5 システムによる入国審査
扉の向こうは、階段の踊り場(白い壁)だった――
「うぉっ! あぶねぇー」
キリュウは、重力の急激な移動についていけず、咄嗟に受け身をとり、踊り場に転がった。あやうく床に顔面衝突するところだ。
膝まずいたまま見上げると、先ほど雷造の家の壁に現れた扉があり、立ち上がった状態で頭上すれすれの所にある。目の前には螺旋状の階段が下へと続いていた。
「とりあえず、降りるか……」
キリュウは立ち上がり、階段を降りた。
白い床にキリュウの足が触れた途端、赤い光で描かれた魔法陣が現れた。
キリュウは驚き、目を見開いたまま動かず、ジッと立っていた。
すると、魔法陣の回りに沿って囲むように光の壁ができ、その壁に細かい赤い文字がぐるぐるとたくさん流れ始めた。
「『魔法の国ホワイトレイク』にようこそ。初めての入国ですか?」
女性の声が流れる。ホワイトレイクのシステムによる入国審査が始まった。
「はい、初めてです」
キリュウは、一呼吸し、緊張を和らげてから答えた。
「では、立体静脈認証を行います。スキャンしますので、しばらく動かないでください……」
キリュウの足元から頭の先までに光が流れた。
「……終わりました。出入国者データベース照合……該当者なし……新規入国者です。登録しますので、名前をどうぞ」
「ノギ キリュウ」
「ノギ キリュウ……登録しました」
淡々と審査が進む。とりあえず、ここまでは順調だ。システムの不具合による影響は受けていない。
「では、入国前に禁止事項を説明します。これから魔法の国で暮らすことになりますので、今までの生活で得た科学技術に関する知識について、国民には話さないでください。科学技術を認識した国民が1人でもいれば、その国民とともに隔離いたします。また、犯罪行為等があった場合も隔離いたします。
これら禁止事項について了承しますか?」
「はい」
「では、ホワイトレイクへの道をつなぎます。希望の場所はありますか?」
「じゃあ、レイトーリア魔法学院で」
雷造の指示通りにキリュウは場所を指定した。
「レイトーリア魔法学院ですね? では、接続します。しばらくお待ちください……」
しばらくして、赤い文字がぐるぐる回っている光の壁の一部に扉が現れた。
「お待たせしました。接続しましたので、どうぞ」
システムによる入国審査が終わった。
キリュウが扉を通ってホワイトレイクの地に一歩足を踏み入れた途端、扉がサッと消えた。
辺りを見回すと森に囲まれいる。芝生が一面に広がっており、扉があった後ろを見たら高い塔のある建物があった。
「……どこだ? ここ」
ここでまさかのシステムエラーだった。
キリュウは、『はじまりの魔法使いのレポート』で覚えた知識を思い出し、建物の形状から自分がいる位置を割り出す。
「ここ、もしかして中央塔か? よりによって、一番遠い町外れに飛ばされるとかって……まったく、早く直さねーとダメだな」
キリュウは、呆れると同時に、気持ちを新たに決心する。
そして、見つからないようにここから脱出する方法を検討しはじめた。
まだ候補者に接触してないため、中央塔の人達に見つかるとやっかいだ。不審者扱いされかねない。
「最短ルートがいいか……」
キリュウはそう呟き、脱出最短ルートを選んで行動することにした。
キリュウは裏庭から建物のピロティの柱の影に身を隠しながら突っ切り、門を出て中央塔エリアから脱出しようとした。
――が、門を出ようとしたところで、すれ違った女の人に呼び止められた。
「ちょっと待って! 失礼ですけど、見かけない顔ね。君はレイトーリア魔法学院の新入生?」
キリュウはギクッとして、ギクシャクとゆっくり振り返った。髪を結い上げ、ローブを着ている女の人と向かい合う。
その様子を見て、キリュウに声をかけた女の人が吹き出した。
「プッ……そんなに怖がらなくていいですよ! 別に取って喰おうなんてするワケじゃないんだから。今度、私の子が魔法学院に入るのよ。だから同期生になるので、よろしくお願いしますね!」
「あぁ……そうなんですか。ボクは、キリュウと言います。こちらこそよろしくお願いします」
キリュウはホッとした表情で挨拶した。
「ロイっていう名前の男の子よ、会ったら声をかけてあげてくださいね」
「はい」
ロイの母親は、キリュウの返事にニッコリ微笑み、じゃあね、と中央塔に向かってその場を去っていった。
*****
キリュウは、門を出て、中央広場を通り、メインストリートを歩いてレイトーリア魔法学院を目指した。メインストリートを歩いている途中、キリュウは、先ほど出会った女の人のことを考えていた。
――なぜだかひっかかる
そして、妙に既視感もある
どういうことだ?
キリュウはぐるぐると思考を巡らせ、立ち止まった。
「あの人……ツナ婆さんにソックリだ」
行き交う人々が、突然立ち止まったキリュウを何事かと見る中、キリュウがポツリと呟いた。
昔、ツナ婆さんが魔法の国の話をしてくれた。その頃は童話だと思っていたが、おそらく本当の話だ。
そして、自分の家族のことを少し話してくれたこともあった。ツナ婆さんの姪があのロイの母親で、確か魔法使いになったと言ってた。姪に息子が生まれたことも言ってた。雷造からは、色素の研究をしている魔法使いの候補者にまずは会うよう言われているが……
――ロイに会おう
キリュウは魔法学院の寮へと向かった。
*****
キリュウが寮に入って行くと、新入生らしき者達が入寮手続きをしていた。キリュウも列の一番後ろに並んだ。すると、キリュウのすぐ前に並んでいた少年が振り返った。
キリュウと同じぐらいの背の高さぐらいで、ダークブラウンの髪と目をしていた。
「こんにちは。……君も新入生?」
少年がキリュウに話しかけてきた。
「うん、そうだけど……」
「そっか! オレも! ……じゃなかった、私も新入生なんだ。ロイと言います。よろしく」
――ロイ!? やはり学院じゃなく、寮に来て正解だったか……
キリュウは自分の運のよさに内心ガッツポーズした。
学院の方に先に行っていたら、入寮手続きの列はなくなり、ロイと会うのは学院の入学の際に行われるオリエンテーション後となる。その時に会っても遅すぎる。学院の授業が始まり、雷造から言われている魔法使いの候補者と接触しなくてはいけないので、ロイとゆっくり話す時間を作ることは極めて困難だ。
「キリュウです、よろしく」
キリュウとロイが握手した。
ロイが肩を叩き、耳を貸せというジェスチャーをする。キリュウが素直に耳を貸すと……
「同期生の中で男は私達だけのようだ。ハーレムだなっ♪」
ロイがキリュウに嬉しそうに耳打ちした。
「……」
――ロイ……もっと現実を見た方がいい。女子がクラスで圧倒的多数を占めた場合、間違いなく大抵女子達のパシリになる。(*ただし、イケメンを除く)
今までキリュウの経験上、ハッキリとそう確信し、同期生の女子と必要以上に接触しないよう全力で回避しようと決心した。仲良くなりすぎると絶対いいように使われる。
「……そうなんだ。すごく重要な情報をありがとう」
とりあえず、ロイにお礼を言っておく。
*****
キリュウの入寮手続きの番になった。
「……君は今年入学予定か?確か今年は9人だったはずだが?」
受付の男が首を傾げた。
「そうなんですか? 今年入学予定のはずですが……」
「ちなみに君の年齢は?」
「15です」
「じゅうごっ!? じゃあ今年入学しないとダメだな。まぁ、手違いがあったのだろう。リストには15歳までの国民全員が記載されてるはずなのに、リストから漏れるとは珍しい……」
ホワイトレイクでは10歳から15歳までの間に、国民全員がレイトーリア魔法学院に入らなくてはならないというルールがあるため、キリュウの手続きは思ったよりスムーズに終わった。ホッとしながら、エントランスで自分の部屋が決定するまで時間を潰そうと思っていたら、エントランスの端にロイがいた。
ロイはキリュウの手続きが終わるのを待っていてくれた。おそらくトラブルで部屋がすぐに用意できないことがわかったからだろう。
「手違いなんて珍しいな。たぶん空き部屋に入ることになるから、用意までに時間がかかると思う。とりあえず私の部屋で休んだらどうだろう?」
ロイがそう言ってくれた。すると、それを聞いた受付の男が頷き、ロイの意見に同意した。
「あぁ、そうしてくれ。ロイの部屋で待っててくれれば、こちらも助かる。部屋が決まり次第、連絡する」
かくして、キリュウはロイの部屋にしばらく滞在することとなった。