45 解決への糸口
その2日後、オレは乃木くんと連絡を取り合って決めた待ち合わせ時間よりも早く、先日出会ったカフェテリアの前のベンチに座っていた。
「スイさん! 早いですね」
莉朶さんがゴロゴロとキャリーケースを引きずってきた。殆ど電子端末ですませられる時代なのにキャリーケースで運ぶなんて珍しい。
「そのキャリーケースは?」
「説明資料です」
…………気合い、入りすぎだ。乃木くんの言う通り、同席することになっていて良かった。
「莉朶さん……乃木くんに会っても、その資料は見せないように」
「えっ?」
「向こうが資料を見たいって要望があった場合だけ見せる方が、話が脱線せずにスムーズに進むから」
とりあえず、オレは事前に釘をさした。これで、いきなり資料をたくさん見せられて、ひたすら説明を聞かされることはない。学会のシンポジウムと同じノリでやられるのは勘弁してもらいたいとこだ。
「スイ兄! 莉朶センパーイ!」
座っていたベンチの後ろから、諷ちゃんの声と共にパタパタ走ってくる音が聞こえてきた。
「莉朶センパイ!? そのスゴい荷物はナニ?」
「ホログラムシート」
「えーっ!? そんなの持ってきたの?」
「キャプチャーした動画を立体的にミニチュアで再現すれば、何か解決のヒントが出るかなぁって思ったんだけど……スイさんに先ほど使用禁止と……」
「うん、センパイ……気合い入りすぎだね」
先日、永久さんにごり押しの説明をしていた諷ちゃんが、少し引きぎみだ。
「こんにちは!」
振り向くと、乃木くんと永久さんが立っていた。
「あれ? 永久さんも……?」
オレが聞くと、乃木くんではなく、永久さんが口を開いた。
「はい、役に立つかわからないですが……今まで大抵はキリュウと一緒に行動してたので、少しはわかることがあるかもしれないから。 ね? キリュウ」
「……うん」
気のせいだろうか、永久さんが有無を言わせず、乃木くんに肯定させるよう無言の圧力をかけているような気がする。乃木くんは、シンプルに余計なことは言わず、頷くだけだった。
「まぁ、こちらとしては相談にのって貰えればいいんだ。ありがとう」
「じゃあ、早速だけど話していい?」
諷ちゃんが相談したくてしょうがないようで、しびれを切らしたようにオレの言葉に続けて言った。
「はい、どうぞ」
乃木くんではなく、永久さんが興味津々に諷ちゃんに話すよう促した。なんとなくオレと乃木くんは、置いていかれている感がする。
*****
諷ちゃんの説明と電子端末のキャプチャーした動画を見た乃木くんは、無言のまま考え込んでいた。
「ちょっと確認したいんだけど……人工知能ってことは誰かをモデルにしてるんですよね? 人工知能(AIノース)は、誰のをモデルにしたんですか?」
乃木くんが聞くと、
「それは、私です」
「アタシだよ!」
莉朶さんと諷ちゃんが同時に答えた。
「「えっ?」」
2人が顔を見合わせる。
「原因は、それだね。 2重インストールで2人分の人格が融合して動作している……だけど、バックアップはそれぞれのが1つずつあって、片方のバックアップがダメになっても、もう片方のバックアップにある記憶で再現できるようになっている。」
乃木くんが淡々と考えられる要因を推察する。
「……だから、『どっちを消すのか』って聞いてきたのか」
人工知能(AIノース)と接触したときのことを思い出した。
「不思議なのは、2人分の人格が同時に動作するのは、かなり負荷がかかるから、通常ならお互いを排除しようとするはずなんだけど……どういう訳か融合しているし、お互いを守ろうとしている。だから、どちらかを消されないように開発用インターフェースからのアクセスもブロックされてるんだと思う。」
乃木くんの話を聞き、オレ達3人は黙りこんだ。莉朶さんも諷ちゃんも険しい表情をして悔しそうだ。
「……じゃあ、この問題を解決するためには両方消さないとダメってことか?」
沈黙を破り、溜め息をつきながら誰もが思っている言葉をオレは口にした。
オレが発した言葉のせいで重苦しい空気になった。
「あ! でも確かこの間……」
その空気を打破し、永久さんが思いついたことを口にしようとしたが、すぐに乃木くんによって口を塞がれた。
――なんだ? 何か知ってる?
「……ナンデモナイデス」
「ぜーったい、なんか知ってる! 吐けぇーっ!」
乃木くんの棒読みの台詞により、申し訳程度に猫をかぶっていた諷ちゃんの本性が現れた。その横で莉朶さんが目ヂカラを発揮している。
「おーい! 落ち着け、脅すな、2人とも威嚇しない!」
オレは、すかさず間に入って止めた。
「キリュウ、ごめん。あれは……守秘義務だもんね?」
永久さんが謝って話せない理由を口にした。
――あぁ、守秘義務が発生する仕事か組織に関わっているってことか。なるほどね、だから乃木くんは、いろいろと知識が豊富なんだ。
「乃木くん、詳しい話はいらないんだ。解決につながるヒントがあれば聞きたい」
誰かさんのように脅さず、率直に聞いてみた。
「ヒント……ヒントは……『2つの人格であることを認識させた状態で……一番欲しているものを囮にして……あとは、無理矢理2つに分ける』……ってことかなぁ」
乃木くんが言葉を慎重に選びながら、ゆっくり答えた。
「AIノースが一番欲しいものって何か心当たりはありますか?」
永久さんが諷ちゃんと莉朶さんの2人に尋ねると、2人とも腕を組んだまま考え込んだ。思いつかないようだった。開発者の2人が思い浮かばないんだから、到底それ以外の人達がわかるはずはなく、時間が過ぎていくだけだった。
とりあえず、解決の糸口は見つかった。あとは、それを手繰り寄せるために自分達でなんとかするしかない。
「乃木くん、永久さんもありがとう」
お礼を言うと、乃木くんが「いえ、どういたしまして」と苦笑いした。やっとこれで解放されると思っているようだ。まぁ、追いかけ回されるのは、かなり迷惑だったに違いない。
「あ! せっかくだから、また相談させて!」
「謝礼、払いますから!!」
その場から立ち去るために別れの挨拶をしようとしたところで、諷ちゃんと莉朶さんが爆弾を投下した。
やっぱり問題が解決するまで、乃木くんも解放されない感じだ。
「イヤですよ! それに謝礼とかは絶対受け取らないです。仕事、クビになるからこれ以上ムリです」
諷ちゃん達から少しずつ距離をとって、永久さんの後ろから抗議する。
「えーっ!」
「あぁ、そうか……乃木くんは政府系の仕事だもんな。謝礼はマズイか」
諷ちゃんの不満げな声を余所に、オレが冷静な口調でカマをかけてみた。
「そっかぁ、じゃあ謝礼じゃなくてボランティアで! 今日から、友達ね!!」
「さらに悪化してるっ!?」
諷ちゃんの申し入れに、乃木くんがツッコミを入れた。
「永久さんも今日から友達! ヨロシクね?」
「はい」
突然、諷ちゃんが永久さんに同意を求めたため、勢いに押されて、うっかり永久さんは頷いてしまったようだ。乃木くんがガックリと頭を押さえ、項垂れた。
「フフフッ……これで相談役ゲットだね? センパイ!」
諷ちゃんと莉朶さんは満面の笑みを浮かべていた。
オレ達3人は乃木くんと別れた後、「バーチャノーカ」の開発室に行くことになった。乃木くんがくれたヒントから解決方法を見出すのに、さらに情報が必要だ。そのため、AIノースを開発したときの状況を確認することが一番早いということになった。
開発室は、学校の研究棟にあった。莉朶さんが素早くセキュリティを外し、ドアを開けた。
部屋の中は、これでもかというほど機器類で埋め尽くされていた。コード類は全くないので、足が引っ掛かる心配はないのだけは良かった。
「スイさん、狭いですが、こちらへどうぞ」
莉朶さんの案内で、さらに奥の部屋に通された。ミーティングルームのようにシンプルなテーブルセットが置いてあり、それだけで部屋の中がいっぱいだった。
「じゃあ、AIノースの開発時の状況を……」
3人とも座ったところで、オレは話し始めた。
「確か『AIノース』の人格モデルを作ってたときは、ちょうど委託事業もしてた頃だったよね? 修羅場状態で、委託事業の分担の分と混ざった可能性があるかも……あの頃、あまりお互いに連絡を密にしてた覚えがない」
諷ちゃんが遠い目をしながら、当時の状況を話すと、莉朶さんも、「そうだね」と相槌をうった。
「あ! じゃあ、そのとき欲しがったものを考えればいいんじゃない?」
諷ちゃんが椅子の背に背中をもたれた状態から姿勢を正した。
「あぁ、いい線いってる感じがする」
「だよね?」
オレの同意に、諷ちゃんがニッコリ笑った。莉朶さんも頷きながら電子端末を操作し始める。
「あの頃、欲しがったものと言えば……睡眠時間」
「……ものじゃないのか」
莉朶さんの欲しいものにツッコミを入れた。
「……じゃあ、最高級ベッドで」
睡眠からは、離れられないようだ。
「アタシは、ホールケーキが欲しかったかなぁ……あと最高級の肉!」
諷ちゃんは、食べ物から離れられないようだ。
ドンドンと2人が欲しいものを言いながら、電子端末をメモがわりに打ち込んでいく。なんだか欲しいものを片っ端から列挙するだけになっている気がする。これを本当に全部用意するのだろうか。間違いなく「バーチャノーカ」にないアイテムもある。しかし、何にヒットするかわからないので用意せざるおえない。
「なんかワクワクするね!」
リストを眺めながら、諷ちゃんが嬉しそうに言うと、莉朶さんも力強く頷く。
「遠足に持っていくオヤツみたいだけど、上限額なしっで自由に持ち込み可って感じ」
「なぁ……自由に持ち込んでゲームバランス、壊れないか?」
「「……」」
オレがボソッと呟くと、2人の表情が固まった。
「……諷、見直し」
「えーっ!?」
そして、莉朶さんと諷ちゃんは、自分の欲しいものリストを前に唸りながら再検討し始めた。




