づかなきゃ。それに、鬼っていうのは、所長みたいなヒトのことを言うのよっ!?」


「そりゃ、言えてるな」


 笑いながら堀田に同意したトダガワの背後で、「……そうですか、私は『鬼』ですか」という地を這うような呟きが聞こえ、その声に堀田とトダガワが固まった。


「「……所長」」


 堀田は、全くツイテいない今日という日を呪った。


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