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期待していたVRMMOでのスローライフが全く期待ハズレだった一度目のログインから1週間経った。流石に例のバグ修正は終わっていると思い、再度オレは『バーチャノーカ』にログインすることにした。
「この際、プレイヤー名も変えておこう」
オレは、『あああ』から自分の名前――尾河 粋より『スイ』とプレイヤー名を変更した。
「鎌は、どうするかなぁ……他にもっといい課金アイテムが出てくるかもしれないから、とりあえず保留だな」
こういうときは慎重になった方がいいと判断し、『バーチャノーカ』にアクセスした。
2度目のログインでは最初のときと異なり、いきなり小屋の中に立っていた。案内をしてくれる婆ちゃんは、縁側で茶を飲んでいる。
「よぉ来たねぇ」
婆ちゃんがニッコリ笑ってオレを迎えてくれた。
「こんにちは。その後、修正・変更はありました?」
「そうだねぇ、町に行けるようになって便利になっとるねぇ」
新しいエリアが開放されたのか! それは行ってみたい。
「他には?」
「もうすぐ運営さんがこっちに来るんで、待ってもらっていいかねぇ」
婆ちゃんの言葉に頷き、縁側に寝転んだ。小川のせせらぎが聞こえて、草原からの暖かい風が頬をなでていく。
運営さんがわざわざまたオレのところに来るのは、この前、結局『お詫びのアイテム』をどっちもオレが受け取らなかったせいかもしれない。一応、自分がそういうアクションとかが苦手でそういうアイテムはいらないと、きちんと理由を説明して丁重に断った。もらっておいて、あとでアイテムを捨てればいいかもしれないが、バグが多そうなこのゲームで、もし捨てられないアイテムだったらインベ圧迫の要因になる。そんなのは勘弁だ。
「スイさぁーん!」
ウトウトとオレが寝かかったところで、キュイーンというジェット音とともに運営さんがオレのプレイヤー名を呼びつつ、空中から縁側のちょうど手前に降りてきた。オレは起き上がり、縁側でどんな爆音にも動じず、茶を飲み続けている婆ちゃんの隣りに座った。
「2回目のログイン、ありがとうございます!」
嬉しそうにオレに言うと、背負子型ジェットを肩からはずしてリュックにしまった。
「この間は、すみませんでした。例の巨大害虫の件……」
運営さんが、申し訳なさそうな表情を浮かべ、深々と頭を下げた。
「いえいえ、巨大害虫のバグは修正できたんならいいですよ」
オレが顔の前で手を振ると、沈黙の間が訪れた。ずずず……という婆ちゃんの茶をすする音だけが響く。
「あれ? ……まさか!」
「……そのまさかです。巨大害虫が、まだ出てしまってるんです」
「……ログア」
「まってぇぇぇー! ログアウトしないでぇぇー!!」
オレが呟くと、運営さんがオレの肩をガシっと両手で掴んでログアウトを阻止した。
「ログアウトするかどうかは、プレイヤーの自由ですよね?」
阻止されたので、怪訝に思いながら抗議した。
「そうなんですが、そのことでちょっと相談がありまして、話だけでも聞いていただけないでしょうか?」
プレイヤーに相談って、なんか面倒なことに巻き込まれそうな予感が……、と思って無言でいると、運営さんがボソっと呟いた。
「課金アイテムの野菜2倍成長アンプル、さしあげます」
「よし、話を聞こう!」
「即答ですかっ!?」
「話を聞くだけです」
運営さんのツッコミに対し、あくまでも話を聞くだけであることを強調した。面倒なことに巻き込まれるのはごめんだ。
「ありがとうございます。実は、巨大害虫のバグの原因を調べたところ、どうやら害虫を管理するための『人工知能(AI ノース)』のせいということまでは分かったのですが、このゲームの開発用インターフェースからのアクセスを『AI ノース』が拒否するという事態に陥ってまして、バグ修正ができないんです」
「……それは大変ですね。かなり致命的みたいだから、もう一旦クローズしたほうがいいんじゃないですか?」
「それも考えたのですが、他のプレイヤーさんから『戦う農家とはスバラシイ!』と大変ご好評をいただきまして……」
「ほう」
「できれば、『戦うモード』と『戦わないモード』に選択できるように修正を入れる方向で進みたいと」
「でも、修正できないんですよね? どうするんですか?」
「『AI ノース』はメンテンス中だと警戒しますが、オープンテスト中では油断して接触しやすくなると考えられます。現に、メンテナンス中では巨大害虫の発生がなく、運用時は巨大害虫が発生しています。なので、VRMMOのインターフェースから無理やり修正しようかと……」
つまり、VRMMOの内側からハッキングして修正するということだ。プレイヤー達にハッキングの様子を見られる可能性があるかもしれないのに荒っぽいことをする。
「……で、もしかしてオレを巻き込もうとしてます?」
「もしかしなくても、そうです。他にもう1人助っ人を呼びましたので、お願いします!」
運営さんが、先ほどよりも更に深々と頭を下げた。
「いやいやいや……おかしいですよね? なぜ開発スタッフじゃなくて、プレイヤーのオレが巻き込まれるんですか!?」
思わず嫌そうな表情を浮かべ、捲し立てるように言ったところ、
「だって、スイ兄は虫の生態に詳しいから」
ド派手なオレンジ色のツナギを着て、運営さんと同じく頭にゴーグルをつけたツインテールの女の子が、いつの間にかオレの背後に立っていた。
「……その呼び方は、諷ちゃんっ!?」
そこにいたのはオレの仕事仲間の妹で、情報工学を専攻している現役学生の諷ちゃんだった。
「スイ兄、久しぶり! アタシがスイ兄を推薦したんだよ。開発スタッフは、アタシ達2人しかいないから人不足なんだー」
「なんで……誰にもこのゲームやってるって言ってないのに
っ!?」
オレは今、かなり動揺している。身バレとか痛すぎる。
「この前、頑なに『お詫びのアイテム』を受け取らなかった人、スイ兄だけだったから。受け取り拒否理由で、かなりピンときたし。それにずっと前、ウチに来たときに『こういうVRMMOがあったらいいのに』って言ってたでしょ? だからスイ兄の理想のVRMMOを作ったら、必ず遊んでくれるんじゃないかって思ってたし……」
女の勘、恐るべし!
オレの何気なく言った希望がキッカケで、こういうゲームを作ってくれたのは素直に嬉しいが、それとこれとは別である。
「虫の生態に詳しいことと、どう関係があるんだ? 虫に関するデータベースなんて、今どき山ほどその辺に転がってるだろ?」
「データベースにある通りの生態系ならね? 絶滅しちゃった虫や、オリジナルに進化した虫とか……リアルに再現させちゃったから独自の生態系になっちゃったんだ。わざわざそのために『AI ノース』とは別にシュミレーションしてデータベースを構築するのは面倒だし、時間がかかるから、スイ兄を連れていった方が早いと思って」
本来やらなくていい、余計なことに費やすオレの時間はどうでもいいのかっ!?
諷ちゃんの言いぐさに納得できずにいると、
「スイさん、お願いします! 一緒についてきてください!」
運営さんが両手を合わせて拝むようにお願いしてきた。
「莉朶センパイ、スイ兄は貢ぎ物に弱いとウチの兄が言ってました」
コッソリと諷ちゃんが運営さんに言ってるつもりらしいが、バッチリ聞こえている。
「諷ちゃん……オレのこと、誤解してない? 貢ぎ物なんて……」
「か、課金アイテムの3倍スピードアップの鍬を一年分プレゼント……」
「よし! すぐに出発しようか?」
オレが立ち上がると、運営さんがガックリと項垂れた。自社製品なんだから無償かと思いきや、ちゃんと自分のポケットマネーから出すらしく、かなりの出費のようだ。ブツブツと「あれって社販でいくらだったっけ?」とか「どうやって費用を捻出しよう……」とか「とりあえず食費を削って……」とか、運営さんが独り言を言っている。
「スイ兄……とりあえず前払いでこれ」
諷ちゃんは、そんな運営さんを無視して課金アイテム3倍スピードの鍬をオレに渡してくれた。今持っている初期装備の鍬より断然軽い。が……、
「色が赤くないな……」
「○ンダムじゃないからっ!」
ベタな反応をしつつ、オレは鍬を取り換え、もらった鍬をホルダーに収めた。そして、背中にホルダーがくるように装着した。
「ついて行くのは良いとして、移動手段は基本『歩き』ってことでオーケー?」
念のため確認すると、2人が頷いた。
「他のプレイヤーさんに見られるとまずいし、『AI ノース』に近づくには目立たない方が良いから、最初からそのつもりだよ?」
「そうか、ならいい」
オレが安心して頷くと、「それじゃあ、行きますか」と運営さんが歩き出した。その後ろにオレと諷ちゃんが続き……そして、婆ちゃんも歩き出す。
「婆ちゃんも来るのっ!?」
「人手が足りないから」
オレのときと全く同じ理由でNPCであるはずの婆ちゃんまで一緒に行くことになった。このゲーム会社、大丈夫か?
*****
小屋の横を流れる小川の飛び石を渡り、草原をしばらく歩くと小高い丘が見えてきた。丘の上には、サークル状の石畳があり、その両端に石が積まれて柱のようになっている転送ゲートがあった。転送ゲートの前にある祭壇の前に来ると、諷ちゃんがリュックの中から木箱を出した。
「それは?」
「転送ゲートの行き先を決めるためのお供え物」
木箱を抱え、木箱を綴じてる紐を片手で器用にほどきながら諷ちゃんが答えた。
「転送ゲートの行き先は、祭壇に供える農作物のレア度で決まるんです」
運営さんがそう言いながら、諷ちゃんが開けた木箱から最高級と思われる細かな網目の入ったきれいなパステルグリーンの丸いフルーツを取り出した。
「それってメロン!? 町に行くのにメロンが必要なのかっ?」
「通常の商店街ならニンジンで大丈夫ですけど……これから私達が行くところは、情報通のプレイヤーが集まる場所なのでメロンが必要です」
運営さんがメロンをそっと祭壇の上に置くと、一歩引いた。そして、二度拍手を打ち、息をすうっと吸い込んだ。
「豊穣の女神 我らの願いを叶えたまえ……オープン・ザ・ゲートッ!」
サークル状の石畳がゆっくりと浮かび上がり、その間の空間に大量の水が流れ出した。まるで滝のようだ。祭壇の前に立っているオレ達4人を水面に映している。徐々に滝の真ん中がパックリと割れていき、滝の向こうに異なる景色が現れた。
「おお!VRMMOだと、かなりの迫力だなぁ……しかし、毎回転送ゲートを開けるのに、その言葉を言わなきゃいけないのか?」
オレが素朴な疑問を口にすると、
「言わなくても開くよ? スイ兄……莉朶センパイは、ちょっと中二病入ってるんで気にしないで」
諷ちゃんはサッサと木箱をリュックにしまいこみ、淡々とオレにそう言って、転送ゲートに向かった。
「あぁ……そう」
オレが拍子抜けしてると、
「すみませーん、ちょっと言ってみたかったんです。調子に乗りましたぁ」
運営さんが恥ずかしそうにオレを置いて、転送ゲートに走って行った。
「スイさん、行かんのかい?」
婆ちゃんがそう言いながら、オレの横を通り過ぎて転送ゲートへと歩いて行く。婆ちゃんの歩くスピードは、ノンビリした雰囲気に惑わされがちだが、結構速い。
「行くよ!」
置いていかれないように、慌ててオレも転送ゲートに入った。




