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科学の極み! (連載版)  作者: 芝高ゆかや
6章 リアルと仮想の曖昧な境界線
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54 追い詰められた者たち

 その頃スイ達は、咄嗟に莉朶が作ったシェルター内で、諷が気力を取り戻すまで待機することになっていた。なかなかVRMMOとは勝手が違い、思うように調査が進まない。


「ここを出たら、たぶん普通には歩いて先には行けないと思います」


「あぁ、そうだな。さっきの場所にも既にトラップがあったんだから、きっと待ち構えているだろう」


「さっきは油断してたので、装備を対防御に整えようかと思います」


 諷を休ませている間、スイと莉朶が今後の計画と対策について話し合っていた。


「……対防御の装備って?」


 なんとなく嫌な予感がし、スイが聞いてみた。


「えーっと、ツナギより強い『全身タイツ』を着…「無理だ、他の強化装備を考えよう」


 話の途中でも構わず遮り、スイは即行で莉朶の案を却下した。



 ―――やはり莉朶さんのセンスは、単なる中二病由来だけじゃないんだな


 全身タイツをセレクトする時点で、莉朶のセンスを察することができる。


「センパイ、2つの装備を合成すればいいんじゃないかなぁ」


 さっきまでぐったりと壁にもたれ、足を伸ばした状態で座っていた諷が、スイ達の会話をずっと黙って聞いてたらしく、唐突に会話に割り込んだ。


「そっか!」


 莉朶が納得したように、ポンッと手を打った。


「いや、VRMMOの開発やってるんだから、そういうことはすぐ気づこう」


 すかさずスイがツッコミを入れた。


「『バーチャノーカ』では、農作物以外でそういうシステムは搭載しないことになってるので、頭から抜け落ちてました」


 テヘと、照れ笑いをしながら莉朶が恥ずかしそうに答えた。


「じゃあ、ツナギ強化するよー!?」


 諷が立ち上がり、いつも通りの元気な口調で言う。どうやら気力が回復したようだ。


「スイ兄は、どうする? スリーサイズ教えて貰えればツナギ、作れるよ?」


「……いや、いい。サイズなんて測ったことないから、わからん」


「まぁ、そうだよねー。じゃあ、アタシ達だけでいっか!」


 そう言うと、諷は目を閉じた。諷と莉朶のツナギの周りに金色のプログラムコードが浮かび上がり、ツナギに吸い込まれるとツナギのデザインが変化した。ツナギの所々に白い部分が配色されたものになる。


「うん! 我ながら割りといい感じにできたっ!」


 満足げに諷が自画自賛した。


「ついでに背負子ジェットも強化しましょう」


 莉朶がしばらくどう改造するか悩んだようだが、決めたら早かった。


「背負子ジェット・改ゼロ式ッ!!」


 莉朶がカッコいい決め台詞のように叫び、スイと諷にアイテム紹介をした。


「「……」」


「二人とも、反応薄すぎです……」


 莉朶がガックリと、うなだれた。


「センパイ! そんなことより、早く行こうよ? 早く背負子ジェット、装備して」


「はい……」


 諷に急かされ、テンション低めに莉朶が返事をした。


「行先は?」


「さっきターミナルで見つけた転送先、たぶんこのスパコンの頑丈にセキュリティがかかってる隠しシステム内だよ! 転送先コードを全部見たワケじゃないけど、何層もあるセキュリティウォールみたいだった」


 行先が決まったところで、シェルターから出る準備をした。


「シェルターから出ます、みんな、いいですか?」


「あぁ」


「オッケーだよ?」


 莉朶の合図とともにシェルターが消えると、両側の壁一面におびただしい数のレーザー銃があった。床には、見たことのない文字のような図形のようなものが描かれた金色の魔法陣が模様のように浮かび上がっている。

 スイがゴクリと唾を飲み込んだ。


「トラップ発動前に抜けます! 諷、援護をお願い!」


「りょーかいっ!」


 莉朶が助走をつけて地面を蹴り飛ばして浮上した。先ほどと同様にスイにロープを投げ、吊り上げると、スピードを上げ、銃口からレーザーが飛び交う中を空中で避けた。


 ―――ヤバイ! この動きはダメなパターンだ……


 ターミナルでの脱出時と異なり、レーザーの合間をぬって動くため、上下左右に揺れる。

 数秒も経たないうちにスイ達を追い抜かす物影が両目の視界の隅に入った。

 諷が放ったピッチフォークが、シルバーの鈍い光を放ちながら次々と壁面にある銃口を破壊していく。


「スイさん、もうすぐです!」


 莉朶が励ますが、スイは既に返事ができないほどの状態だ。

 床にある魔法陣がない場所までくると、トラップを抜けたと判断し、莉朶はスイを地面に降ろした。スイは、ふらつきながらもなんとか立とうとした。が、その直後にパシュッという鈍い音が聞こえた。



「くはっ……」



 腹に何か衝撃を感じたが、スイは何が起きたのか分からなかった。目を見開いたまま、時間が止まったように誰もが微動だにしない。


静寂が辺りを包む。

「スイ兄!」


「スイさん!」


 スイを呼ぶ諷と莉朶の声が遠くで聞こえるような気がするが、苦しくてまともに返事ができない。


 ―――!


 床に崩れ落ち、視界がだんだんボヤけてきた。身体の欠けたと思った部分を手で押さえているが、データコードが剥き出しになっているだけで、血は流れていない。ポッカリその部分だけ身体の表面がない。凄まじい傷みとのギャップにスイは混乱した。



 ―――あぁ、そうか……ここはVRだったんだっけ……



 意識が混濁しないように逆らい、やっとそう理解したが、無駄だった。何かに押し流されるようで、考えが纏まらない。ただ、自分の身体や今感じている傷み、そして、色々なことを考える思考までもが人間ではなく、『作り物』のように感じながら、ユラユラする視界を遮ろうと目を閉じた。


「スイ兄……マズイ、意識レベルが低下してるっ! センパイ、昏睡状態になっちゃうよ!」


 焦った諷が駆け寄り、容赦なく負傷したスイの両頬をペチペチと叩いた。


「一旦、VRから離脱した方がいいかもしれない」


 莉朶は、ペチペチ叩いている諷の手を掴み、止めた。


「もう意識がこんだけ低下してると、自力でログアウトできないよ?」


 諷が泣きそうな顔でスイを見つめながら呟くように言うと、冷静にこの状況を打開できる方法を莉朶が口にした。


「運営用のプレイヤー強制ログアウトのコードを使えばなんとかなると思う」


「そっか! その手があった! じゃあセンパイ、スイ兄をお願い」


 諷が立ち上がり、莉朶の方を振り返って言った。


「諷?」


「アタシは、ここに残って調査を進める。戻ってきたときに位置マーカーがないと初めからやり直しだよ?」


「……」


 諷の指摘に莉朶が苦渋の表情を浮かべる。


「センパイ! スイ兄、ヤバイから、悩んでる時間なんてない」


「ごめん! 必ず戻るから!」


「うん、頼りにしてるから、ね? 莉朶センパイ」


 莉朶はスイの横に膝まずき、一気にプログラムコードを脳内に駆け巡らせた。スイと莉朶の周りに細かい金色の文字で描かれた壁ができ、シュンッとその場から消えた。


*****


「スイさん! しっかりっ!」


 莉朶が急いでVR筐体の扉を開けると、諷の姉である凪と伊能が駆け込んできた。スイのブースを凪が解除し、伊能がぐったりしているスイをVR筐体から引っ張り出した。待機していた他のスタッフが一斉に動き出し、スイを移動式簡易ベッドの上に運ぶ。


「鎮痛剤っ!」


 筐体の外部モニターから多数のコードでつないだ機材には、3人の身体データが表示されていた。凪は、スイのモニターを見ながら他のスタッフに指示を飛ばす。


「ちょっといい?」


 緊急処置されているスイを心配そうに見ていた莉朶の肩をトントンと指で叩き、堀田が声をかけた。


「はい……」


 周りの喧騒から逃れるように、堀田と莉朶が部屋のすぐ隣にある居室に入った。


「実は、あなたたちに謝らなきゃいけないことが起きたわ。こちらも想定外でチームメンバーも動揺してる」


 部屋に入るなり堀田が話を切り出した。


「想定外とは?」


「こんなことは初めてなんだけど、VR筐体に繋いでいるスパコンにアクセス拒否されたのよ。原因を調べているんだけど、まだわからない。VR筐体に繋ぐ前までは、こういうことはなかったんだけどね」


「そういうことですか……、だからダイブ中にそちらから連絡がなかったのですね?」


 莉朶の言葉に堀田が気まずそうに頷いた。


「今、こちらがやれることは、VR筐体のモニタリングぐらいしかないわ。それでも……契約、続けて貰えるかしら?」


「……考えさせてください。スイさんがこういう状況では、結論は出せないです」


 静かに問いかける堀田に対して、莉朶は思い詰めた表情で、俯きがちに呟くように答えた。


「そうよねぇ……」


 溜め息をつきながら、堀田は透明な扉ごしに見える緊急処置中のスイに視線を移した。



*****



 ―――眩しい


 スイが目をウッスラと開くと、ぼんやりとした視界が段々と焦点があった。


「スイさん! わかりますか?」


 辛そうに目に涙を浮かべ、除き込む莉朶の顔が見えた。


「あぁ……大丈夫」


 スイは、そう言いながら、ゆっくりと起き上がり、深呼吸した。先ほどまでと違い、頭がスッキリし、落ち着いている。


「良かったです……」


 莉朶のホッとした表情を見たあと、自分が移動式の簡易ベッドの上におり、10人ほどのスタッフが周りを囲んでいることに気がついた。


「あの……ご迷惑をおかけしたようで、ありがとうございます」


 スイは、注目を浴びていることに戸惑いながらシドロモドロにお礼を言った。


「いえ、ご迷惑をおかけしたのは、むしろこちらなので……」


 慌てて凪が訂正を入れた。


「スイさん、傷みはないですか?」


「大丈夫そうだ。……で、これからどうする? このまま無策状態でセキュリティウォールは抜けられないだろ?」


 心配する莉朶を安心させるようにハッキリと答えたスイは、今後のことについて切り出した。


「そのことですが、契約を続行するかどうか悩んでます」


「そうか……だけど、あのまま、あの人工知能のヤツを野放しにはできないんだろう? 今までの状況からすると、ヤツは電源さえあれば、自由自在にネットワーク内を移動できる上に、各地にクローンの身体があって、世界中を正規の手続きなしに移動可能みたいだ。しかも、まだこの世の中にない技術で、人間とほとんど変わりない人工知能の存在に、世間が混乱に陥ることは間違いない」


「はい」


「どういう目的でヤツが動いているのかわからないが、世間に見つかる前に、対処するしかないだろう。このまま放置しとけば、もし見つかったときに、今の世間の雰囲気は確実に変わる。他にもそういうヤツがいるんじゃないかと疑心暗鬼になるだろうし、ヤツがデバイスなしで直接干渉できるネットワークを使うVRMMOは、特に危険視される可能性も出てくる」


「……事業に大打撃です。どうにかしないと!」


 莉朶が青ざめる。


「次は危なくなったらログアウトするってことで、無茶をしないということを条件に契約し直すのはどうだ?」


「はい、そうします」


 莉朶は、スイの助言に何度もコクコクと頷いた。そして、いつの間にか莉朶の後ろにいた堀田が、「ありがとう」と、お礼を言い、言葉を続けた。


「かなり大変なことに巻き込んでごめんなさいね? それと、尾河さんのサイズは、これね」


「いつの間にっ!?」


 堀田の情報収集能力に舌を巻いた。


「とにかくゲームとは違うんだから、普通の服じゃダメよ!」


「……はぁ、わかりました」



 ―――合成元の素材であるツナギがないオレの場合、全身タイツになるのか……


 堀田の注意を受け、ガックリしながら、スイは諦めて頷いた。


*****


 契約をし直し、再びダイブするための準備を終えた莉朶は、スイと共に再びVR筐体に入ろうとしたところで、堀田に呼び止められた。


「間に合って良かった! これを」


 堀田から手渡されたチップを見て、「これは?」と、莉朶が訊ねた。


「尾河さんってセキュリティにひっかかるほどの帯電体質って聞いたから、その能力を利用できるように、ちょっと細工してみたのよ。強化装備を作製するときに、このチップにあるデータと一緒に合成してみてくれるかしら?」


「ありがとうございます!」


 莉朶はニッコリ笑って、大事にチップを手に包み、VR筐体に入った。



******



 先ほどと同じ場所のブースに入り、2人はダイブした。


「諷!」


 莉朶が呼びながら諷の隣に舞い降りる。


「センパイ! スイ兄はっ!?」


「ここにいる」


 諷の目の前にスイが降りた。


「良かった! もー、心配したよー」


「悪かった」


 ホッとした表情を浮かべた諷に謝るスイに、莉朶が「スイさん」と呼びかけた。


「……まさか」


 穏やかな時間はあっという間に過ぎ、スイにとって試練の時が訪れた。思わず後ずさりする。

 莉朶の手には、堀田から渡されたチップがあった。


「今度は先ほどのようにならないので大丈夫です! 堀田さんから頂いたヒミツのデータもありますし、チャッチャとスイさんの強化装備を作りましょう!!」


「いや、ちょっと待て! そんなに焦らなくてもいいとオレは思うぞ?」


「諷!」


 往生際の悪いスイを取り押さえるよう、莉朶が諷に合図する。


「諷ちゃん!?」


「スイ兄、ゴメンね? もうあんな思いしたくないから、ね?」



 ―――クソッ、裏切られた!



 莉朶と壁に挟まれる形で、さらに諷がスイを角に追い詰めるように立ったため、退路を絶たれた。


「では、いきますっ!」


 莉朶が気合いを入れると、手のひらにあったチップが浮かび上がり、その周りにグルグルと金色のプログラムコードが渦を巻き、球体を作り出した。その球体を容赦なく莉朶がスイの身体にめがけて投げた。

 スイは咄嗟に身構え、目を瞑った。

 目を閉じても、眩い光が辺りを包み、スパークしたことがわかる。眩さがなくなり、覚悟を決めてスイがゆっくり目を開いた。



 ―――全身タイツ……じゃない



「……まともな服だ」


「スイさん! ヒドイです、私はカッコいい服しか作んないですよ?」


「いや……うん、悪かった」


 以前の全身タイツ発言を忘れたかのように抗議する莉朶に、何か言おうとスイが口を開くが、余計ややこしくなりそうなため、やめた。


「どこかの制服かなぁ?」


 諷がスイの周りをぐるっと1周した。


「さぁ? 服のベースは、堀田さんから頂いたチップのデータで、全身タイツ機能を付与した形の合成になったみたい。色が白いですし、制服にしては派手なので、制服というより騎士が儀式のときに使う礼服に近い感じがしますが……どうでしょうか、スイさん?」


「そうだな……それと、このカフスに刻印されたマークって見覚えがある」


 スイが袖口のカフスボタンを2人に見せた。


「あ! ホントだー、これってアタシ達の学校の校章に似てない?」


 諷がスイの近くに寄り、除き込む。


「そうですね……それと、今、気がついたのですが、さすが世界有数と言われる研究所が作っただけあって、この服の機能はスゴいです! スイさんの体質を使って相刹的干渉作用を起こすことにより……」


「つまり、簡単に言うとどういうことだ?」


 莉朶の説明が長くなりそうだったため、話の腰を折った。


「つまり、ステルス機能を搭載してるってことです!」


「えーっ! じゃあ、スイ兄の側にいれば、トラップがあっても反応しないってこと!?」


 テンションが上がる諷の質問に莉朶が頷いた。


「そうなのか?」


「スイ兄! それじゃあ、行こう!?」


 諷がスイの腕に自分の腕を絡め、行先を指し示した。


「えっ!?」


「さぁ、スイさん! 早くここを離れないと……さっきまで気配があったのに、急に気配がなくなったら怪しまれてすぐに勘づかれてしまいますから」


 莉朶もそう言いながら、スイのもう片方の腕を掴んだ。両手に花のシチュエーションに戸惑うスイに、2人が先に進むよう促す。

 スイ達は、その場を急いで後にしたのだった。

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