42 危険地帯のトラップの仕掛け方
転送ゲートを出ると、オレ達は森の中にいた。やわらかい光が地面を照らす。かなり鬱蒼とした雰囲気だ。
オレが辺りを見回し、周りを確認していると、白の縞模様と深紅色の何かがヒラヒラとオレの視界の端に入った。まさかと思いながら、二度見した。
「……ブータンシボリアゲハっ!?」
幻のチョウに唖然としていると、今度は反対側の木についている青いのが目に入った。
「モルフォチョウ!? まじかよ……生息地が同じって、一体どうなってるんだ?」
妙にリアルだから混乱したが、「あぁ、そうか……ここはVRMMOの中だった」と、すぐに思い出した。そうなると、こういう状況なのもアリなのかと、無理矢理納得することにした。
「スイ兄……大変テンション上がってるとこ申し訳ないんだけど、トラップ仕掛ける場所まで無事にたどり着くために、ここからは静かに黙って行動してね?」
諷ちゃんが口元に人指し指をあてた。
「もう驚かないから、何があるのか、いい加減教えてくれ」
「えーっとですね、害虫の巨大化対策として緊急でパッチをあてたんです」
オレの質問に莉朶さんが答え始めた。
「害虫対策のパッチ?」
なんだか嫌な予感しかしないのは気のせいだろうか……
「はい、大きな虫が苦手の方もいらっしゃるので、その人達のためにオリジナルの植物を用意したんです」
莉朶さんの言葉で思い出した。オアシスのフリマで売っているのを見かけた植物を……。
「まさか……あの牙の生えた植物!?」
オレの言葉に2人が頷いた。
「でも、スイ兄が見たフリマの食虫植物は、プレイヤーが品種改良したやつだから、ここの食虫植物とは少し違うよ?」
諷ちゃんの言葉を聞き、あそこまで獰猛な感じではないのかと、一瞬安心したのだが……
「ここの一部地域に生息する植物に接ぎ木をするという形で栽培するようにしたの。この場所にしたのは、単にプレイヤーが巻き込まれないようにっていう配慮なんだ。害虫を食べると、その周りにいる害虫も巻き込むように自爆機能搭載の植物にしちゃったから。」
「ちょっと待て! あの植物、爆発するのか?」
「うん、爆発っていうか……ニトロセルロースを瞬時に合成させて、手品みたいにパッと燃え上がるような感じ? 効率良く害虫退治ができると思ったから」
諷ちゃんの淡々とした説明に、オレは溜め息をつきながら頭を抱えた。食虫機能だけに留めておけばいいものを、「効率重視」というだけで、そんな物騒な植物を作るという発想になぜたどり着くのかっ!?
しかも明らかに自然界に存在しない生物なので、リアルと生態系が一致しない。これではシュミレーションするにも困難を極める。
「あと……このゲームは、戦闘系VRMMOじゃないから、プレイヤーの行動不能状態とか想定されてないんだ。だから巻き込まれるとエラー扱いでリセットされるの」
「……それって行って、自爆に巻き込まれたら、即終了ってこと?」
そんなヒドイ仕様のアクションゲーム、聞いたことないぞ?
たいてい戦闘系VRMMOだと、復活できるように、なんらかのフォローがある。なぜそういう方向に対策しなかったのだろうか?
しかも「1回でも食虫植物の自爆に巻き込まれたら、即終了」なんて、どれだけプレイヤー泣かせのゲームなんだ。
「だから、ある一定以上の物音には反応しちゃうから、ここから先は静かに……ね?」
「……はぁー、言いたいことは山程あるが、とりあえず例の食虫植物がある付近では、静かに行動しなきゃいけないのはわかった」
オレは仕方なく頷き、先に進むことにした。
*****
オレ達は、無言のまま森を10分ほど歩いた。すると、先頭を歩いている莉朶さんが突然立ち止まり、みんなに止まるようジェスチャーで合図をした。
森林の中では道なんてないのだが、立ち止まった場所から数メートル先に突然道らしきものがあった。その道は右にカーブしていて、道の両側にデカイ葉っぱが生えているのが見えた。そのデカイ葉は、ハエトリソウのような形状をしている。
視線を上にずらすと、樹齢100年の杉の木のような太さに、青々としたトゲがミッチリ生えている茎が見えた。赤紫色の花の部分については、下から見上げた状況だとよく分からない。
しかも、植物の間からは岩肌が見え、渓谷になっているようだった。途中で何かあっても、先に進むか戻るかの二択で、他に逃げ場がない。
なんなんだ!?
オレがフリマで見た食虫植物とサイズがかなり違う……っていうかデカ過ぎだろっ!
しかも自爆機能搭載なんだよな……この大きさだと火柱になるんじゃないか?
いろいろと聞きたいが、ここまで来てしまうと、息をひそめなくてはならないほどの緊張感が襲う。声を出すなんてもっての他だ。
無声音とジェスチャーで莉朶さんが「先に進む?」と聞いてきたので、オレと諷ちゃん、そして婆ちゃんが頷いた。
*****
いよいよ食虫植物エリアの手前までくると、ピリピリした緊張感が半端ない。オレは緊張感を少しでも和らげるため、ゴクリと唾を飲み込み、静かに息を深く吸った。
食虫植物が生えている渓谷には、常にフワフワと白い綿毛のようなものが上から降っている。手のひらに舞い降りた白い綿毛をよく見ると、タンポポとは違う種類の植物の種のようだ。
「行きますよ?」
莉朶さんが無声音でそう言うと、オレ達はゆっくりと歩き始めた。ユラユラと両サイドの食虫植物の葉や茎が揺れている。
*****
3本目の食虫植物を通り過ぎたあたりで、やっと渓谷の3分の1まで来た。相変わらずフワフワと白い綿毛が舞っている。
無言で歩いていると、急にオレの横を歩いている婆ちゃんの呼吸が荒くなった。
オレが何事かと婆ちゃんの方を向いた瞬間―――
「へーっくしょんっ!」
デカイくしゃみをした。どうやら綿毛が鼻に入ったらしい。どうでもいいことだが、NPCもくしゃみをするんだと感心していると、「やばっ!」とオレの後ろを歩く諷ちゃんの呟きが聞こえた。
「スイさん! 走ってっ!!」
莉朶さんが走り出したかと思うと、「早くっ!」と言いながら、諷ちゃんがスゴい勢いでオレの横を抜いて、前を走る。
「おい! くしゃみをしただけなのになんで?」
走りながら諷ちゃんに聞いた。
「害虫対策用に、ある一定以上の音がした方向に向きを変えられるようにしたのっ! 捕まったらリセットだよ」
自爆機能だけじゃないのか!?
ナニ魔改造シテンダヨ
走りながら後ろを向くと、確かにハエトリソウに似た葉が、来た道を塞ぐように向きを変えている。これでは引き返すことはできない。前を向くと、やはりハエトリソウに似た葉が道を塞ごうとしている。それだけではなく、トゲがみっちり生えている茎がゆっくりと曲がり、赤紫色の花が地面に向かってきている。
「諷! 強化パーツ!」
莉朶さんの声に、諷ちゃんがツナギから茶色のプラグを取り出し、「ハイ!」と、並走している莉朶さんに投げた。
莉朶さんはプラグを受け取ると、鎖鎌の柄の部分にプラグを押し込んだ。
「諷、スイさん達をお願い!」
「了解っ! センパイのことは忘れませーん!」
「えぇっ! 死亡フラグ!?」
莉朶さんは、そう言いながら走るペースを落とし、リュックから背負子ジェットを出した。
「じゃあ、あとで!」
莉朶さんはジェットを噴射させ、オレ達より先に進みながら、鎖鎌で食虫植物を次々と斬り倒していく。道の先の方でオレンジ色の火柱が一瞬見え、そこにいたはずの食虫植物が跡形もなく、どんどんいなくなっていった。まるで特撮の戦隊ものを見ている感じだ。
「スイ兄、ここまで来れば大丈夫だよ」
諷ちゃんの言葉に頷き、オレと婆ちゃんはペースを落として歩き出した。
*****
渓谷から出たところで、莉朶さんと合流した。
「センパイ、お疲れサマー」
「諷……、3分の2ほど殲滅させちゃった! メンテで修復しないと……」
「えぇーっ! アタシ、やりませんよー? 他にやること山程あるんだから、センパイがやってください」
容赦なく断られ、莉朶さんが深い溜め息をつき、ガックリと項垂れた。
*****
巨大食虫植物の渓谷を抜けると、そこには緩やかな斜面の小さな山があった。迷わずオレ達は、そこを登っていき山頂にたどり着いた。オレ達が登った方と反対側は、急斜面になっており、海に接している。
巨大モスラの目撃情報によれば、南下はいっきに発生地からアオイちゃんのホームエリアまで飛んできているらしいことが分かっている。しかし、発生地に向かって北上するという情報は、かなり少なかった。おそらく中継地点がいくつかあるため南下のときよりも目立たなかったためだと思われる。この地点は東側から北上するルートを使った場合、必ず巨大モスラがここを中継地点とするはずだ。
「このへんでいいか」
オレは婆ちゃんからサンプリングした蛾の入ったパラフィン紙を受け取った。
「トラップ、作るのかい?」
「あぁ」
木の周りにある石ころを適当に除いていった。
「婆ちゃん、粘着力のあるやつなら何でもいいんだけど、何かある?」
「そうだねぇ……『鳥もち』ならあるよ?」
さすが婆ちゃん、トラップ関係なら何でも持っている。「ありがとう」と言って貰おうとするが、婆ちゃんは渡してくれない。
「鳥もち1セットで、50円か『毒々しいニンジン』10本、必要だねぇ」
婆ちゃんの言葉にガクッときた。
「金、取るのか!?」
「今なら初回購入キャンペーンで、無料でもう1セットつけて値段はそのまま……」
「いや、いい……」
婆ちゃんのセールストークを途中で遮り、諷ちゃんの方を見た。
「必要経費だ、そっちで何とかしろ」
「えぇー!! しょうがないなぁ……ってことで、センパイよろしく」
諷ちゃんは莉朶さんに丸投げした。
「そうくると思いましたよ!」
莉朶さんがリュックから10本束ねたニンジンを取り出し、オレに渡してくれた。
「婆ちゃん、これで」
「はいよ」
鳥もちの入ったパックを2つ受け取った。その後、やはり必要経費ということで、莉朶さんから虫かごをもらい、それを木からぶら下げた。虫かごの中には、サンプリングした蛾の雌が入っている。さらに木に登って、鳥もちシートの角度を調節しながら設置していった。
「よし、ここはこれでオーケー」
「あと2か所だよね? メンテ時間が近づいてるから……」
木から降りると、諷ちゃんから確認された。
「そっか、もうそんな時間か……あと2か所設置するぐらいの時間はあるだろ。それが終わったら、今日はログアウトだな」
オレ達はもう1か所の東側予想ルートと西側の予想ルート1か所に行き、同じように蛾の雌が入った虫かごと鳥もちでトラップを設置したところで解散となった。
******
翌日、オレはVRMMO専用機を装着し、「バーチャノーカ」にログインしようとした。しかし、VRMMOプレイヤーホームの部屋に表示されてたタイトルに、メンテナンス延長のアナウンスが流れていた。
「やっぱり……」
昨日の様子だと、通常のメンテだけじゃなく、莉朶さんが殲滅させた食虫植物をどうにか復活させるという余分な作業もやらなくてはいけないので、色々と時間がかかって予定終了時刻に間に合わなかったようだ。
「えーっと……詳細情報確認」
詳細情報が表示され、1時間後にメンテ終了となっていた。
「1時間後か……、どうするかな」
プレイヤーホームで1時間もボーッとしているのは、もったいないので、VRMMO専用機を外して本を読むことにした。
*****
「はっ! やべー……今、何時だ?」
日頃の疲れが溜まっていたせいなのか、いつの間にか寝てしまっていた。1時間だけ時間を潰すつもりが、3時間経っていた。
「あー……2時間オーバーか」
オレがログインすると、既に諷ちゃんと莉朶さんはログインしていた。
「スイ兄、おそーい! 待ってたよ?」
「スイさん、お邪魔してます」
諷ちゃんと莉朶さんは、昨日ログアウトした場所――オレのホームエリアにある小屋の縁側でくつろいでいる。婆ちゃんは相変わらず、正座をしたまま笑顔で茶をすすっていた。
「ごめん、悪かった……夜になったらトラップの様子を見に行こう」
「じゃあ、あと1時間ぐらいあるから、ミニゲームで遊べるね!」
諷ちゃんがツナギのポケットからコンパクトミラー型のホログラムマップとコンパスを出し、縁側に拡げようとした。
「遊ぶな! アオイちゃんのホームエリアに行って被害が出てないか、状況確認だ」
ガシッと諷ちゃんの腕を掴んで行動を阻止した。
まったく……このサボりぐせは社風なのだろうか?
ここは今後のことも考えて、ちょっと厳しく言った方がいい。
そう思って、オレが口を開き、言おうとしたところ……
「えー! たまには休憩したーい!」
諷ちゃんが、行動を起こすのが面倒だと、いかにもヤル気ない感じで抗議した。
「このゲームを公開中止にすればいくらでも休めるぞ?」
「諷! ちゃっちゃと行きますよっ?」
莉朶さんが青ざめながら、諷ちゃんの腕を抱き抱え、慌てて立ち上がると、ズルズルと諷ちゃんを引きずりながら、転送ゲートへ歩き出した。
*****
アオイちゃんにもらったプレイヤーメダルで転送ゲートを開け、オレ達はホームエリアに入った。
邸宅の方に行くと、ちょうどアオイちゃんは花壇で水やりをしているところだった。
「アオイちゃん! 遊びに来たよー!」
諷ちゃんが手を振りながら、駆けていった。
「あ! みなさん、おはようございます」
諷ちゃんの声を聞き、水やりの手を止めた。穏やかな笑顔を浮かべている。
「あれから巨大モスラが来なくなりました! スイさんが教えてくれた『虫がつきにくい芝生のお世話』のおかげです」
「そりゃ、良かった」
アオイちゃんの喜ぶ姿を見て、オレも嬉しくなり、自然と笑顔を浮かべた。
「じゃあ、何かあったら連絡くれる?」
オレがそう告げると、アオイちゃんが無言で頷いた。そして、恥ずかしそうに俯きながら呟いた。
「あの……、もう行っちゃうんですか?」
アオイちゃんの質問に、オレと諷ちゃんと莉朶さんで顔を見合わせた。
「他に気になることがあるの?」
莉朶さんが前屈みになり、視線をアオイちゃんに合わせて聞いた。
「スイさんに言いたいことが……」
小さな声でそう呟く。アオイちゃんの様子がおかしい。オレは、聞き取りやすいように、膝まずいて視線の高さを合わせた。
「なに?」
オレが聞くと、アオイちゃんは目をギュッと瞑って息を深くすった。
「スイさんのことがスキですっ!!」
―――えーっと……この子何歳だっけ?
……ってボケてる場合ではない。時が一瞬止まったかと思うほど、全員が微動だにしない。
「スイ兄! ついに……」
諷ちゃんがボソっと言うと、莉朶さんがザッとオレから距離をとった。
「いやいやいや……オレは何もしてないし、何も言ってない! 無実だっ!!」
全力で否定する。なんだか頭が痛くなってきた……。
「アオイちゃん……」
「はい?」
「その言葉、10年後にもう一度言ってくれる?」
仕方がない。子どもに対して、無下に断るのも大人げないので、そう言うしかなかった。
「なるほど……スイさんの恋愛対象年齢の最下限は、20歳なんですね」
莉朶さんが確認するかのように口に出して頷いた。
「そうかい、ならウチは大丈夫だねぇ。スイさんのこと、好きだからねぇ」
ヤメテクダサイ。
なぜか婆ちゃんにまで告白された。ちょうどオレのストライクゾーンである年齢層をみごとにすっとばしている。人生初の告白された日であることには違いないが……複雑な心境だ。
―――今日は一体なんなんだ?
「まぁ、VRMMOのプレイヤーって、大抵カッコよく見えるもんね? アオイちゃん、スイさんが頼もしく見えたんだよね?」
諷ちゃんがフォローなんだかそうじゃないのか、判断しにくいことを言うと、アオイちゃんは大きく頷く。
「スイさん、優しいですしね?」
莉朶さんも優しくアオイちゃんに聞くと、同じようにアオイちゃんが頷いた。そして、恥ずかしそうに俯き、顔を両手で覆った。
「害虫から守ってくれたので……それで」
「いや、害虫退治はオレじゃ……」
アオイちゃんの言葉を否定しようとしたところで、諷ちゃんに口をふさがれた。主な立役者は莉朶さんであることを伝えたかったが、モゴモゴと口を動かしただけで、アオイちゃんには伝わらなかった。
「スイ兄! 既に失恋した子に追い打ちをかけちゃダメだよ!? 初恋は、カッコいい人のまま、いい思い出にしとかないと!」
諷ちゃんがオレの口をふさいだまま、耳打ちをした。
そういうものなのか?
諷ちゃんの言っていることは、オレにはあまり理解できなかった。
******
アオイちゃんのホームエリアを出たオレ達は、昨日トラップを仕掛けた場所へと向かった。
3か所仕掛けたが、西側予測ルートの1か所では捕虫されてなかったため、トラップをすべて回収した。一方、巨大食虫植物の渓谷がある島を含む、東側ルートのトラップを仕掛けた2か所を転送ゲートから双眼鏡で観察したところ、捕虫されているのを確認することができた。
オレ達は、だいたいの巨大モスラの飛来ルートを確定したところで、さらにプレイヤー達の集まる砂漠のオアシスで巨大モスラの目撃情報を情報収集し、発生場所の絞りこみをすることになった。
「……で、やっぱり供物は高級メロンなのか」
食虫植物の渓谷がある島の転送ゲートの祭壇の前で、木箱から出した物を抱えている莉朶さんに向かって言った。
「はい、あそこに行くための農作物は固定です」
このVRMMOでは、どんな植物でも祭壇に捧げれば行ける場所と、決まった植物を捧げないと行けない場所があるらしい。
莉朶さんは丁寧に祭壇に高級メロンを置いた。
「……静かなる大地よ、今、目覚めし」
「じゃあ、行こうか」
莉朶さんが、いつもの『なりきり儀式』を始めようとしたので、時間が惜しいオレは、開き始めた転送ゲートへとサッサと歩き出した。
「スイさん! まだ途中なのに……待ってくださーい!!」
オレと同じように転送ゲートへ向かう婆ちゃんと諷ちゃんに遅れをとった莉朶さんが慌てて走ってきた。
「センパイ、途中みたいだったけど、いいの?」
「いいの!」
いつも穏やかな莉朶さんが、珍しく少し拗ねているようだった。
*****
蚤の市でプレイヤー達の話を聞き、巨大モスラの目撃情報を集めたオレ達は、前と同じ待ち合わせ場所のオアシスでホログラムの地図を前に考え込んでいた。
北上したとされる巨大モスラの目撃情報は少なかったが、2か所のトラップの捕虫記録もあるため、充分予測可能であった。しかし、実際プロットしていくと、予想される発生場所がおかしな場所を示す。
「ここって……運河だよな?」
「そうですね」
オレの言葉に莉朶さんが頷く。
「うん、しかも陸地のない、ど真ん中だねー」
諷ちゃんがジーっと地図を覗き込んで、同じく頷いた。
「……どういうことだ? 水が常に流れているような場所は、発生場所にならないはずだが……」
疑問だらけだ。だが、確認しに行ってみる価値はありそうだ。
「ここの川ってゆっくり流れてるから、イカダで行こうよ!」
諷ちゃんは嬉しそうだ。
「みんなでイカダ競争?」
「ちょっと待て! なんで競争なんだ? ……また遊ぼうと」
莉朶さんの言葉にツッコミを入れたところで、諷ちゃんに言葉を遮られた。
「スイ兄! 誤解だよっ!! イカダや舟を作るなんて大変でしょ?」
「あぁ……」
「だから、もともとあるミニゲームのイカダ競争を利用するの!」
「なるほど……わかった」
こうして予想される巨大モスラの発生場所へ、ミニゲームのイカダ競争を利用し、向かうことになった。
砂漠の転送ゲートの祭壇の前に立ったオレ達は、「ルシファーの実」なる中二病的ネーミングの植物を祭壇に供えてゲートを開けた。誰が考えた植物なのかなんて教えてもらわなくてもわかる。
「ルシファーの名を受け継ぐものよ……未開の地に繋がる道を指し示し……」
先程はオレが遮ってしまい、莉朶さんが拗ねてしまったため、オレの中で、思う存分やらせた方がいいという結論に達した。そのため、今回は莉朶さんが言い終わるまで行動せず、静かにしていた。
「……毎回、文言が違うみたいだけど?」
莉朶さんが『なりきり儀式』をしている後ろで、隣にいる諷ちゃんに聞くと、「そうだよ」という返事が返ってきた。
「花言葉みたいに、供える植物ごとに決まった文言があるんだって」
「そうなのか……」
植物の種類なんて山程あるはずだ。ある意味感心した。
「しかし、なんでここまでハマってるんだ?」
ここまで拗らせているのも珍しい。まだ文言を唱えている莉朶さんの後ろ姿を見ながら、さらに小声で諷ちゃんに質問した。
「アタシに会うまで、センパイは勉強と研究一筋の人だったからねー。学生の身分のまま、ベンチャーを起業して、AIの研究してたけど、支給された研究費だけじゃ足りなくて、アタシが『今までのAIの研究を使ってゲームを作って研究費を調達すれば?』って提案したんだ。……で、そのときの参考資料のひとつとしてラノベを紹介したら、ハマっちゃったみたい」
「莉朶さんは、今までラノベを読んだことなかったのか?」
「そうみたい……資料と言えば教科書か専門書か論文とかしか読んだことがないって言ってたから」
やはり遊びに関しても、その年齢にあった適正な経験を一通りやっておくべきだと、改めて思った。
「そりゃあ……その分、反動がスゴいな」
今の莉朶さんは、まさにタガが外れた状態なのだが、諷ちゃんからその原因を聞いて、妙に納得してしまった。
*****
転送ゲートを通り、低い草木が所々に生えているサバンナにオレ達は居た。
転送ゲートからまっすぐ北に歩くと、デカイ運河があり、その脇に簡易的な小屋があった。その小屋が、イカダ乗り場らしい。
小屋に入ると、ジーンズにラフなシャツ、カウボーイハット、そして首には双眼鏡と、いかにも冒険家っぽい服装をした、白髭に白髪の爺ちゃんがいた。
「やぁ、諸君! ワシはダズリーだ。川下りをするのかい?」
気さくにダズリーと名乗る爺ちゃんが、オレ達に話しかけてきた。この場所を管理するNPCだ。こちらが名前を聞いてないにも関わらず、勝手に名前を名乗る仕様らしい。
「はい、イカダ競争でお願いします」
莉朶さんが言うと、爺ちゃんは頷いた。
「じゃあ、3人分のイカダを用意すればいいんだな」
爺ちゃんに確認されたのでオレ達が頷くと、「ほれ」と手を差し出してきた。
「兄さん、まさかタダでイカダを用意しろとは言わんだろうね?」
オレがポカンとしていると、爺ちゃんにそう言われた。
「スイさん、何でもいいのでアイテムを渡してください」
莉朶さんに言われ、オレは初期装備の鍬を爺ちゃんに渡した。続けて、莉朶さんは成長2倍アンプルを、諷ちゃんは高級メロンを爺ちゃんに渡した。婆ちゃんはオレのNPCってことで、オレのイカダに乗るため、アイテムは必要ないということだった。
爺ちゃんはオレ達からアイテムを受け取って頷くと、イカダの準備に入った。
いよいよ、ミニゲームのイカダ競争だ!……と、違った。巨大モスラ発生場所に向かう!
*****
爺ちゃんが用意してくれたイカダは、3つとも違った。渡したアイテムで用意してくれるイカダのグレードに差があった。
オレのは当然一番グレードが低いものだった。イカダに乗る際に渡されたのは、長い竹。そして、イカダには舵がない!
諷ちゃんのイカダは舵がついており、爺ちゃんから長い木の棒を渡されていた。
一方、莉朶さんのイカダは、舵があり、さらに帆もついていた。渡された長い木の棒を見ると、手にする部分に滑り止めの布が巻かれている。
「諸君、準備はいいか?」
イカダに乗り込んだオレ達を見て、爺ちゃんがニヤリとしながら最終確認をする。
「あぁ」
「オッケーだよ!」
「いつでもいいですよ?」
オレ達3人が頷くと、爺ちゃんが腰に巻かれたガンホルダーからコルト45口径の銃を手にし、空に向けてぶっぱなした。
色鮮やかな鳥たちが発砲音に驚き、オレ達の頭上をバサバサと飛んで行くのと同時にオレ達はイカダで出発した。
「いっけぇー!」
諷ちゃんが舵をとりながら力強く漕いだ。河の流れを掴んだらしく、スピードが加速する。
「あ! 抜け駆けするなんてっ!!」
「莉朶さん、これは競争じゃないから……」
オレが止めに入るが、あまり聞いてない。
「課金アイテムで調達したイカダで負けるワケにはいかないです!」
そう言って、莉朶さんが本気モードに入った。
「まじかよ……オレも本気出さないと置いてかれるパターン?」
「そうだねぇ」
オレの質問に、イカダの真ん中で正座をしている婆ちゃんが、ニコニコ笑顔で同意した。
溜め息をつきながら、オレは竹棒に力を込めて漕いだ。とりあえずスピードが出るように、流れを掴まないことには始まらない。舵がないため竹棒だけでイカダの進む方向をコントロールしようとするが、なかなか上手くいかなかった。
「ヤバい……2人に引き離されてるっ!」
莉朶さんのイカダは帆があるので、風を利用して上手くスピードを出している。その後ろを諷ちゃんのイカダが追う。
「おりゃーっ!」
オレは力業で方向を変えようと、竹棒を勢いよく水面に対し斜めに入れ、川底を突いた。
カチッ
「なんだ? 今の音……」
オレが疑問を口にすると、水面があがり、イカダが持ち上げられた。
「うおぉっ!?」
思わず叫んだのも束の間、水柱が次々と現れ、急な坂を形成した。いわゆるウォータースライダーになっている。
「なんだ、この大掛かりなギミック……」
だが、このチャンスを使わない手はない。
「婆ちゃん、しっかり掴まってろよ?」
オレは竹棒で大きくで弧を描くと、先程と反対側の水面に竹棒を入れ、思い切り漕いだ。
イカダがゆっくり動き出した。オレは片膝をつき前傾姿勢をとって安定させた。かなり急な坂だ。徐々にスピードが上がっていく。オレのイカダが、風をきり、水しぶきをあげて、前にいる2人を一気に追い抜いて行った。一発逆転だ。
「スイ兄!?」
「まさか……最低ランクのイカダの時だけしか現れない隠れスイッチを……」
諷ちゃんと莉朶さんが声が後ろから聞こえた。
なるほど、最低ランクのイカダで勝負する場合、隠れスイッチが見つかるかどうかが、このミニゲームでは鍵となるらしい。
「……しかし、これってどうやって止まるんだ?」
ヤバい! 止まる方法、考えてなかった……




