41 アオイちゃんのホームエリア
オレ達は、アオイちゃんと一緒に転送ゲートでアオイちゃんのホームエリアである隣の島に行くことになった。ブロックされているホームエリアに行くには、祭壇に農作物ではなく、あらかじめ本人からもらったプレイヤーのメダルを置いて転送ゲートを開ければいいらしい。祭壇に置いたメダルは、自動的にプレイヤーのインベに戻るので置き忘れることがなく、便利だ。
オレは先ほど交換したアオイちゃんのメダルを使って、本日3か所目の転送ゲートを潜った。すると、手前に青々とした芝生があり、でかいプールとヴィラのような佇まいの白い壁にオレンジの屋根の建築物が見えた。
「……オレのホームエリアとかなり違うんだが?」
なんなんだ! この高級リゾートな感じは!?
「アオイちゃん、オプションつけたんだね?」
オレの呟きをよそに、諷ちゃんがオレの背後でアオイちゃんに聞いた。
「はい! せっかくなので、お年玉使って豪華にしました」
今どきの子どもは、働いている大人より意外と金を持っている。こんなところで経済格差を感じるとは……。
オレのテンションが下がりぎみなのとは正反対に、アオイちゃんのホームエリアを見た莉朶さんと諷ちゃんのテンションは、かなり上がっているようだ。「趣味がいい」だとか、「素敵だ」とか、とにかくべた褒めだ。
「さぁ! スイさん、早く調査を始めましょう」
莉朶さんと諷ちゃんが、颯爽と建物の前にある花壇へと向かう。その後ろをアオイちゃんが、小走りで追った。
「スイさん、行かんのかい?」
婆ちゃんに言われ、頭をかきながら、「あぁ、行くよ」と返事した。だが、向かうべき場所は花壇じゃない。
「まったく、テンション上がるのはいいが、見当違いのとこに行っても仕方ないだろ……」
先に行ってしまった3人を呼び戻すのも面倒なので、オレは3人を放って、芝生を歩き回ることにした。オレが無言で歩いていると、婆ちゃんも黙ってオレについてきた。
「婆ちゃん……?」
「なんだい?」
なんでついてくるのか聞こうと思ったが、よくよく考えてみれば、婆ちゃんはオレの担当NPCだ。
「芝生が他の場所より盛り上がったとことか、少しでも色が薄かったり茶色がかったとこを探して欲しいんだけど」
「はいな」
婆ちゃんの返事を聞いて、こういうことも頼めるのかと少し驚いた。しかし、婆ちゃんはそう返事をしただけで、その場を動こうとしない。
「……婆ちゃんっ!?」
「……」
無言のまま動かない。
タダノシカバネノヨウダ……
いやいや、そんなことを言ってる場合ではない。もう一度「婆ちゃん」と呼び掛けてみた。
「……スイさん、ここから10メーター先に蛾の幼虫がいるみたいだねぇ」
どうやら害虫探査モードだったらしい。一瞬バグったかと心配した。
「ありがとう」
そう言いながら、婆ちゃんが指し示した方角に歩き出した。後ろからついてきた婆ちゃんが、オレに「駆除するかね?」と聞いてきた。
「いや、トラップをつくるから、生け捕りにする」
そう答えると、婆ちゃんは懐からパラフィン紙を取り出し、オレに渡してくれた。こんなのまで用意してるとは、さすがNPCだ。どこまで万能なんだろうか。
*****
婆ちゃんが見つけた場所に着くと、オレは手早く蛾の雌と幼虫をそれぞれパラフィン紙に包んだ。雄はあんなに巨大モスラ化してたのに、ここで見つけたのは、リアルと同じ普通サイズだった。
「さて、合流するか」
オレと婆ちゃんは、莉朶さん達が向かった花壇へと歩いた。
*****
花壇の側まで来ると、そこにはオープンカフェにあるようなテーブルセットがあり、そこで3人がゆったり紅茶を飲んでいた。テーブルの上には焼き菓子をのせた3段のティースタンドがあり、まるでティーパーティーのようだ。
「あ! スイ兄、遅かったね?」
諷ちゃんが能天気に話しかけてくる。
「……調査はどうしたんだ?」
「ちょっと休憩です」
オレの質問に莉朶さんが答えたが、ちょっとのような感じがしない。焼き菓子の減り具合から、どう考えても「ちょっと」じゃない。
「……いい加減、ちゃんと仕事しろぉー!!」
本日二度目のチョップを2人にお見舞いした。
おまえら運営だろ……
ホントに大丈夫なんだろうか、この会社?
オレが来たことで、休憩は終わりとなった。アオイちゃんの許可をとり、オレと莉朶さんと諷ちゃんは、婆ちゃんの害虫探査モードを使いながら、初めに探した場所と建物を挟んで反対側の芝生や、建物の壁にあるツタなどをトレースし、片っ端から捕獲していった。こっちに飛んできた巨大モスラの品種が分かっているので、だいたいどの辺りを探せばいいか検討がつく。
「スイ兄、捕獲したあと、どうする?」
「巨大モスラの涌く場所を特定したいから、前にマッピングした場所からいくつか予想される場所を割り出して、そこにトラップをしかける」
トラップをしかけてモニタリングするのは、防虫対策の基本だ。
「それはありがたいです。涌く場所が特定できれば、そこから作業できるので……」
莉朶さんがそう言うと、諷ちゃんも頷いた。
「スイ兄に頼んで良かった! かなり順調だから、思ったより早く修正終わるかも」
「……だといいけどな」
諷ちゃんは嬉しそうだが、そう簡単に涌くポイントを特定できるものなのだろうか。戦闘系のVRMMOなら、涌く場所がだいたい決まってるから特定しやすいだろうが、今までの感じからすると、このVRMMOの場合はそうならない気がする。
オレはホログラムの地図を出した。目撃情報があった場所から予測される飛来ルートより、3か所ほどトラップをしかける場所を決めた。
「とりあえず、この3か所にトラップを仕掛けて、目撃情報を収集し、さらに絞りこんでいけば、涌くポイントが見つかると思う」
「この場所って……」
オレが地図上の3か所に印をつけると、莉朶さんが考え込んだ。
「? ……共通エリアを選んだんだが?」
「はい……たぶん大丈夫です」
莉朶さんが1人で納得して頷く。思わず、諷ちゃんの方を見ると視線をスッとそらされた。
本当に大丈夫なのか? 妙な間があったことが気になる。しかも、「たぶん」って!
――絶対、そこになにかあるだろっ!?
「センパイ! 早く行ってトラップしかけよう?」
「ちょっと待て! そこはやめて違うところに……」
「いえ! ここは効率重視でいきますのでっ!! 大した問題じゃないです」
莉朶さんが諷ちゃんに目配せすると、オレの腕を2人が両サイドからガシッと抱え込む。オレはズルズルと転送ゲートへと引きずられる状態になりながら叫んだ。
「やっぱり、なんかあるんじゃねーかっ!」
「ないですっ!」
「そうそう、スイ兄の考え過ぎだよっ?」
転送ゲートの前まで来ると、諷ちゃんはツナギのポケットから「トゲ」がビッチリついた植物の枝を出し、祭壇においた。
何か接ぎ木させて育てる植物のようだが、わからない。
「なんだ、それ?」
「これから行く場所にいっぱいいるよ」
明確な解答を避けつつ、諷ちゃんは視線を泳がす。ゲートが開いても、逃がさないとばかりに、オレの両サイドを2人が抱え込んだまま離さない。いったいそこに何があるのか不安に思いながら、オレは引きずられて行った。




