46 生産、生産、そして生産
諷ちゃんと莉朶さんの2人が再検討した結果、100以上あったアイテムが4つに絞りこまれた。
「結局、チョコレートと、ホールケーキと、最高級の肉だけになっちゃったなぁ……」
諷ちゃんがテーブルに突っ伏した。
「十分だろ」
「私なんて、最高級ベッドだけなんだから……」
莉朶さんのアイテムは、列挙したアイテムが全てかさばる物ばかりでインベ圧迫の要因になるため、1つだけになった。そして、2人のアイテムを持っていくのは、話し合いの結果、オレということになった。2人は他に持っていくものがあるからインベに入らないとか主張しているが、インベの中が覗けないから
本当かどうか不明である。
「じゃあ、アイテムが用意できたら連絡してくれ」
「はーい! スイ兄、ありがとー」
「わかりました、スイさん、お疲れ様でした」
オレは莉朶さんと諷ちゃんと直接やり取りできるように連絡先を交換していた。以前のように待たせてしまうのは申し訳ないというのが、その理由だ。
オレは、研究棟を出て帰宅した。今日は、ゲームの調整があるので、おそらくもう連絡はないだろう。オレは明日に備えて早めに休むことにした。
*****
――翌日の朝
電子端末が自動で呼び出しに応じる。
「スイ兄! おはよー、今日10時ログインねー! じゃあね」
「……返事するまえに通信終わらせるんじゃねぇー、まったく」
諷ちゃんが言いたいことだけ言って、オレが言葉を発する前に一方的に通信を遮断した。まぁ、今日は初めからそのつもりだったので、問題はないが……。
オレは、のっそりと起き、適当にその辺にあった服に着替え、朝食をとったあと、VRMMO専用機を装着した。
「今回は、すぐにログインできそうだな」
プレイヤーホームに入ったオレは、すぐに「バーチャノーカ」にログインした。
*****
「……どこだ?」
オレは断崖の上に突っ立っていた。水の流れる轟音が体の中まで響く。下をおそるおそる覗くと、5000メートル下にデカイ湖のような滝つぼが見えた。一度も見たことのない景色だ。眉をひそめつつ、先週、最後にログアウトしたときの状況を思い出した。
「そうか! ……そういえば、セキュリティに追われて脱出するのに精一杯だったから、通常エリアのどこに出たか記憶に無いのは当たり前か」
オレは目を瞑ったまま、諷ちゃんの合図だけでログアウトしたのを思い出した。
「まいったなぁ」
オレはポケットからホログラムマップを取り出し、位置を確認した。まだ来たことのないマップだったため、ゲートの位置も不明のままだ。
「えーっとホームエリアに戻る場合は……」
オレのナビゲーターでもある婆ちゃんも、なぜかいない。おそらく、AIノースに接触したので、また「ネットワークマーカー」を使われないよう、あの2人が婆ちゃんの位置情報や履歴をリセットしたのだろう。
「婆ちゃんの位置をリセットするんだったら、オレの位置もリセットしてくれりゃいいのに……」
文句を言いつつ、オレはゲートを探すため、歩き出した。
*****
ひたすら足場の悪い岩場を歩き、時々立ち止まっては地図を確認した。
地図を広域モードで表示させるとデカイ滝があり、断崖絶壁の島であることがわかる。今まで訪れた島よりは広いが、歩き回れないほどの距離ではない。それに、視界にギリギリ入る範囲に転送ゲートがあれば、マップに表示されるはずだ。とりあえず諷ちゃん達と合流するにしろ、どうせ転送ゲートまで行くことになるのだ。歩きしか移動手段のないオレは早めに行動していた方がいいと考えたのだ。
だが、断崖絶壁の島を1周したが、転送ゲートは見当たらなかった。
「まさかの転送ゲート、設置し忘れか!? あの2人だったら有り得る……」
「ひっどーい! そんなヘマしないよー!!」
諷ちゃんの抗議する声が後ろから聞こえた。
「あぁ、やっと来たか……ここは、なんなんだ?」
「ワザと転送ゲートを設置していない秘密の島です。急遽、作りました。一般プレイヤーやNPCは、簡単に入れないようになってます」
諷ちゃんの横にいた莉朶さんがオレの疑問に答える。
「マップに表示されてるが……」
「ここに立ち入ったプレイヤーだけ表示される仕様になってるの」
なるほど、婆ちゃんだけじゃなく、実はオレの位置情報もいじってたのか……。できたばかりの今なら、AIノースもこの島を把握していないだろう。なんせ、このVRMMOでは、必ず島にも転送ゲートがあるのだが、それがない断崖絶壁の島である。
「では早速、持ち込み荷物の確認しましょうか?」
諷ちゃんの説明を聞いたあと、莉朶さんがそう言いながらリュックの中を覗きこんだ。
「あぁ、確かチョコレートとホールケーキに最高級の肉……あと極上ベッドだったか? ひどい組み合わせだな」
「スイ兄、それは言わないで」
オレと諷ちゃんの話をスルーし、莉朶さんがリュックから艶々で光沢のあるマガホニーの木材を取り出し、岩場の上に置いていく。
「……まさか、これからベッドを組み立てるとかじゃないよな?」
「そのまさかです、出来上がった状態だと私のインベには入らなかったので」
「あ! スイ兄のインベ、拡張しておいたから入るよ? 安心してね」
インベを拡張してもらえたのは嬉しいが、結局は荷物持ちだ。しかも、これから組み立てとかって、ずいぶんマイペースだ。
「オレのインベを拡張したときに、ベッドを放り込んでおけば良かったんじゃないのか?」
「うーん、開発用インターフェースでアイテム作ったのだと、AIノースが受け入れるかわかんないからねー」
「あぁ、そうか……AIノースは、開発用インターフェースからのアクセスは拒否してるもんなぁ……ってまさか、ベッドだけじゃなく、他のもこれから作るとか言わないよな?」
「うぃーす! その通りでーす!! 材料は揃ってるから、スイ兄、手伝ってねー」
「マジか……」
なぜか「バーチャノーカ」で、家具作りに料理をすることになった。
―――どうしてこうなった?
オレ達は、まずベッド作りから着手した。マガホニーの木材は、かなり重たかったが、なんとか組み立てることができた。マットレスと上掛けの羽毛布団も、半既製品で組み立てるだけだったり、詰めるだけだったので、思ったよりも楽だった。だが、問題は……諷ちゃんが希望した物だ。
「本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だって!」
焚き火の上につる式の鍋がある。今、直火で空焚きしている状態だ。
「とりゃー!」
諷ちゃんが気合いの掛け声と共に、カカオバターを温めたつる式鍋へ投入し、勢いよく木製のヘラでかき混ぜる。続いて砂糖と砕いたカカオマスも投入した。みるみる溶けていき、香ばしい香りが漂ってきた。
「……なんか、チョコ、焦げてないか?」
「えぇ!? ホントだ! スイ兄、型をちょうだい!」
諷ちゃんに言われ、型を差し出すと、鍋から木製のヘラで取り出された艶のない黒い塊が、そこに投入された。
「コレハナンダ?」
「高級チョコ」
「いや、違うだろ!」
「違わないよ! 素材が(・ ・ ・)高級なんだから!!」
―――ん? 素材が高級であれば高級チョコと呼べるのか? ……って、それはムリだろう
そもそも、これはチョコと呼べるのか?
「……高級素材が泣いている、そして全世界のチョコに謝れ」
「えぇー!! でも、おかしいなぁ……いつもは上手くいくのに」
「いつもって……確か、お姉さんと一緒に作ってるって言ってたような」
莉朶さんがボソッと呟くと、「そうだよー」と、諷ちゃんが頷く。
たぶん、間違いなく、諷ちゃんの姉ちゃんがチョコ作りの殆どの作業をやっていたということが、今の会話で分かった。
「じゃあ、次はホールケーキね!?」
諷ちゃんが張り切るが、イヤな予感しかしない……
*****
「コレハナンダ?」
「……ホールケーキ」
「じゃあ……コッチハ?」
「最高級焼肉」
クリームがデローンとなっている歪な塊と黒い消し炭を指しながら、オレが一応確認する。
「「「……」」」
オレと莉朶さんは、深い溜め息をついた。
「開発能力は高いのに……」
「それに反比例するかのように女子力が低すぎる……致命的だ」
莉朶さんのボヤキに続いて、オレも呟きながら片手で顔を覆った。
「そう言えば、アオイちゃんがこういうの得意じゃなかったか? 初めてアオイちゃんのホームに行ったときに、いろんな焼き菓子があった気がする」
「あぁ、そうですね! スイさんの言う通り、アオイちゃんに頼みましょう!」
何か言いたげな諷ちゃんは放っておいて、オレと莉朶さんで話を進める。
「ちょっと! 2人とも! これで大丈夫だよ、アオイちゃんに頼む必要ないってば」
諷ちゃんの主張に、オレと莉朶さんが顔を見合わせた。
「いや、ムリだろ……この囮じゃあ、絶対釣れない」
オレの言葉に莉朶さんが力強く頷いた。
「サックリとアオイちゃんに頼んだ方がスムーズに次に進めるような気がします……それに早くこの問題を解決しないと、『影の組織』に気がつかれて、マズイ事態になるかもしれないから……」
莉朶さんが不安げに呟く。
「センパイ……なんですか、その『影の組織』って?」
「……学生起業仲間で噂になってるのよ。もし自分達でコントロールできない研究内容になったり、事故が起きた場合、『影の組織』により闇に葬られるって」
莉朶さんの中2病の入った発言に、今度はオレと諷ちゃんが顔を見合わせた。
「……妄想か?」
「センパイ、夢で見た話ですよね?」
「違います! ここだけの話ですが、『影の組織』には科学技術特区研究所が関わってるって噂です……少し前に『前人未踏地域研究会』っていうサークルが密かに公表できないような活動をやっていたらしくって、秘密裏に処理されたと……」
真剣な表情で深刻そうに話す莉朶さんを見て、重症だ……、とオレは密かに思った。はっきり言えば、痛々しいの一言である。
「莉朶センパイ……それ、からかわれたんじゃないんですか? アタシの姉が科学技術特区研究所の研究員だけど、そんな話、聞いたことないですよ?」
「……うーん、からかわれた……のかな?」
「そうですよ! 普段から中2病発言するのはダメですよ、そういうのはアタシとか身内だけにしないと」
「うぅ……気をつけます」
諷ちゃんに注意され、莉朶さんがシュンと落ち込んだ。
「それよりアオイちゃんがログインしたら、頼みに行こう」
本来の話題から外れてしまったので、話を元に戻した。
「そうですね! えっと、アオイちゃんは……」
オレの言葉に、気分を切り替えた莉朶さんは、ホログラムの地図でアオイちゃんの位置を確認した。
「あれ……?」
莉朶さんが怪訝な表情を浮かべた。
「センパイ、どうしたの?」
諷ちゃんが地図を覗き込んで、首を傾げた。
「あれ? 位置情報バグったかな?」
「どうした?」
オレも覗き込んだ。
―――えっ!?
地図が示したアオイちゃんの位置は、オレ達がいる断崖絶壁の島の位置と重なっていた。
「この島を焦って作ったせいかも……メンテのとき、修正しないとね」
莉朶さんが地図から顔をあげて言った。疲れている感じだ。この問題を解決するために奔走してきたが、だんだんと長丁場の様相を呈してきた。無理もない。
「そうだねー、でもこの島に関わる修正は後回しでいいんじゃないかな?」
莉朶さんとは対照的に諷ちゃんは元気だ。割り切って着々とこなしていくタイプだから、こういう長丁場になると2人の性格の違いがハッキリと明確に出てくる。とりあえず、オレは2人に、まず今やるべきことを提案する。
「じゃあ、アオイちゃんのホームエリアに行こうか。ここから一番近い転送ゲートは……」
「スイさん!!」
莉朶さんが手にしている地図を見ていると、頭上で幼い声が聞こえた。
オレ達3人がバッと一斉に声の方向を見ると、背負子ジェットで旋回しているアオイちゃんがいた。アオイちゃんのNPCのセバスチャンも一緒だ。
「なんで……ここが? おい、他のプレイヤーにはわからないようになってるって言ってなかったか!?」
半眼でオレが諷ちゃんに聞くと、うーん……、と2人が首を傾げた。
「きっとスイ兄のせいだよ」
「はっ!?」
「そうですね」
2人がオレに全責任を押し付けてきた。
「その根拠は?」
「だって、地図に表示させるマーカー、スイ兄は表示指定してないよね?」
「表示指定?」
「表示させる相手を指定できるんですよ、指定がない場合はメダル交換した人達全員に表示されることになっています」
諷ちゃんと莉朶さんの説明を聞き、オレは着陸態勢に入ったアオイちゃんの方に視線を向けた。
「……だとすると、オレのせいだな」
オレの言葉に、2人が思いっきり頷いた。
――― 濡れ衣じゃなかった
*****
「スイさん! お久しぶりです!」
アオイちゃんが足場の良い場所に降り立ち、パタパタとオレ達の方に走ってきた。その後ろをNPCのセバスチャンがゆったりとした歩調でやってくる。
「こんにちは、アオイちゃん」
抱きついてきたアオイちゃんを軽く受け止め、挨拶をした。
「アオイちゃん、今お願いをしに伺おうと思っていたところなんです」
莉朶さんが笑顔で言うと、アオイちゃんが「知ってます」と頷いた。
「手紙をいただきましたから」
――― 手紙?
アオイちゃんとの会話が微妙にかみ合わない。オレ達3人は顔を見合わせた。諷ちゃんと莉朶さんは、知らない、と首を横に振る。
「えーっと、アオイちゃん……手紙ってなんのことかな?」
「これ、スイさんがくださったんじゃないんですか?」
アオイちゃんの隣りにいるセバスチャンからパール加工された白い封筒を受け取ったアオイちゃんが、オレ達に見せてくれた。
「いや、オレ達は手紙は……」
「あれ? そうなんですか? すみません……ワタシの勘違いでした」
アオイちゃんは、恥ずかしそうに手紙を握り締めて、俯いてしまった。
「誰からの手紙か確認してみたらどうかな?」
諷ちゃんがしゃがみこんでアオイちゃんの目線と合わせ、慰めるように言ったが、
「いや、差出人不明の手紙は開けないほうがいいだろ」
オレがすかさず全否定した。諷ちゃんが上目遣いでこちらを睨み、「スイ兄!」と無声音で抗議する。
「……1人のときに開封するのは不安なので、ここで開けていいですか?」
アオイちゃんが心細そうに呟いた。
「いいですよ。 ただ、手紙の中身はプライバシーなので、私達は見ないように少し離れたところにいましょうか?」
莉朶さんが、アオイちゃんの不安を和らげようと静かに落ち着いた口調で言った。
「はい、お願いします」
アオイちゃんの願いを聞き、オレ達3人は少し離れたところで待機した。アオイちゃんは、セバスチャンがペーパーナイフで開封した白い封筒を受け取り、三つ折の手紙を取り出して開いた。
――――!!!
アオイちゃんの手にある手紙から青白い光のコードと思われる文字があふれ出す。
「諷!」
莉朶さんが慌ててアオイちゃんのところへ走り出した。
「やられたっ!! スイ兄、走って!」
「えっ!?」
諷ちゃんも走り出したので、オレも戸惑いつつ走り出す。
視線をアオイちゃんの方に向けると、アオイちゃんの隣りにいたセバスチャンの後ろにアサギマダラの羽がゆっくり動いているのが見えた。
「アオイちゃんっ!!」
莉朶さんの指先がアオイちゃんの手に微かに触れた瞬間、アオイちゃんはAIノースの腕の中に囲まれ、一緒に闇の空間に飲み込まれてしまった。
「センパイッ!」
諷ちゃんが前回と同じピッチフォークを走りながら闇の空間に向かって投げたが、空間に突き刺さった瞬間、キィーンという金属音がした後、細かく砕け散った。
「やっぱダメか……ならこれならどうだっ!」
諷ちゃんが、すかさず熊手を取り出し、空間に投げた。熊手の持ち手を中心に、前回と同じようにオレンジ色に光る3重のコードの文字が刻まれている輪が展開された。
それを確認すると、すぐに莉朶さんは空間に飛び込んだ。オレ達2人も莉朶さんに続いた。




