56 ループシステムと告げられることのない過去
強制的に移動型魔法陣で「はじまりの場所」にたどり着いたキリュウは、暗闇の空間を明るくするため、光系の魔法陣を脳内で描き発動させた。視界を確保すると、すぐにキリュウは、辺りを見て周り始めた。
壁側には、8つの培養装置が並んでいた。装置の中が見えるように一部だけガラスになっている。一番右端の装置の正面に立ち、装置に埋め込まれているモニターを見ると、心拍数や脳波の波形らしきものと、すぐその下に数字の「6」が表示されていた。その隣の装置のモニターには「11」、その次の装置のモニターを見てみると、モニターには何も表示されていなかった。
「8つあるうちの2つは使われていない?」
一通りモニターをチェックしたキリュウが、近くにあるモニターの表示が動いている培養装置に近づき、ガラス越しに中を覗いた。
「……影時」
今まで会った影時よりも老けているが、ハッキリと影時であるとわかった。モニターの数字は、「41」となっている。
―――じゃあ、このモニターに表示された数字は、身体の年齢なのか?
モニター表示のない培養装置の中を覗くと、空っぽだったことから、おそらく最近、2体は使用されたのだろうと考えた。培養装置の並び順と、そのモニターの数字より、16歳と21歳の身体と予想した。
―――21の身体は、学校の地下にあったヤツだな。……だとすると、今は16の身体。オレと同じ年か……
『エラー発生』
突然、41の数字が表示されていた培養装置のモニターの表示が変化し、赤色のバックライトとエラーメッセージが流れた。ガラスの覗き窓が閉まり、『処理中』というメッセージが流れる。
「な、なんだ?」
「染色体のコピーエラーが大量発生してガン化する可能性があるから処分してるんだ。その身体はもう使えない。まぁ、人間の身体なんて、何もメンテナンスせず、不具合なしで使える時期は、だいたい40年ぐらいだからな。たとえ細胞増殖時にエラーがなかったとしても、代謝サイクルが遅くなり、視力が極端に低下し始める頃だ。その先はいっきに老化の一途を辿る」
怪訝な表情でモニターを見ながら疑問を口にしたキリュウの後ろで、影時の声が聞こえてきた。
キリュウが振り返ると、そこに16歳の影時が立っていた。
「君の行動は、毎回驚かされるよ。それに君はいつも感情的に物事を進めてばかりだ。合理的な判断基準で行動しないから嫌いなんだよ」
「別に好かれようとは思ってないよ。ただオマエを捕まえるだけだ」
キリュウは影時を睨んだ。
「フッ……そりゃそうだな。君はいつだって追う側だ。これからもそうやって感情的に俺を追い続ければいい」
「まだ逃げられると思っているのか?」
「どうかなぁ? バックアップの方は君の友人達が押さえたようだな。あのセキュリティウォールを破るとは脱帽だ。だけど……ククッ……アイツら、今頃、俺の4回の転生データに呆然としてそうだな。全部吸い上げるには時間がかかるぞ?」
影時は余裕の表情でニヤリと笑った。
「4回の……転生?」
「あぁ、人間の身体は40年で終わりだからな、身体に不具合が起きれば自動的に俺の人工知能はこの『はじまりの場所』に戻る。そして新しい身体でリスタートされる。その際、データは新しい身体にも引き継がれるし、バックアップもされるシステムになっている。俺自体、『ホワイトレイク』という国をを維持するための歯車だったんだよ。今は用済みだがな……」
「どういうことだ?」
「今から約100年前に『ホワイトレイク』の建国者とその親戚や関わる者達が移住した。俺だけ、『ホワイトレイク』を外から守るために、初代選ばれし騎士として、ここに置いていかれた。そして1年経ったある日、マスター トゥナがこちらに送り込まれて来た。俺の身体がちょうど40年で寿命だったからな。1回目の転生後は、『ホワイトレイク』と連絡をとりながら、マスター トゥナに選ばれし騎士としての引き継ぎを行った。それが終わった頃に2回目の寿命がきた」
影時が、紙やガラスの破片が散らばった足元の側に落ちていた1枚の写真を拾った。
「それは?」
「転生前に一緒に暮らしていた俺の妻と息子だ。決して会うことはない」
「家族……?」
影時から『妻と子供』という単語を聞くとは思っていなかったキリュウは、影時が持っている写真を凝視した。
「あぁ、そうだ。2回目の転生で『ホワイトレイク』の歯車から開放されて、家族とゆっくり暮らせると喜んだが、転生後の自分の容姿を見て、自分の家族には会えないことを悟ったよ。転生後は毎回必ず脳のニューロンネットワークが安定する6歳児の身体に転送されるし、用意されている年をとった身体は最高で40代だ。家族に会うためには80代の身体が必要だが、そんなものは存在しない。転生する前までは、普通の人間として暮らしていたから、自分がこのために作られたシステムの一部だということをあまり認識していなかった。甘い考えだった。だが、家族を遠くから見守ることはできたから良かったが……3回目の転生で、いつまでもこの状態が続くことに絶望した。もう用済みのハズなのに、このループから外れることはない。6歳の身体を使えなくすれば、眠ることができるのではないかと思ったが、新たな身体が整うまでの数年間だけ眠れただけで、気がつけば4回目の転生を果たしていた」
「じゃあ、自分がそのループから抜け出したいがために『ホワイトレイク』を壊そうとしたのかっ!?」
キリュウの言葉に怒りが滲み出た。影時は、何も言わず無表情だった。
「……何が悪い、所詮人間と同じように作られた人形とでも言いたいのか!? この感情も苦しみも作られたものだから偽物だとでも?」
「……他に方法があるはずだ。もっといい方法がっ!」
「だから君を嫌いなんだよ。感情的で馬鹿で考え方が甘い」
そう笑いながら言い放つ影時を、キリュウは悔しげに再び睨んだ。
*****
トアリーと堀田は、国外にある「はじまりの場所」に行くため、大型転送システムゲートのある港にある政府専用待機ルームにいた。トアリーは、初めての国内から外に出る緊張から、顔が無表情だ。
「そんなに緊張しなくてもいいわよ? ……それにしても困ったわね、例の『はじまりの場所』の上にある空き家の所有者と連絡がとれないのよねぇ。『はじまりの場所』自体はウチの管轄だけど、家は別だから、このままだと無断で乗り込んでいって事後承諾になりそうね。そうなると面倒だから、できるだけ避けたいんだけど」
堀田がソファのひじ掛けにもたれ、頬杖をつき、深く溜め息をついた。
「なぜ上物の家まで管轄にしなかったのですか?」
堀田の向かい側のソファに座ったトアリーが思い浮かべた疑問を口にした。
「……うーん、どうやら影時の関係者が、昔あの家にしばらく住んでたみたいなのよね。その後、空き家になったんだけど。その関係者の親類が今も管理しているのよ。なぜか理由はわからないけど、当時住んでた関係者には、ホワイトレイクのことや、影時が人工知能で出来たクローン人間であることは知らないわ。全くこの件には関わらせなかったみたいね。だから今の所有者もあの家の真実を知らない。それに、あの家を自由に売却できないように文化遺産にして縛りをきつくしてるから、単なる古い重要な建築物と思ってるかもしれないわね」
トアリーのパスポートを用意すると同時に、事前に急いで情報収集したらしい。
「もしかして、カモフラージュのために文化遺産に指定されている施設って他にもあるんですか?」
「あたり! 勘がいいわね」
堀田はニッコリ笑いながら、紅茶の入ったティーカップソーサに手を伸ばした。
「他にもあるわよ。『既に似たようなのが指定されているのに、なんでこの建築物も?』っていうのは大抵そうよ。一般人はわからないようにカモフラージュするには最適な制度よね」
堀田は一口飲むと、「そろそろ時間ね」と、ソファから立ち上がった。トアリーも慌てて立ち上がり、歩き出した堀田の後ろについていった。
*****
緊急事態発生により通常の転送便とは異なる割り込み枠になるため、一般の転送ゲートへ向かう通路とは異なる通路をトアリー達は進む。
「あっ! 永久さん!?」
小さなかわいらしい幼い声に呼ばれ、すれ違ったばかりの人物の方をトアリーが目を向けた。
「アオイちゃん!?」
アオイが立ち止まったトアリーのところに駆け寄った。アオイの母親が申し訳なさそうに会釈をする。
「ワタシ、これから帰るんです」
母親の制止に気づかず、無邪気にトアリーに話しかけてくる。
「もう帰るの?」
近いとは言え、せっかくこちらに来たのに日帰りとは、かなり強行な日程だ。トアリーが驚いていると、アオイの母親が答えた。
「ええ……緊急で予定が入ってしまったんです。どうやらトラブルがあったようで、省庁の担当官から、急遽そちらに伺いたいと言っている方たちがいると言われて……。それで、帰りは飛行機ではなく、こちらに」
移動手段に、ゆっくり旅ができる飛行機ではなく、転送システムを選ぶほど、かなり大事な用事らしい。思わず、「大変ですね」と、トアリーは同情した。
「永久さんは、仕事ですか?」
「はい、文化遺産の『アンセスロクス』をちょっと調査に」
アオイの母親の質問に答えると、アオイが両手を胸の前で組み、パッと嬉しそうな表情になった。
「えっ! じゃあ、今日、来るお客さんって永久さんなんですね!? うれしい!」
「? もしかして……『アンセスロクス』って、アオイちゃんのウチの?」
「はい! ウチの所有している資産の一つです」
一瞬、アオイが言っていることを理解できずにいたが、繋がった。
「じゃあ、『アンセスロクス』を管理している『時さん』ですか?」
トアリーの横で黙って聞いていた堀田が、会話に割って入る。研究所の見学時では、必要最低限の個人情報の提出を求めているため、名前だけしかわからない。まさかアオイ達が「アンセスロクス」の管理者であるとは思いもよらなかった。
「はい。主人に連絡をくださってたのは、永久さん達だったのですね。今回、私たちが外出してたから、なかなか連絡とれなかったでしょ? ごめんなさいね。主人は忙しい人なので、『アンセスロクス』などの資産は、私たちが管理しているんです」
「いえ、こちらこそ急に無理を言って申し訳ないです。手続きは、お済みですか?」
「いいえ、実はこれからなんです」
アオイの母親の答えを聞き、堀田は、「ちょっと失礼します」と言って、どこかと連絡を取り始めた。
やがて連絡を取り終えた堀田が、アオイの母親に対し、「時さん、すみません」と話しかけた。
「重ね重ね申し訳ないのですが、お二人とも、私たちと一緒の転送枠での移動をお願いしてもいいですか?」
どうやら、堀田は緊急時の政府専用枠にもう2人の追加の申請をしていたようだ。先ほどまでのやり取りを聞いた感じだと、いつもの調子で無理矢理ねじ込んだみたいだった。
******
アオイとアオイの母親の案内により、トアリーと堀田は、文化遺産に指定されている建築物「アンセスロクス」の中に入った。古かったが、ちゃんと管理しているらしく、埃っぽくないし、カビ臭くない。古い建物の独特の木材の香りがする。
廊下の壁には、歴代の当主と思われる人物画が掲げられていた。
「……」
トアリーは、影時の人物画の前で立ち止まった。が、5、60代のようで、影時より年が上だ。
「これは、この家の初代です。今から約100年前に描かれた肖像画です」
アオイの母親が、トアリーの視線を追うように眺めて解説した。
「親戚も子供もいなかったので、自分に類を見ないほどソックリな子供を養子にしたと言われています。そちらが、初代と2代目の肖像画です」
指し示された絵を見ると、2、30歳ぐらいの男と、10歳ぐらいの少年が描かれていた。
「クローンのようにソックリでしょ? 2人がソックリなのは、外見だけじゃなかったと言われてます。環境要因とかで、性格や考え方は異なってしまうと一般的に言われてるのに、初代の徹底した教育により、養子となった2代目は、初代と同じ知識を有し、考え方も性格もソックリだったということです」
確かに単なるクローンであるならば、環境要因により、五感の感じ方から、脳の萎縮具合など、中身までもが同じになることはない。しかし、影時は単なるクローンではない。今の話を聞く限り、この家の初代である「ホワイトレイク」建国者のクローンとして作られた影時の脳にある人工知能の元は、おそらく初代の脳であることが推察できた。
「2代目は結婚し、3代目が生まれたのですが、40歳ぐらいのときに急死したそうです」
「子供がいたのですか!?」
トアリーが聞き返すと、「え、ええ……」と、アオイの母親がそれに圧倒されたかのように頷いた。
「永久ちゃん、時間がないから……」
静かにしていた堀田が、これ以上何かボロを出さないよう、撤退しようと画策する。
「急かしてばかりで申し訳ないのですが、今回、地質調査も含んでますので、庭の方へ移動させていただいてよろしいですか? 時間がかかりますので、終わりましたら、ご連絡を入れさせていただきます」
堀田が有無を言わさない営業スマイルで押しきり、アオイとアオイの母親に一旦別れを告げ、トアリーを連れて、庭に出た。
「アオイちゃんの祖先は……その……人工知能のクローンってことになるんでしょうか?」
庭を歩きながら、小声で堀田に話しかけた。
「そうね」
「……人工知能なのに、子孫を残せるのですね」
「身体は人間なんだから、残せるわよ。でも、あの様子では、家族や子孫には伝えていないわね」
「え?」
「だって、もし祖先が現在禁止されているクローンだとしたら、知らない他人にクローンの話題を出すことはしないわ。逆に、それに知っているかもしれないと思われる人達に対しては、ワザワザ肖像画の説明をする必要もないし」
2人は建物の影まで行き、死角に入った。堀田が電子端末を操作すると、よく見ないとわからないほど、草に同化した色で幾何学模様が描かれ、トアリーと堀田は、地面の中へと消えた。




