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科学の極み! (連載版)  作者: 芝高ゆかや
5章 閑話休題 とあるVRMMOプレイヤーの話 ―オレがやりたかったVRMMOとなんか違う―
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 オレンジの光のスライダーを出しながら熊手がオレ達の前を突き進む。



 ―――それにしても、なぜ熊手なのだろうか? まぁ、どうせピッチフォークに似た形状のうえ、商売繁盛の縁起物だからと、あの2人ならいいそうだ……特に理由はないに違いない



「スイ兄! もうすぐだよ」


「あぁ」


 オレが頷くと同時に、熊手スライダーが途切れ、床にコードと思われる光の文字が放射状に広がる。

 莉朶さん、諷ちゃん、オレの順に、そこに着地した。莉朶さんは、すぐにアオイちゃんとAIノースを追うため、走り出した。オレ達も慌てて続いた。莉朶さんの表情は、いつになく険しく、必死だ。



*****



 行き止まりまでAIノースを追い詰めた。

 ここは前に来た場所とたぶん同じところだ。見覚えがある。その証拠に、前回、諷ちゃんが暴れたせいで標本のガラスケースの壁が所々壊れていて、青白く光る文字が壊れた空間に流れている。

 AIノースはアオイちゃんを抱き締めて、こちらをじっと見つめていた。


「センパイ?」


 3メートル手前で急に莉朶さんは歩みを止めた。


「諷……なんとなく今まで引っ掛かってたのが、今わかっちゃった」


「え?」


「高級ベッドとか、チョコとかケーキとか関係ない……答えは、『一番逢いたいヒト』だよ」


「じゃあ、アオイちゃんは、センパイが昔言ってた『会いたいけど、もう会えない子』……?」


 諷ちゃんの言葉に莉朶さんは無言で首を横に振った。


「違うけど……とても似てる。諷は、どうする? ここで止めていいよ?」


 莉朶さんの突然の提案に、諷ちゃんは驚いた様子で目を見張った。辺りが一瞬、沈黙で覆われた。


「それとも今ここで……」


「やだなぁー、センパイ! アタシ、仕事中ですよ? 途中で投げ出したりしないし、プライベートと仕事はキッチリ分けて考えるタイプだから大丈夫です! センパイの悪い癖です。余計なこと考えてないで、ちゃっちゃと片付けますよっ!!」


 諷ちゃんは莉朶さんの言葉を途中で遮り、何か決意した表情で、莉朶さんからAIノースに視線を移した。


「諷……」


 莉朶さんが悲しげな微笑みを浮かべながら、諷ちゃんの横顔を見て溜め息をついた。


「センパイ、早くアオイちゃんのところへ」


 諷ちゃんの言葉に莉朶さんが力強く頷いた。莉朶さんも覚悟を決めた様子だ。

 リュックから青白く光るコードが渦巻くメタルケースと横槌を出してセットし、「はい」と諷ちゃんに手渡した。そして、同じ物をもう1セット用意し、手にしたところで莉朶さんがオレに向かって言った。


「スイさん、このVRMMOでプレイヤーとして会うのは、たぶん最後だから……」


「そうか」


「はい、ありがとうございました。あと巻き込んでしまって、すみませんでした」


「いや……まぁ、楽しかったから気にしなくていいよ」


「そう言っていただけると、少し……気が楽です」


 莉朶さんが差し出してきた手を握り、握手した。


「では、これからスイさんは諷と一緒に行動してください」


 オレが、わかった、と頷くと、莉朶さんはニッコリ笑った。


「じゃあ、行きますよ?」


「オーケー! いつでもいいよ? 莉朶センパイ」


 それを合図に莉朶さんがダッシュし、AIノースの1メートル手前で踏み込んで勢いをつけ、横槌ごとAIノースの頭上に投げた。

 AIノースの視線は頭上の横槌に向けられた。その隙に、さらに莉朶さんは走り、アオイちゃんの手を引いて抱き寄せた。


「……やっと……」


 莉朶さんに向かって何か言っているようだが、ここからだとよく聞こえない。


「諷!」


 莉朶さんが、こちらを見て叫んだ。

 AIノースが2重に霞んで見える。アサギマダラの羽根を羽ばたかせ、身体が宙に浮いた。


 ―――2人? ……いや、分離したのか?


 もう一人のAIノースは、莉朶さんとアオイちゃんの方へ、ゆっくりと歩いていく。ぎゅっとアオイちゃんを抱き締めたまま、莉朶さんはジリジリと後ずさった。

 その様子を見ていたオレの視界が、一瞬白い布で遮られたかと思うと、次の瞬間、ふわっと舞う黒髪に、目の覚めるような青い羽根が視界に入った。


「あっ……」



 目の前にAIノースがいた。



「やっと……会えた……会うまで……消えることはできない……」


 途切れ途切れにAIノースの呟きが耳に入ってくる。オレは、AIノースの顔をじっくり見ていた。


 ―――なんとなく……諷ちゃんに似てる? 


 AIノースの指先がスッとオレの指先に触れた瞬間、瞳の中の色合いに変化が起きた。瞳の中に金色の文字がグルグルと渦巻いている様子が見えた。



 ―――これは……コード?



 そんなことを考えているうちに、だんだんAIノースの顔が近づいてきた。そして、唇に柔らかい感触を感じる。気がつけば、AIノースにオレは唇を塞がれていた。



 ―――えっ? えーっと、この状況は?



 待て待て、と自分を落ち着かせ、AIノースの肩に手をかけようとしたところで、「サイアク……」という呟きが聞こえた。


 声の方を見ると、諷ちゃんがショックを受け、傷ついた表情をしていた。オレと目が合うと、サッと諷ちゃんは俯いた。涙が頬をつたう。それをツナギの袖口で拭った。


「諷ちゃ……」


「なんでもないっ! スイ兄、じっとしててね?」


 諷ちゃんが手に持っていた横槌をこちらのAIノースの頭上に投げた。


 2つの横槌がリンクし、スパークした。オーロラカーテン状の膜が莉朶さん達とオレ達の間に一瞬で形成された。そして、オレ達の頭上から大量の光の文字が雪のようにチラチラと降ってくる。その光の文字が床に触れた瞬間、浮遊していた光の文字が時を止めたかのように空間に留まり、オレの前にいるAIノースに向かって、初めはゆっくりに、そして徐々にスピードを上げ、収束しはじめた。


「いやっ!」


 AIノースがオレにしがみつこうとしたが、諷ちゃんがオレの腕をとって距離を取り、素早くオレとAIノースの間に割って入った。


「スイ兄! 通常エリアに出たらログアウトしてね? あとアオイちゃん、ヨロシクね?」


 諷ちゃんは顔をAIノースに向けたまま、突然早口で背後にいるオレに言った。


「えっ?」


「アタシとセンパイは、このまま残るから」


 諷ちゃんがツナギのポケットから出したメダルをピンッと弾いた。弧を描いて、オレの手のひらにメダルが落ちる。金色に光るホログラムのメダルだ。斜めに幾何学模様が刻印されている。何かの模様の一部のようだ。


「じゃあね、スイ兄! ありがとう」


 諷ちゃんは、その言葉を口にしながら、AIノースを抱き締めた。


「ちょっと待て! これの使い方はっ!?」


 てっきり前回と同じようにここを脱出すると思っていたので、まさかこんなことになるとは思わず、焦って諷ちゃんの背中に疑問をぶつけたが遅かった。

 諷ちゃんとAIノースは、ガラスの壁に囲まれ、そのまま床に吸い込まれていった。


「……不味いな、そろそろセキュリティが動き出すぞ」


 辺りを見回し、何かヒントになりそうなものを探した。


「スイさん!」


 アオイちゃんの声がクリアに聞こえる。いつの間にかオレ達を隔てていたオーロラカーテン状の膜がなくなっている。


「スイさん、こっちです」


 アオイちゃんに呼ばれ、オレはAIノースがかつていた場所である天蓋のレースカーテンで覆われた場所まで来た。


「莉朶さんが、ここの中にある壁の窪みにメダルをセットするようにって」


 さすが莉朶さんだ。きちんといなくなる前にアオイちゃんには脱出方法を説明してくれていたようだ。

 オレとアオイちゃんは、一緒に天蓋のレースの中へと入った。

 壁には、このゲーム「バーチャノーカ」のエンブレムが彫られていたが、一部欠けている。オレは、手のひらにあるメダルを欠けていた部分に嵌め込んだ。


 ――――グォォン


 エンブレムが凹み、グルンと回転した。

 突然、壁が動き出したことにアオイちゃんが驚き、オレの背後に隠れ、腰にしがみつく。


「大丈夫」


 自分にも言い聞かせるように、余裕なフリをした。オレが落ち着いた態度をとらないと余計怖がらせるだけだ。

 そう思ったのも束の間、突然床が天蓋ごと上昇した。


「うおぉっ!?」


 思わず声をあげ、しまった、と思ったが、もう遅い。


「スイさん、大丈夫?」


 アオイちゃんに心配され、オレは苦笑いした。



*****



 移動先の通常エリアは、緊急の突貫で作った断崖絶壁の島だった。


「アオイお嬢様!」


 アオイちゃんのNPCであるセバスチャンが駆け寄ってきた。


 ―――お嬢様って……、まぁ執事っぽいもんな。違和感は確かにない


「お二人ともご無事で何よりです。只今、緊急メンテナンスのアナウンスが入りましたので、ログアウトしてください」


 緊急メンテってことは、AIノースの分離は上手くいったようだ。

 オレとアオイちゃんは、その場でログアウトした。

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